第8話 隠れている敵を探せ?!



「うそ、ほんとだったんだ…」


目の前の光景に万実は口を閉じるのも忘れて驚いている。


「いや、悠ちゃんが嘘をついてるって思ってたわけじゃないけど、その、見間違いなんじゃないかと思ってたから…」


申し訳なさそうに言う万実に、悠海は首を振って笑った。


「信じられないの分かる。だって私も自分の事なのに信じれなくて、さっきまで夢だったかもって思ってたもん」

「そっか、じゃあ入ってみる?」

「あっ、待って万実ちゃん。もし私が体験したことが本当にあったことなら言わなきゃ行けないことがあるの」

「ん?なに?…待って、誰か来る?…歩美先生だ!」


ばっと振り返った悠海はガラガラという音が聞こえてきたことを確認して、歩美先生が窓側へと移動してきているのだろうと予測した。


「話はとりあえず入ってから!」


そう言うと万実は悠海の手を握って《開かずの教室》の中へと入っていた。


「あっ」


なにか万実に言うこともできないまま、眩しい光から逃れるように固く目をつぶった。






〔ようこそ。おかえりなさい。入室しましたら教壇上のタブレットにて同期を行なってください〕




眩しい光が収縮して無くなると悠海はゆっくりと目を開けた。


「ここ、家庭科室?」


前回と同じ家庭科室だ。

キョロキョロと見回すと、干していた布巾はなくなっている。

あれからここも時間が経ったということだろう。

悠海は教壇の上に置いてある黒いタブレットを手に取って電源を入れた。




〈教育システム Kurushima〉

〈試験受験者確認をしています。完了しました。〉

〈同期が可能です。同期をなさいますか?〉


迷わずイエスの文字に触れるとすぐに同期は終了した。


特色ステータス画面」




〈マジックポイントを確認してください〉




〈マツナガ ユウミ〉

〈サカモリニシ 小学校 五年一組〉

〈受験者ナンバー ○☆&¥?%#$◇€!〉

〈レベル 1〉

〈MP 120〉

〈魔法装備〉

〈フレイム〉

〈なし〉



レベルが上がったからだろうか、前はマジックポイントは百だったが百二十に増えている。



〈指導要項その二に移ります。技術指導その二を開始します。児童昇降口へと移動してください〉



「児童昇降口…」


家庭科室を出て階段の前を通って校長室の前を曲がると児童昇降口がある、はずだ。

ドアを開けて廊下に出ると周囲を見回してみる。

やっぱり西小のようでちょっと違う。

階段には木の手すり以外に小さい子がつかまりやすい位置にもう一つ別の手すりが付いている。

階段も悠海がよく知る西小ではタイルの階段だが木の板の階段になっていて、カラフルな色が塗られている段もある。

蹴上には標語が書かれてあって、色んな線がビニールテープで貼られている。


「あー、右側通行ってことなのかな」


テープで貼ってあるのは矢印だ。

左右で上向きと下向きの二種類があって階段を上る人と下りる人でぶつからないようになっているのだろう。


「へえ、面白い」


うちの学校でもすればいいのに、そう考えてやっぱりこの学校は西小とは違うのかもしれないと思う。


校長室の前はスペースが大きく取られていて、公衆電話が置いてある。

今の時代に…とは思うけど小学生でスマホを持っている子は少数だ。

都会だと当たり前なのかもしれないけど、子どもが少なくなっている鹿石寺ろくせきじ町みたいな田舎だとそんなものだ。

悠海のランドセルの中にはコンビニで買ったテレフォンカードが一枚入っている。学校で使ったことはないけど、遊びに行った帰りに公園や図書館からかけることがあるので、実は地味に助かっている。

