第11話 調べ物は大変?!





ミーンミーンミーン

蝉の声が大きく響き渡っている。


「夏だねー…」


自転車用ヘルメットの紐を浮かせて耳をかくと、下に方に結んだ髪を整えるように指で梳きながら雲の少ない青空を見て万実は呟いた。


車通りがそこまで多くない町道の一つ。夏の日差しが強く照りつけていてどんどん暑くなってきた中、万実は自転車に乗ったまま駄菓子屋の前にある歩道に植えられた木の陰で待っていた。

コンビニがあるこの通りは真っ直ぐ進むと坂森西小前の坂道繋がるのだが、交通量はそこまで多くなく、ほどほどに、でもまっすぐ長く伸びた道路に車の姿が見えなくなることはあまりない程度には通っている。学校が近いので信号機がいくつかあることと、パトカーが止まっていることが多い駐車場があるから車もスピードを出す人がいないのだと万実は十個年上の一番上の兄から聞いたことがある。

小学校から反対方向には保育園があり、日中の歩道では赤ちゃんを数人乗せたベビーカーというかカートのようなものを押してお散歩している保母さん達も見かけたりする。

この道は公園の方にも繋がるので赤ちゃんや小さい子を連れた女の人もお散歩していたりしていて、住宅街というほどたくさんの家がひしめいているわけではないけど、のんびりとした空気といろんな音が聞こえてくる。

ここの歩道は人だけではなくて自転車も使えるけど、駄菓子屋の前を通って公園の方へとベビーカーを押していっている人が来たため、自転車が邪魔にならないように端に寄せているとしゃーという自転車を漕ぐ音が聞こえてきた。


「ごめんね、待った?」


歩道を歩く人がいたからだろう、道路を走ってきた自転車は万実のそばに止まって木に手をついて荒い息を吐いている。

万実を待たせてしまったと思って急いでやってきたようだが、腕時計を見ると待ち合わせの時間の少し前だ。待ち合わせたこの場所は万実の家からよりも悠海の家からの方が距離があるので、自分よりももっと早くご飯を食べ終えて家を出たはずだと思うと、逆に申し訳ない気持ちも湧いてくる。遅刻したわけでもないのに謝らなくていいと言いたいけど、それを言い出すと「今度はもっと早く出てくるね」となぜか言われるのだ。


