第7話 どうする?!行ってみる?!
「はあ、まったく。次はちゃんと帰りの会までに戻ってきなさい」
「はい」
「うん。じゃあ気をつけて帰るのよ」
「はーい」
六年二組の教室から出てきた佐藤幸輔はため息をついた。
先生に怒られたからではない。
最近なぜか《開かずの教室》に向かってもタイミングが悪くて入ることができていないからだ。
近くに人がいるとか、図書の先生に声をかけられるとか。
一学期中はいつも放課後、みんなが下校した後だったからほとんど毎日行けていたのだが、夏休みに入ったら学校に行く名目がない事に気づいた。
今日みたいに登校する日があっても、図書室が開いているのなら難しいのだとも分かった。
「夏休み前もなんかうまく噛み合わなかったしなぁ」
終業式の一週間ほど前から夏休み明けの運動会の実行委員や応援団が集まることが多く、図書室に向かう途中にある渡り廊下やロビーなどで活動していたので《開かずの教室》に行くことができなかった。
気にせず通ればいいのかもしれないけど、同級生に絶対、どうしたの?と聞かれるだろう。
六年になって帰りが今までより遅くなり、将太達と遊ぶ時間が三十分短くなっていることを将太が気にし出しているのだから、移動もできるだけ人に見られたくない。
もう一度大きくため息をつくと廊下を通って昇降口の近くに降りる階段へ歩いていった。
「あっ、ちょうど降りてきた」
階段を上がっていていると一人の男の子が降りてきているところだった。
短い髪の毛は硬めの髪質なのかツンツンとした印象で、耳の周囲を刈り上げている。
運動神経が良さそうでスポーツ少年といった感じだ。
人気者と言っていた歩美先生の気持ちがよく分かる見た目で、男友達も多くて女子にも人気が高そうだなと悠海は思った。
「なに?俺?」
「そうそう、幸輔くん探してたんだよ。多分、今担任の先生に怒られてるよって言っててね。教室に行ったらまだいるだろうって思ったの。予想よりも怒られてない?」
「うーん、かも?お腹痛くてトイレに行ってたから間に合わなかったのはわざとじゃないし」
「っていう設定なの?」
「こら!」
美菜は大人しくて、委員会でもあんまり同級生の男の子と話しているのを見たことがなかったので、悠海は勝手に自分と同じなのかと思っていたのだが二人のやりとりはすごく自然だ。
六年生は仲がいいって聞いてたけど本当なんだ。と感心したように二人を交互に見ていると、悠海を除いて話をしていることに気がついたのか美菜は話題を変えた。
「あのねぇ、この子が探してる人がいてね、それ幸輔くんのことじゃないかと思って連れてきたの」
「は、はじめまして、五年の松永、です…あの、」
「《開かずの教室》のことなんだって。最近幸輔くん、図書室の方によく行ってるらしいし、悠海ちゃんが探してる六年生の男の子って幸輔くんじゃない?」
「えっ?意味がよく解らないんだけど…」
「んー、なんで探してるんだっけ?」
二人の視線がグッと悠海へと向かった。
「え、えっと…」
二人からの視線に戸惑うように反応すると、言葉を途切れさせながらも一生懸命に説明をした。
「図書の先生が?」
「う、うん」
「将太くんが『最近、幸輔が図書室によく行ってる』って今日言っててね、それで悠海ちゃんの探してる男の子は幸輔くんだなって」
「どうやって《開かずの教室》に入ったかってこと?」
「う、うん」
「悪いけど、俺、《開かずの教室》に入ってないよ」
「え?でも…」
「図書の先生の聞き間違いじゃないの?確かに入れるなら入ってみたいけどさ」
幸輔の答えに悠海はがっくりと肩を落とした。
「なんだ、仲間なのかと思ったのに」
「え?」
「あ、ううん。なんでもない」
ぼそりと呟いた言葉に幸輔が目を見開いた。
「いや、今…」
「そっかー、残念だったね、悠海ちゃん。幸輔くんもありがとう。じゃあ帰ろっか」
にこっと笑った美菜はバイバイと手を振ると悠海に声をかけて歩き出した。