校長室の前を曲がると見えてきたのは靴箱だ。

ズラーっと並んでいる靴箱は木で出来ていて、ボロボロになっていた靴箱は去年の卒業生から送られた新しいものに変わっている。

しかし、目の前にある靴箱は一昨年の頃と変わらないボロボロのものだ。

並んであるどの靴箱もいたるところが擦り切れていて、へこんでいる場所もある。

きれいに掃除してあるみたいだが、かなりの年式がありそうな感じだ。



〔技術指導その二を開始します。児童昇降口の中に敵が潜んでいます。見つけましょう〕

〔赤いマーカーを引きました。マーカーを超えて敵は移動することはできません。また技術指導その二を中止したい場合は赤いマーカーより外に出てください〕



「潜んでるってなに?襲ったりしてこないのかな…」


怖いと思いながらも、靴箱から少し距離を取りつつ一つ一つ見ていく。

靴箱の中には靴も上履きも入ってはいない。

名前が書かれているはずの場所にはなにもなく、ただ四角い木の箱が並んでいるような感じだ。

全て見てみるが何かがかくれているよな感じもなく、靴箱自体が全部空っぽだった。


「靴箱の中にいないとなると…」


悠海の視線の先には二つ並んだ掃除道具入れがある。

しかも片方は半開き、片方はしっかりと閉まっているという状態だ。


「これもうここじゃん」


息を吐いて、吸って、心臓をドキドキとさせながら半開きの掃除道具入れに手をかけた。


「きゃっ!…って、はぁ、なにもなし」


指先でちょんと触って開けた半開きだった掃除道具入れのなかには箒が三本とバケツと雑巾以外には何も入っていない。

やっぱりこっちなのかと諦め半分で移動すると、息を吸って吐いて、吸って吐いて、震えた手をゆっくりと伸ばすとギュッと目をつぶって勢いよく開けた。

力を入れすぎてしまったのか。ばんっと大きな音が鳴ってしまった。自分が開けた音にびくっとしながら、開けた目の前には空っぽの掃除道具入れがある。


「あれ?」


何度見ても何もない。敵どころが掃除道具すら入っていない。


「えっここでもないってこと?」


全部見たはずなのに敵の姿はどこにもない。

目をつぶっていた間に移動したのだとするとガックシと肩を大きく落としかねないが、そもそも見ていないのだからどうしようもない。

もう一度探し直さなければならないのかと、また端の靴箱から開始する。


「ええ、どこー?」


何度探しても手掛かりすら見つけられていない。

あの時目をつぶらなければ…何度もそう考えてみるけど過ぎてしまったことはもう取り戻せない。頑張るぞ!と気合を入れている時、背後でなにかの気配を感じた。

バッと振り向くがなにもいない。


「??」


気のせい、だろうか。

しかし〈潜んでいる〉と言うからには見つけにくい敵なのだろう。

こうなったら探してやる!と拳をグッと握って注意深く辺りを探っていく。


潜んでいる敵というのはなかなか手強く、この後もしばらくは気配を感じ取るのが精一杯で姿すら見れていない。


「そもそもこの気配も、正しいのか分かんないしなあ」


何かいる!と思って見ても何も姿を見ていないのでそれが合っているのかも分からないのだ。

どれだけ時間が経ったのか。疲れてしまった悠海は床に座り込んでしまった。

集中が切れたこともあり若干眠い。


そういえばお昼ご飯を食べていないじゃないか。

ここから出た後は前と同じように時間が経っていないのかもしれない。でも今、悠海はとてもお腹が空いてしまっていた。

前回食べたショートケーキを思い出してしまい、ぐぅとお腹が鳴るといよいよそのことしか考えられなくなってきた。

赤いマーカーを越えて中止する事もできると言っていたのを思い出して、どうしようかと悩んでしまう。


「中止かぁ」


誘惑されているのだろう、視界から赤いマーカーが離れない。

中止して戻ってご飯食べてから、また学校に来てここに来るのもありなのではないかと考える。


「いや、また来れるとは限らない。次に《開かずの教室》の前に行っても何も起こらないかもしれないし」


でも、何度もチャレンジしたらいつかはまた来れるかもよ、囁く声が聞こえる。


「また来れたとしても、これを受けられるかは分からないよ」


そう、失格という形になって別の指導要項になったり、もしくは貰える点数が下がるというのあり得るだろう。

エクストラ評価というのもエプロンを着けるのを忘れていたから二点も引かれていた。

他にも要因はあったかもしれないが、注意を受けたのはエプロンだけなので、あの二点はエプロンを着けていたらもらえていた点数なのだと思う。


しかもショートケーキを食べれたのは、評価点数が高かったからかもしれないのだ。

あの点数だったから、あのほっぺが落ちそうなほど美味しいショートケーキを食べれたのかもしれない。

次のショートケーキのために、今は頑張るんだ!そう決意して立ち上がると、ぐへっという声が聞こえた。


「え?なに?」


辺りを見回してもなにもない。

ふと足元を見ると小さくて茶色い物体がある。


「なにこれ…」


距離を取るように移動すると、掃除道具入れから箒を持ち出して柄でつついてみる。

ツンツンと何度かつついていると茶色い物体はコロンと転がった。


「梟?!」


茶色くまだらな羽毛に覆われた全身は片手ぐらいの小ささだ。

梟の大きな目はぐるぐると回っているようで焦点が合っていない。

小さな指はピンと張っていて、おそらく、目を回している。


ぐへという声はこの梟からだったのかもしれない。

手に持った箒を横に置くと、そっと指で羽毛に触れて見る。

見た目以上にふわふわした羽毛は柔らかく暖かい。




〈影に潜む敵を見つけました。技術指導その二をクリアしました〉




「へっ?!」




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