多分、「自分のせいで」と思ってしまってストレスを感じるのかなと万実は考えていた。

悠海は気にしすぎだと思うのだけど、傷つけずに上手に言える言葉も内容も思いつかず、万実はできるだけ同じぐらいに着けるようにするしかできない。


今日は少し先に着いてしまったけど、一分ぐらいの差で、待ったというほど待ってない。

長い直線の道路を来たのだから万実が到着したのを悠海は見えていたと思うけど、それでも「待った?」と聞いてくる。


ちょっと面倒だなと思ったりすることもあるけど、そんなことで喧嘩はしたくないなと万実はなんでもないようにこう言うようにしている。



「ううん、大丈夫。行こっか」

「うん」


図書館に向けて自転車を漕ぐと生温かい風が少し涼しくなって汗が出ていた肌が乾いていく。

途中で狭くなる歩道を縦に並んで走行する万実と悠海は、声をかけながら通過するとコンビニの前を通って横の脇道に入っていく。

田んぼのあぜ道を通って行くと近道になるのだ。

さわさわと揺れる緑の稲の葉を見ながら風を切って進んで行くと上り坂になる道に出る。

和菓子屋や文房具屋がある道を一生懸命漕いで登って行くと、この町で一番本が置いてある図書館へとやってきた。


「涼しいかなぁ」

「暑いもんね」


ヘルメットをカゴに入れると、太陽の熱さが頭に直接降り注いでるような気がして万実はげんなりとした。

テンション低く図書館に歩いていく万実の様子に、悠海は自転車に鍵をかけながらクスッと笑みをこぼすと、暑さから逃げるように図書館の自動ドアに駆け足で入っていった。


「「あー、涼しいー」」


二人が揃って冷房の効いた図書館の入り口で声を上げると、カウンターに座っていた司書のお姉さんとおばさんがにっこりと笑ってこちらを向いた。


「こんにちは、今日は暑いでしょ?勉強しに来たの?」


貸出カウンターでパソコンを使っていたツヤツヤとした黒髪のショートヘアの司書のおばさんは優しい顔で声をかけてくれた。


「あっ、美菜ちゃんのお母さん」

「え?よく一緒に帰ってる?」


万実は悠海とカウンター座っているショートヘアの司書のおばさんを代わる代わる見ながら、悠海と一緒に帰っている六年生の女の子を思い浮かべた。


「そうそう、美菜ちゃんお母さんはここの司書さんなの」

「こんにちは、悠海ちゃんのお友達?」

「あっ、はい。悠ちゃ、悠海ちゃんと同じクラスで幼馴染の川藤万実と言います」

「そう、初めまして、ここの司書で上田美菜の母です。何かったら言ってね。面白い本も紹介するわよ」


ニッコリと笑う美菜の母に会釈をすると、万実と悠海は奥にある机へと歩いていった。


「何から調べようか。この町の歴史?」

「うん、大洪水と井戸が埋まった理由だよね?私はそこの棚で探してみる」

「オッケー、じゃあ私は検索してみようかなー」


悠海は町の歴史や県の歴史の本が並ぶ棚へ、万実はカウンター近くにある図書館にある本を調べることができる検索用のパソコンへと歩いていく。


「『坂森町』、『歴史』かな。検索、っと」


出てきた題名と本の背に貼られている番号やひらがなを書き写していく。

本のある場所を教えてくれる図は表示されるので、大まかな位置も書いておく。

数冊貸出中の本があったが、坂森町だけではなく県全体の歴史の本のようだったので、それは書き留めていない。

図書館内で探せる本と、書庫しまわれている本に分けて書いた紙を見比べて万実はやり切った充実感で鼻息が荒くなった。

いやいや、まだ何も調べてないから、と自分に言い聞かせるが、なんだかすごく勉強をしているような気がして誰かに褒めてもらいたい。

検索パソコンの裏手で作業をしている司書のお姉さんに声をかけて、書庫にしまわれている本を書いた紙を渡すと、お姉さんは題名を軽く見て万実の方へと笑顔を向けた。


「夏休みの宿題?自由研究かしら。坂森町のことを調べるだなんて素敵ね。偉いわ。ちょっと待ってて、数があるから少し時間がかかるわ。向こうにはこの町の立体模型の地図もあるの。近くにこの町について書かれた本があるから読んで待っててね」


