第6話 仲良しの友達は性格が反対?!
「おっ満点だよ。おめでとう。残りの時間は自由にしてていいよ」
「分かりました」
丸つけが終わったプリントを折ると手提げ袋の中にしまう。
「ちょっと待ってて、もうすぐ終わるから」
後ろの席でプリントやり直しをしている万実は顔を上げることなく悠海に声をかける。
「うん、大丈夫だよ。本でも読んでるし」
そういって昨日図書室で借りたばかりの本を開いて読み始めた。
物語の序盤も序盤、まだなにも展開していないわずか十ページほどの時に本を閉じなければいけなくなった。
合格をもらった万実が悠海の肩を叩いてきたのだ。
「ね、先生に聞いたら図書室に行くのはいいみたい。ただ他の場所にはいかないことと、十時までには教室に戻って来なさいだって」
時計の針は九時五十分を指している。
「図書室空いてるっていってたし、先生に聞きに行こうよ」
早く早く、と万実は腕を引っ張って連れていこうとしている。
「ちょ、ちょっと待って」
本の間にスピンを挟むと二人は慌ただしく教室を出ていった。
今は夏休みではあるが、クラスメイトが教室で問題を解いている時に教室の外を歩いているのはすごく不思議な気分になる。悪いことはなにもしていないのに後ろめたい気分になるというか、そわそわとした気持ちになってしまう。
今も意味もなくきょろきょろしていて、堂々と前を歩いている万実を見ると自分が変なのかとちょっぴり落ち込む。
「なんか授業サボってるみたいな感じがするよね、でも大丈夫!先生に許可もらってるから!」
「あ、今私も同じこと考えてた。なんか悪いことしてる気分っていうか」
「なんかね。夏休み中なんだけど授業中だから、途中で図書館に行くっていうのが違和感があるんだと思うけど、大丈夫大丈夫!」
「大丈夫って言っておかないと」
「そうそう、なんか気持ちが、『悪いことしてる』って気分になってヘコみそうだから大丈夫だよーって」
「大丈夫だよー」
「大丈夫だよー。あははは」
少し駆け足で階段を降りていき図書室の入り口に立つと、今日は先生が中にいるようで電気がついていた。
「失礼しまーす」
ドアをノックして入室するとカウンターの奥の本などを修理している作業スペースから歩美先生が顔をのぞかせた。
「あら、まだステップアップ講座の最中じゃないの?」
万実と悠海を見ると、先生は立ち上がりながらこちらへやってきた。
「はい、そうなんですけど早くプリントを終わらせたので自由時間になって。先生に聞きたいことがあったので来たんです」
「そうなの、どうしたの?聞きたいことって?」
ハキハキと答える万実の言葉に納得のいったような表情で頷くと、歩美先生は二人を入り口近くの椅子に座るように促した。
「悠海から聞いたんですけど、そこの《開かずの教室》に入ったって言ってる男の子がいるって」
「ああ、六年生のね、入ったかどうかは分からないのよ。鍵は閉まっているし、私の聞き間違いだったのだと思うんだけど」
「そうなのかもしれないですけど、やっぱり興味があって。鍵がかかってる教室にどうやって入ったのか、とか」
「忍び込むつもりなのかしら」
昨日、悠海に向けられた訝る目を今日は万実に向けている。口元に笑みを浮かべているので冗談だとは思うが、昨日と同じように悠海はなぜか少し動揺した。
「いえ、危ないことはしたくないのでそんなことはしないですけど、入ったって言ってるなら中がどんなだったか聞いてみたくて」
万実は興味津々といった顔をしながらも冷静に言葉を返した。
先生から見られたわけでもないのにオドオドしてしまった先ほどの自分思い浮かべたら、万実のしっかりした姿に悠海は机の下で拍手を送りたくなった。
見た目が可愛らしい万実だけど中身はしっかりしたお姉さんといった感じで、かっこいい女の子だと思う。
「その子の名前とか分かりますか?」
「顔はわかるんだけどね、図書室に来ない子だからなかなか名前を覚えられなくて。運動が好きでよくサッカーをしているのは見てるんだけどね。同級生とは男の子も女の子とも仲良く接してるみたいだから人気者かもしれないわね」
自分とは真逆の立ち位置の男の子のようで少し億劫になった。