幸輔に軽く会釈すると悠海も急いであとについていく。
「残念だったねえ」
「う、うん」
階段で反響する声を聞きながら、何かを悩むように幸輔はその場で佇んでいた。
「おはよー、悠ちゃん。昨日のね、誰か分かったよ!」
元気に教室に入ってきた万実は机の上にランドセルを乗せると、そのまま前の席の悠海のところにやってきた。
「先に教科書とかしまった方がいいんじゃない?」
「いーの、いーの、後から急いでするから。で、その子なんだけどね、佐藤幸輔って男の子じゃないかって」
名前を聞いて昨日のことが思い返された。
悠海は昨日は家に帰ってからしばらく布団に潜り込んでいた。
最初は美菜ちゃんと一緒に帰っている最中だった。さっきの自分はすごく恥ずかしいことをしたんじゃないかと不安になってきたのだ。
《開かずの教室》について真剣に調べてるように思われただろうし、バカにされたりしていないだろうかと考え始めたら止まらなくなった。
《開かずの教室》に入ったことはないと言っていた時、変なやつだと思われていたのかもしれない。
《開かずの教室》には鍵がかかっているのだ。それなのに入れる?なんて聞く方がおかしいと思う。
歩美先生だって言っていたじゃないか、聞き間違いだと思うって。
考えていけばいくほど、すごく恥ずかしい事をしたんじゃないかと思った悠海は、穴があったら入りたい、という心境で布団に潜り込んだのだ。
「ううっ」
「どうしたの?悠ちゃん」
「なんでもない。なんか凄く隠れたい気分になっただけだから」
「なにそれー」
頭を抱えて唸りだした悠海に訳がわからなかったが、まあいいやと横に置いて、万実は悠海の座る椅子に無理やり半分座ると、小さな声で続きを話しはじめた。
「それでねその子なんだけど、いっつも外で元気に遊んでたんだけど最近はたまに遊んでない時があって、放課後も真っ先に帰って友達と遊んでたらしいんだけど、今はランドセルを置いたまま教室を出ていって、放課後の下校の放送があるまでいるんだって。その子の友達の男の子が『最近よく図書室に行ってるみたい』って言ってたらしくて。これはそうじゃない?」
そうじゃない。そうじゃないんだよと悠海はまた頭を抱えたくなった。
その子とはもう昨日話を終えていて、なんかすごく恥ずかしい思いをしたのだ。
「ううっ」
「なにー?どうしたの?」
「実はね…」
「おはようございます。はーい、みんな席につけー」
悠海が昨日の説明をしようとした時、担任の先生が教室に入ってきた。
「あっやばっ!早くしまわなきゃ!」
ランドセルやカバンを机に置いているのはもう万実だけだ。
「また後でね!」
万実は席に戻ると筆箱や下敷き、今日使う可能性がある教科書をしまうとランドセルをロッカーに入れにいった。
「ちょっと待って、ここなんでこうなるの?」
「ねえねえ教えて?」
「昨日、テレビ見た?あのクイズ番組」
「あーづーいー!!」
クラスの半分以上が算数のプリントの合格をもらっている教室は、分からないところを友達に聞く子と雑談に花が咲いている子に別れていた。
悠海と万実は後者で、終わった今は朝の続きを話していた。
「えー?じゃあ昨日のうちに話してたの?」
「うん、たまたまなんだけど、一緒に帰ってる六年生の子に言ったらまだ教室にいると思うって連れてってくれて」
「そっかー、でも聞き間違いじゃどうしようもないね。残念」
「うん…」
「どしたの?あ、自分が見たのはなんだったんだろうってこと?」
「それもあるんだけど…」
言い淀む悠海に不思議そうに万実は首を傾げる。
「うーんと、あの教室は鍵がかかってるよね?」
「うん」
「なのに入り方教えてくださいとか言ってる事の意味がわからないし、そこに入ったって思い込んで聞いてるっていうのも、なんか…」
「変なやつって思われたんじゃないかって事?」
「うん…」