司書のお姉さんからの言葉に舞い上がるように頬を赤く染めて喜ぶと万実は長い髪の毛を揺らしながら悠海の元へと向かっていった。


「自由研究かって聞かれちゃった。このまま自由研究の題材にしていいんじゃない?」


黄色のシュシュで髪を結んで本棚の前で本を読んでいた悠海は、万実から渡された紙を受け取りながら首をかしげる。


「二人でってこと?」

「うん!あっ、二人でって無理かな?」

「分かんない。先生に聞いてみた方がいいかも」

「そうだね!もしダメでも、調べてる内容は悠ちゃんも私も違うから別々に作ってもいいと思う。調べるのは一緒でも、書いて作るのをそれぞれでやればいいと思うし」

「そっかー、そうだね」


まだ宿題には何一つ手をつけていないが、真っ先に自由研究内容が決まったことで、今年の夏はちょっと違うなと万実は自信が出てきた。


「なーんか優等生って感じ。お母さんに褒めてもらえるかも」


本棚近くに置かれているソファに座って足をブラブラさせながら万実はご機嫌だ。

いつも夏休みや冬休みでは始業式の前日に必死になって宿題を終わらせているが、宿題を先に終わらせてから遊びなさい、と万実母親がいつも言う言葉実行できるかもしれない。

夏休み終盤に机の後ろでツノが出るんじゃないかと思うぐらい怒っている母親が、笑顔で良くやったわねと頭を撫でてくれる想像をしながら万実は鼻歌を歌いたくなった。


「万実ちゃん、まだ調べ始めたばかりだよ」


クスクス笑う悠海に気づいて肩すくめると、ぺろっと舌を出して手伝うためにソファから立ち上がった。


「ごめんごめん」

「万実ちゃんが宿題に前向きならいいかも。今年はプリント見せなくてもいいかな」

「あー、去年はごめんね」


いつもギリギリまで宿題をしない万実は、夏休みの最終日に徹夜しなくちゃいけないのではないかと毎年思うほど宿題に追われて夏休みが終わる。

もちろん全て終わらせることはできずに去年は悠海のプリント答えを写した部分があった。

しかしプリント集の丸つけをする為に一学期末の授業参観で答えを渡されていた母親に不正が見つかり、いつもにも増して怒られたのだ。

間違いがどの教科、どのページにもあったのに、なぜか万実の苦手な理科で間違いが一つもないとなるとバレるに決まっている。

文章で説明するところも、万実が書く感じではなかったのも大きかっただろう。

全てペケをつけられて消された理科のプリントを泣きながら解いたのは去年の中で二番目にやらかした出来事だ。

ちなみに一番目は、この事が先生にもバレて悠海共々お説教をされた事だ。

借りた私も悪いけど、貸した悠海も悪いと去年の担任だった原先生は言っていた。

仲が良いからこそ、そういう時はちゃんと断らないといけないよと原先生は悠海に言っており、それを横で聞きながら万実は申し訳なさでいっぱいだった。

悠海は優しさで貸してくれたのだ。万実が宿題を後回しにしていたのが悪いのに。

先生の言うことはもっともで、だからこそ巻き込んでしまったこととても悔いた。


「今年は宿題を借りたりしない。分からないところを聞くのは良いって言ってたから、分かんないところは教えてもらいたいけど」

「うん、もちろん」


ふふっ笑いながら頷く悠海に万実も笑顔になる。


「なんかあった?」


万実が渡した紙を見ながら本を選んで横に置きながら、ときおりパラパラと捲っている悠海を覗き込むようにし聞いてみる。


「うーん、歴史っていうか、逸話?昔話?なんかね、童話っぽいのが多いの」


そう言って渡された本は、今昔なんちゃらと書かれた小さな文字が沢山ある本だ。

軽く開けて見たけど読む気がしない。

字が小さすぎるし、挿絵もない。

あまり人が読まないのか本を広げると押入れの奥にしまわれた今はもう使わない小さい頃のおもちゃのようなほこりっぽくて乾いた土みたいな、つい咳をしたくなるような臭いがする。

おじいちゃんの家ある蔵の奥に入った時もこんな臭いだった。

つい眉毛をギュッと寄せると、それを見た悠海は別の本と取り替えてくれた。


「それは読みやすいと思うよ。書いてあることはほとんど同じだし」


本を開いた時の臭いは同じ感じだが、この本は薄くて絵も描いてある。なにより話が長くない。


「坂森町の昔話?」

「うん、昔話っていうか、言い伝えなのかな。本当かどうかは分からないんだけど」



坂森町には山がたくさんある。

その中の一つに倉石山という山がある。

地元の人間の間ではコロコロ山と呼ばれるその山は、むかーしむかし、栗の木が沢山生える山だったそうだ。

秋になるとその山には沢山の栗がなって、風が吹くたびに落ちる栗のいがが町へとコロコロ転がってくるのだそうだ。

その山の栗は町のみんなで分けて食べていたそうだが、ある年、秋になっても栗が転がってくることはなく、不思議に思った町の人が見に行くと、栗の木がボロボロになっていて、倒れている木も沢山あったそうだ。

これは鬼の仕業なのではないかと考えた町の人たちは、鬼が町まで来ないようにと町の方角に石を積んで実がならない木を植え、コロコロ山には誰も入らないようにと決めた。

坂を上った森までしか行ってはならない。その先の山の中には決して入らないようにと言われ、いつしかそこを坂森言うようになったのだという。


「坂森町の由来?」

「みたい。確かにコロコロ山には入っちゃいけないって言われるよね」

「うん、道路もコロコロ山は通ってないし、そういえばあの周辺って行くこともないよね」


調べてみると面白い事が分かるものだ。

山を見上げて鍬を持つ農民の姿が描かれている。どこか悲しそうな、恐ろしいものを見ているような顔でコロコロ山と思われる山を見ている姿だ。

せっかく栗が沢山取れていたのに、入れなくなって悲しいだろう。

秋に出てくる栗ご飯思い浮かべて万実はごくんと唾を飲み込んだ。


「あっ、ねえねえ、司書のお姉さんが呼んでるよ?」


悠海の言葉に頭に思い浮かべていた栗ご飯を慌てて消すと、悠海の視線の先が見えるように手をついて体を傾けた。

あっ、というような表情に変わった司書のお姉さんは、本を上にあげて見せてくれた。


「書庫にある本を出してもらうように頼んでたの。受け取ってくるね」


少し小走りになりながらも音を立てないように静かに移動すると、司書のお姉さんから本を受け取った。


「ありがとうございます」

「はい、読み終わったら持ってきてね。出した本は借りることもできるから借りたい時はそのまま貸出カウンターに持っていっていいから。さっき受け取った紙は、これね。返しておくわ」

「分かりました」


本を持って悠海のいた本棚へと移動していると、カバンを置いている机のところで手を上げて万実を呼ぶ悠海を見つけた。


「とりあえず関係ありそうな本を選んだから読もう」


万実が持ってきた本と合わせると十冊近くになる。

積み重なった本を見て万実大きくため息をついた。


「そっか、読まなきゃいけないんだった」


そんな万実を見ながら「頑張ろうね」と胸の前で拳を握った悠海は積み上がった本の中で一番厚みのある本を手に取り読み出した。

もう一度ため息を吐くと、よしっと小声で気合いを入れて万実は積み上がった本の中で一番薄くて読みやすそうな本を手に取った。





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