第12話 残念美少女?!




「ううっ…悠ちゃん、休憩しない?」


机に突っ伏しながら万実は悠海に声をかけるが返事が返ってこない。

図書館なので小さな声だったのがいけなかったのだろうか。

小さな子ども向けの絵本の読み聞かせなども行う坂森町の図書館は大人や高校生が使う隣の市にある大きめの図書館とは違い、小さな子がのんびりと過ごせる場所のため、よほど大騒ぎをしたり走り回らない限りは怒られたりはしない。

大人もそれが普通であるため、お喋りしている小学生がいても笑い声が聞こえていてもなにも言ったりはしないし、司書のお姉さん達も普通だ。むしろ近所のおばあちゃんなんかは微笑ましく見てくれていたりする。

が、近くに人がいる場合は声を落として会話をするのがマナーだと思うので万実はそうしているのだが、本に夢中の悠海には聞こえなかったようだ。


仕方なく顔を上げてみると、悠海は真剣な表情で本を読んでいた。

おそらく本に夢中で声が聞こえていないのだろう。


「悠ちゃん」


視界に入るように手を振ると、悠海はハッとしたように顔を上げた。


「どうしたの?」

「休憩しない?」

「えっ?」


前髪の隙間から見える大きな目は驚きに更に大きく見開いていて目がこぼれ落ちそうだなと万実はのんびりと考えている。

美少女!とまでは言わないが、悠海の顔立ちは可愛らしい方だと思う。

目もクルッと大きいし、何気に鼻も高い。

夏は暑くて髪を結んでいるけど、厚みがあって目の上まで伸ばした前髪に、耳よりも前の髪は左右ともに少量おろしている。

下を向くと表情が見えないのだ。

オシャレで〜というタイプでもないのは万実はよく知っているし、顔を隠すようにそうしているのだ。

もったいないなと思うけど、友達に対して嫌がることを無理やりさせるような意地悪さを万実は持っていない。


「まだ十分ぐらいしか経ってないよ?」

「いやいや三十分は経ってるよ。悠ちゃんは本が好きだからそんなに時間が経ってないように感じてるのかもしれないけど、三十分だよ?休憩しようよ」


万実は三つ上の兄から借りてきた腕時計を見せると、両手を合わせてお願いした。


「ちょっとで良いから、少しの間だけでも休憩しよ?」


万実の側にある本は閉じて裏返しに置かれている。

その一冊を読んで飽きてしまったのだろう。悠海は読みかけの本に手を挟んだまま閉じると万実を見て聞いてみた。


「休憩って、図書館から出るの?」

「ううん、ちょっと別の本を読みたいなーって」


少し言いにくそうにしながら目をそらす姿を見て、本というより漫画の本だなと悠海は気づいた。

万実の視線の先には漫画が置いてある本棚があるのだ。

くすっと笑みをこぼすと、いいよ、と言った。


「あっ、でも私はこの本の続きが気になるから読んでいてもいい?」

「いいよいいよ、わーい、じゃあ休憩ね!」


万実は足早に本棚の方へと行くと迷いもせずに三冊とって戻ってきた。

本のサイズは小さくなるが、万実の横に裏返して置かれている本よりも厚みのある漫画を三冊持ってくるとは、先ほどの疲れた表情はどこへやら、楽しそうにページを捲っている。

その姿を微笑ましく見ると、悠海は自分の読書へと戻っていった。




どれくらい時間が経ったのだろうか。

悠海が目に前にあった本を全て読み終えて背を伸ばすと図書館から見える外の景色の色が変わっている気がする。


「もしかして夕方?」


目の前にいるはずの悠海の姿はなく、置いてあった漫画の本もない。

キョロキョロと見回すと、悠海の背中側、漫画が置かれた本棚の前に座っている万実を見つけた。

机に戻って読むことも忘れるほど熱中して読んでいるようだ。

膝を曲げ座り込んでいる万実の背中に『集中!』という紙が貼られているように見えるぐらい体は動かさずページをめくる音だけがしている。


「万実ちゃん」


肩を軽く叩いて呼ぶとハッとしたように振り向いた。


「っ!ごめん、つい…」


漫画に夢中になって資料を読んでいなかったことに罪悪感を…いや、これはイタズラがバレた時のような顔だなと万実を見て感じる。おそらく本を読む悠海が気づかないことをいいことに漫画を読むのを止めずにいて、悠海が読み終わりそうなタイミングで体裁を整えるはずが、自分も夢中になって読んでいたためすっかり忘れていて声をかけられた、ってところだろうか。