苦手とまではいかないし、クラスのそういった男の子と話す機会もあるし仲が悪いわけではないけど、なんとなく気後れしてしまう。
女の子の場合はグッと輪に入れてくれたりして気後れしていても最後は楽しくなっているけど、男の子の場合はそこまでならないので疲れ切ってしまうのだ。
上手く馴染めないと影で何か言われているのではないかと気にしすぎてしまうのも原因かもしれない。
「分かりました、ありがとうございます」
「ごめんね、詳しく説明できなくて」
「いえ、先生が教えてくれたことを六年生に聞いてみたら誰か分かるかもしれないので大丈夫です」
「そお?詳しく聞けたら先生にも教えてね」
「やっぱり先生も気になってるんですね」
「まあね、それに、安全に開けて入れるのだとしたらそれを教えてもらえればそこの教室も使えるようになるでしょ?カーテンも閉めっぱなしだし、掃除して綺麗にしたいわよね」
「あー、ホコリとか凄そうですしね」
「だからね、もし話が本当だったら教えてね」
「分かりました」
「あ、ねえ、時間が…」
もうすぐ十時になる。先生に言われた通りもう教室に戻らないといけない。
「十時には教室に戻るようにいわれているので、もういきますね」
「うん、あなたも本を借りにきてね」
「はい、じゃあ、ありがとうございました」
軽く礼をして図書室を出ると、急いで階段を駆け上がる。
担任の先生は優しい先生だけど、約束を守らないことには厳しく注意する先生でもあった。
十時までには戻るようにと言われたのだから戻らないと次にこういう自由時間ができた時は移動はダメだと言われる可能性がある。
廊下は走らないというルールがあるので早歩きで教室に戻ると、ドアを開けた時に先生のにやりと笑う顔が見えた。
「ギリギリセーフだったな」
そういって時計に目をやると秒針が六の数字のところにある。長針はギリギリ十二にはなっておらず、本当にもう少しでアウトだったとホッと胸を撫で下ろした。
「ちゃんと守れて偉いぞ!」
そう言って爽やかに笑った先生は、手を止めていた丸つけの続きをしている。
プリントが終わった子も多くてガヤガヤと賑やかな教室内で、荒い息のまま悠海と万実は自分の机へと座った。
「ふう、疲れた」
「間に合って良かった」
「ほんと」
暑い空気よりも熱くなってしまい、下敷きの風では体温が下がらない。
持ってきていた水筒の水をゴクゴクと喉を鳴らしながら飲むと、晩酌をするお父さんみたいにぷはぁと声を出した。
「悠ちゃん、おじさんくさいよ、やめてよー、あははは」
「つい、なんか、ね」
「悠ちゃんのそういうとこギャップがあって面白いよね」
同じ保育園出身の万実と悠海は小さな頃からよく遊んでいる幼馴染みたいなものだ。
家は少し離れているけど、よく公園や図書館で遊んでいた。その友情は今でも変わらず、一緒にいるのが不思議だと同級生に言われたりしたこともあるし、好きなものが全く同じというわけではないけど、お互いの趣味に付き合うことで今でも一緒に遊んでいる。
「あー、おっかしい」
「おーい、そろそろ席につけー。全員プリントが終わったからこのまま帰りの会をするぞ。はい、準備!」
帰りの会と聞いて騒いでいた男の子たちが我先にとロッカーへと駆け出している。
じゃれ合いながら後ろへと向かっていた男の子三人のうち、端にいた一人が悠海の席にぶつかってきた。
「あっわりい、松永」
「う、うん」
小さな声で返事をするものの、顔を上げることができない。
ズレた机を元の位置に戻すことで間を埋めようと思うが、なんだか気まずくて余計に上げられなくなった。
「もう、あんたたち気をつけなよ!悠ちゃんがびっくりしてんじゃーん。大丈夫?」
「うん、大丈夫。当たったりしてないし」
「わーるい、わざとじゃないんだって、ミチが押すからさー」
「僕なの?!」
「いや、三人で通ろうとするからじゃん、まあ仲良いのはいいんだけどさっ、ねっ?」
「う、うん」
「もー、気をつけなよー」
「ごめんね」
「う、うん」
悠海の机を通り過ぎたあともお互いに小突いたりしながらワイワイと三人でランドセルを取りに行っている。
「あの三人も保育園からの幼馴染だからさ、いつまでも仲良いよね。家も近いらしいよ」