昔から気にしすぎなところがある友人は、いつも些細なことでこうやって悩んでいる。万実は最初、なんでそんなことを気にしているんだろうと思っていたが、悠海の繊細さは万実が気づかなかった事をいっぱい教えてくれる。
同じものを見ていても全く違うように見えていたりするから面白いと万実は思っていた。
「うーん、どうだろう。でも噂ってそういうとこあるよね?」
「噂?」
「うん、なんていうかさあ、伝言ゲームみたいな感じじゃん?ちゃん伝わることもあるかもしれないけど、大抵途中で変な風に変わるっていうか。聞き間違いが起こっちゃうと思うんだよね。悪口とかだったらイヤだけどさ、今回のは私たちが気になったから情報を頼りに調べていったことで、それを広めようとしてたわけじゃないし」
「うん、でも…」
「私たちがそんなつもりがないけど、相手にとっては嫌な事だったり、広まってしまったりして向こうに迷惑がかかったら謝ろう!それでみんなにも私の勘違いだったって言えばいいよ。変なやつだと思われても、ちゃんとしようって思って行動したり言葉にしたら分かってくれると思うよ?」
「そうかな」
「うん、それに今回は先生から聞いたことだしさ、なんでそんな話になってるんだろうとは思っても悠海を変なやつだとは思わないよ
「だといいけど…」
「むしろそのキャラでいくっていうのはどう?」
「キャラ?」
「学校の七不思議を研究するキャラ、よく漫画とか小説でも怪談系の話って多いって前言ってたでしょ?悠ちゃんもよく読んでるっぽいしさ」
「ええー嫌だよー、余計に変なやつって思われそう」
「まま、とにかくさ、
「確認ってこと?」
「そう、もしかしたら何か分かるかもしれないしさ、みんなが帰るまで待って、こっそり、ね!」
「うーん」
「あっ、もう終わるっぽい。次、社会だったよね?」
悩む悠海を尻目に、社会の教科書を出して読みはじめた。
万実は社会が苦手なのだ。覚えることがいっぱいで得意じゃないと言っているが、テストの点はそんなに悪いわけではない。
ブツブツ小声で地名を読んでいる万実を見ながら、放課後に《開かずの教室》に行くかどうか悠海は悩んでいた。
「みんな帰った?」
「帰ったみたい」
クラスに残って喋っていた悠海と万実は、早く帰れよという担任の先生の言葉に揃って返事をした後、もう少し喋って待っていた。
結局、悠海は万実の提案にのって《開かずの教室》に行くことにした。万実も一緒だと言うことが心強いし、やっぱり気になっているからだ。
しんっとした校舎内。
特に三階である五、六年生の教室の階はもう誰もいないみたいだ。
職員室も隣の校舎にあるため、二人ぼっちで学校にいるような、どこか寂しくて、どこか怖く感じる。
「うーん、こんな人がいなくなるまで残ったことがなかったけど、なんか学校の怪談で盛り上がる気持ちがよく分かるかも。ドキドキとワクワク?音楽室とか行ってみる?」
あまりないシチュエーションに万実は少し悪ノリしているみたいだ。
目的の《開かずの教室》ではなく、坂森西小で噂される七不思議を回りそうな勢いがある。
「一階のトイレ!あの半分外にあるトイレの三番目だっけ?」
「もう万実ちゃん、ほんとに怖くなるからやめようよ」
キラキラした目をしながら一階の奥にある校舎から少し飛び出したトイレで噂される七不思議を確認しようとさらに階段を降りていこうとしている万実を悠海は必死で止めた。
「そうだね、今日は《開かずの教室》、明日は、トイレ?音楽室?」
いやだいやだと悠海首を大きく横に振る。
話として本で読むのは面白いと思うけど、実際に体験したいとは思わない。
お化け屋敷だって怖くて入れないのだから、こんな人気がない時に音楽室もトイレも行きたくはない。
そこでふと、なんであの時、私は《開かずの教室》を覗いたのだろうかと悠海は思った。
今の私だったら、人気のない学校で一人でいるのに、いくら目の前で《開かずの教室》ドアが開いていたとして一人で入るのだろうか。