「万実ちゃん…」

「…てへっ」


目鼻立ちがしっかりしている万実が長い睫毛を揺らしてウィンクする仕草はあざといくらいに可愛い。普段、そういうキャラでないからこその高い威力もある。

悠海は軽くため息を吐くと、万実の腕を引いて机に戻るとちゃんと座るように促した。


「ご、ごめんね」


手に持ったままの漫画を机に置くと、椅子に座る悠海の表情を見ながら万実も座った。

悠海が怒っているように見えた万実は慌てるように謝る。


「まあ、なんとなくこの展開がわかっていた気がするからいいよ。私も読んでて楽しかったし」

「ほ、ほんと?」

「一緒にやることを放り出された悲しさというか、ちょっとだけ、もやっとしたけど…」

「ご、ごめん!」

「まあ一冊は読んでくれたし」


万実の前にある裏返されたままの本をちらりと見てニコっと笑った。


「内容は…」

「とりあえず、ノートにまとめてみようかと思うんだけど、万実ちゃん、書く?」

「う、うん!ちょうどまとめたいなって、お、思ってたんだよね!」


万実は慌てて漫画の本を端にやり、持ってきた鞄からノートと筆記用具を取り出した。


「良かった。万実ちゃん、習字習ってるし字が綺麗だから。私はあんまり上手くないから助かったよ」

「悠ちゃんも、別に汚い字ってわけじゃないじゃん」

「ありがとう。でも、自信ないから、万実ちゃんに書いてほしい」


指をさするようなつまむような仕草で手遊びしながら、下がった顔から小さな声で返事が返ってくる。

悠海のこの自信のなさはなぜだろうと思うが、ここで何か言ったとしても気を遣ったフォローだと取られてしまうのはいつものことだった。万実はチラリと悠海を見ると、ページをめくりながら鉛筆を筆箱から取り出した。


「はい、準備できたよ」


下を向いていた悠海がバッと顔を上げると積み重ねている本の中から薄茶色の表紙の本を取り出した。


「どの本も似たような話ばっかりだったんだけど、この本が一番詳しく書いてたんだ」


本をめくりながら悠海は嬉しそうに話していく。


「ここ、『今から五十年ほど前、この地方で大雨が降った。梅雨に時期であったため人々は軽く考えていたが、に強くなる雨足が見たこともないような強さがあると感じたのは降り始めてからしばらく経った頃だった。朝から降り始めた雨は夜が更けても止む気配はなく、山の木が崩れて落ちてしまうのではないかと恐ろしいと思いながらも皆は家にいた。ある者は玄関近くに移動して就寝したり、ある者は寝ずに番をしたり、ある者は山から離れた場所に住む知人の家へと避難した。ザーザーと降り続ける雨は月が隠れて陽が登る時間になってもやむことはなく、人々の心の中になにか不吉な事が起こるに違いないと拳を握っていた時、地鳴りのような低く這うような恐ろしい音が響いてきた。ゴゴゴッゴゴゴゴゴ、と山が崩れてきたのだ。木だけではない。山の土も石も何もかもが崩れている。反対側も叫ぶような声が聞こえた。はっと振り返ると大きな大きな上刮川が氾濫しているのだ。山も川も私たちの敵となって大きく蠢きながら家屋を飲み込んでいった。』物語風に書かれているんだけど、この本が出版された年代を見てみると多分、大正時代のことだと思うんだ。他の資料に書かれてあった記述と被るものがいっぱいあってね、比べてみると、物語じゃなくて実際の歴史のことだって分かったの。ほら、こっちのここ、『丸一日振り続けた雨で山の土は水を吸いきれず…』ってまさにそいでしょ?この辺りが大正時代に大雨で大変だったみたいなの」

「大正時代、ずいぶん昔の話だね」

「うん、私のおばあちゃんは戦後の昭和生まれだから、大正って言われてもあんまりピンとこないね」

「おばあちゃんのおばあちゃん?」

「昭和の一つ前だからおばあちゃんのお母さんぐらいじゃないかなあ」

「うーん、…分かんないね!」


猫のように大きくて丸くて少し上がった目尻で何度も瞬きをしている。まつ毛がバサバサと音を立てているような錯覚を起こしそうなのは、生まれた時から万実のまつ毛はくるんとなっているからだろう。

悠海の母親は万実を見てマスカラとビューラー要らずだと羨ましがっていたし、万実の母親も美人でおしゃれな人でもあったので万実はすくすくと美しく育っていった。

その見た目に反してかなりサバサバとした男勝りな性格の万実は影で残念美少女と言われていたりする。

本人が言うには、よく知りもしない初対面の段階でハードルがものすごく高い位置にセッティングされていることばかりなのだそうだ。万実は大雑把なところがあるし、男兄弟に挟まれていることもあってわんぱくだし、静かとは真逆の性格である。彼女の姉は見た目通りの物静かで慎ましい人だったようだが、万実曰く、微笑みながら手綱を握って操作する悪魔らしいし、オシャレで美人な母親は万実のようにサバサバとした人だそうだが、なにに関してもマメで、面倒くさがる万実にあれこれと美容も含めてのレッスンがあるそうなのだ。

そのため万実は本人の大雑把さが他人からパッと見で分からない程度には常に綺麗にさせられている。

今も胡座をかいて椅子に座っているのだが、上半身だけだとただの美少女だ。


悠海は少し面白くなって万実をチラチラと見ている斜め向こうの本棚にいる男の子をチラリと見てみる。

多分同じ小学校の子。同級生ではないので上か下だとは思うけど、本を持ちながら、チラチラと万実を盗み見ている姿に頑張れ!と応援したくなる。


(万実ちゃん自身を知ってもガッカリしないでね)

「悠ちゃん、どうしたの?」

「へっ?ううん、なんでもないよ」


反応がない悠海を心配して声をかけてくれた万実に慌てて返事をすると、落ち着くように軽く息を吐いてから話の続きに戻った。




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