「へえ」
「ところでさ、六年生の男の子のことなんだけど、とりあえず帰りの会が終わったら家の近くに住んでる子に聞いてみるよ。悠海は?」
「私は委員会で一緒の子に聞こうかなって。家の方角も一緒だし」
「よし、じゃあ明日答え合わせできるように頑張ろう!」
「うん」
悠海たちのクラスは早く終わったのだろう。隣のクラスや六年生の方の教室もまだ帰りの会は終わっていないようだった。
委員会で一緒の六年生の女の子を待ってようと思った悠海は、まだ騒がしくしている男の子達がいる教室には居ずらくて渡り廊下へと向かった。
一階に降りてピロティでもいいけど、あそこは今の時期はすごく暑い。三階の渡り廊下なら待っている子が来たらすぐに分かるし、なにより屋根がある。
児童昇降口から帰っていくクラスメイトを見ながら悠海はぼーっとしていた。
「あれ?」
図書室の窓の奥で何かが動いた。クラスメイトが図書室に向かったのだろうかと身を乗り出すように見ていると歩美先生が歩いて行くのが見える。
図書室のドアを開けて誰かと話しているようだ。
《開かずの教室》にもう一度行ってみたいけど、歩美先生がカウンターに出てきていると気づかれてしまうと思う。
小さくかがんで移動すればいいのかもしれないが、途中でバレたら後ろめたいことをしていると思われるだろう。実際鍵がかかっている教室に入れるか試そうとしているのだから後ろめたい気持ちに間違いはないけど。
《開かずの教室》に行く方法を考えていると、ガヤガヤと声や音が聞こえてきた。
どうやら他のクラスも帰りの会が終わって教室から出てきたみたいだ。
悠海が話せる六年生の女の子を探しながら、人の間を縫うように、は移動できないので壁際に沿って歩いていく。
教室前の廊下に出た時に、その女の子が歩いてきたのを見つけた。
「美菜ちゃん!」
手を少し上げて声をかけると、真っ直ぐストレートの耳のあたりまでのボブで天使の輪ができるほどツヤツヤ綺麗な黒髪の持ち主である森美菜が顔を上げた。
「悠海ちゃんだ。一緒に帰る?」
「うん」
家が同じ方向だったため一年生の頃から悠海とよく一緒に帰ってくれている美菜は大人しくてのんびりした女の子だ。
同じ美化環境委員会で掃除場所も一緒。学校以外の場所で会うことはあんまりないが悠海にとって万実に次ぐ仲良しの子で、一緒にいてとっても楽な相手だったりする。
混みあう昇降口で自分の上履きをそっと脱ぐと、邪魔にならないように端に寄って少し待ちながら、歩美先生に聞いたことも踏まえて六年生の男の子のことを聞いてみた。
「うーん、何人か当てはまる人がいるけど、多分、幸輔くんじゃないかなあ」
「幸輔くん?」
「うん、佐藤幸輔くん。最近一人でよく図書室の方に行ってるって将太くん、あっ、幸輔くんの友達ね、将太くんが今日言ってたの。でも本とか借りてないみたいだから、もしかしたら悠海ちゃんが探してる男の子かも」
「へえ、話せるかな、私は無理かもしれないけど、万実ちゃんなら」
「それこそねぇ、今日の帰りの会の時に幸輔くんいなくてね、多分今頃怒られてるんじゃないかなぁ。行ってみる?」
「へっ?」
「教室にいると思うよ。カバンは置いたままだったから。用事があるなら行こうか?」
美菜の提案に悠海は戸惑ってしまう。
万実なら話したことがない男の子でもちゃんと話せるかもしれないけど、自分には無理だと怖気づいてしまっている。
「でも、私…」
「あんまり人に聞かれたくない話なら今がちょうどいいかも。教室にはもう人はいないと思うよ。将太くんもさっき帰ってたし。幸輔くん、一人?」
美菜の言っていることは確かにそうだ。
あんまり人に聞かれたくない。一人なら好都合だと思う。
でも万実がいないことに大きな不安がある。
悩んでいる悠海の姿をろくに見ずに、美菜は手を握って階段へと引っ張っていく。
見ればいつのまにか上履きを履き直していているではないか。
「ちょ、ちょっと待って、上履き、上履き履くから」
急いで履き直すと、美菜に連れられて階段を上がっていった。
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