今の自分だったらどうするか考えてみる。
多分、急いで帰って万実ちゃんに電話すると思う。そして改めて二人で学校に行って、二人で確認するんじゃないんだろうか。
そんな風に考えだすと、あの訳のわからないうちの小学校のようで違うような空間は現実じゃない、夢か何かで、悠海が学校で夢を見ていたんじゃないかと思う。
立ったまま寝るのかとか、図書室の前にいたのになんで理科室の前に移動してたのかとか、不思議なことはあるけど、悠海一人で《開かずの教室》に入って、あんな変な体験をしたというよりは信じられる気がする。
悠海は急に不安になってきた。
こんなことまでなっていて、全部夢でしたーというオチの可能性が高いのだ。
むしろ、可能性どころがそれが事実なのだと思う。
歩美先生に気づかれないように図書室の前を通ろうとタイミングを見計らっている万実の背中を見ながら、どう言おうか悠海は悩んでいた。
「待って、今まだカウンターのところにいる。しゃがんでいってもいいけど、あの図書室のドアは下に通風口があるから、多分影で人が移動してるの中から見たら分かると思うんだよね。歩くよりも移動速度が遅くなっちゃうし、私たち二人いるし、さっと向こうの窓ガラスの下の壁のとこに行きたいよね」
手前の窓ガラスからこっそりと中の様子を伺っている万実は真剣にタイミングを見計らっている。
「悠ちゃん、誰か人、来た?」
「ううん、大丈夫。誰も来てないよ。足音もない」
「よし、今ね、帰ってきた本なのかな、本棚に入れていっててね、まだ手前の方なんだけど、分厚い本がまだあるから奥の方に行くと思うんだよね。その時にサッと行こう」
「奥に行くなら、まだそこの壁に行けてもしゃがんだままの方がいいんじゃない?物語系は廊下側にズラッとあるから、もしかしたら見つかっちゃう」
「じゃあ壁際をゆっくり進もう。そこのドアだけシュッとね。音、立てないようにね」
コクコクと頷くと万実は親指を立ててグーサインをする。
また図書室の中の様子を見ながらジリジリと移動していっている。
「あっ、いけそう!私が先に行くね」
そう言うと躊躇いもなくさっと図書室のドアを通り過ぎて壁にピタッとくっついた。
悠海もそっと中を覗くと先生はこちらを振り向こうとしていた。
(あっ)
心の中で息をのむとすぐに顔を下げる。
万実も中を見ているようで、頭を下げた悠海に向かっておいでおいでと手で招いている。
そっともう一度見ると、先生は奥の棚へと移動している時だった。
(えいっ)
腰をかがめながらサッと移動する。
気合いを入れすぎたのか、最初の一歩が床で滑ってしまいあわやこけそうになってしまった。
(うわっ)
思わず目をつぶってしまったが、万実がぐいと引っ張ってくれたおかげでビタンっと大きな音を立てて手を床につけずに済んだが、代わりに万実のお腹に左手が思い切り当たってしまって、痛そうにさすっている。
思わぬ失態に声を出して謝りそうになったが、しぃーと口の前に人差し指を立てて合図する万実を見て、両手で口を押さえた。
数回頷いた後、口パクでゴメンねと伝えると、二人で図書室の中を見てみる。
まだ歩美先生は奥の本棚にいてこちらに来る気配はない。
今のうちにとかがんだ状態で急いで移動すると、窓が途切れて全部が壁の位置まで移動できた。
ようやくホッと一息つくと、小さな声で万実に謝った。
「いいよいいよ、それより髪の毛解けてきてるよ。結び直したら?」
髪を触って見ると緩くなっていたのか崩れてしまっている。
黄色いシュシュをスッととると、急いで結び直す。
視線を下に向けて結んでいたため、万実からの手の合図に気づくのが遅くなった。
万実は呆然とした顔で振り向き、呟いた。
「《開かずの教室》が開いてる…」
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