第5話 《開かずの教室》に入った男の子?!




周囲しゅういに光がパアっと広がる様子をギュッと閉じたまぶたのうらで感じ取っていると、光がおさまったのが分かった。

ゆっくりと目を開けると、悠海ゆうみがよく知る坂森西さかもりにし小の家庭科室の前にいる。

キョロキョロと見回すと明るい日差ひざしが窓から入ってきていて、風がいているのか葉っぱがれる音が聞こえた。

窓の外には学校内にえられている木はもちろん、遠くの山や近くの民家みんか屋根やねも見える。


「帰ってきたんだ…」


ほっとむねで下ろした悠海ははたと気付く。

今、何時なんだろう。

随分ずいぶん長い時間を向こうでごした気がしている。

太陽の感じからして夕方にはなっていなさそうだが、お昼はぎていそうな気がする。

やばい、お母さんに怒られるかも!

さっきまでとは全く違うドキドキにあせりながらも、家庭科室の中の時計が見える位置いちへと急いで移動いどうする。


「九時…三十一分?!」


悠海が学校に向かったのが九時二十分くらいだったはず。自転車で学校まで五分だから、プリントを取りに行って図書室前に移動した時間を考えると、全く時間がっていないのではないだろうか。

悠海は階段へと向かい二階へ駆け上がる。

図書室を通り過ぎて奥の開かずの教室の前に行くが、ドアは閉まっている。

引手に手をかけて引いてみても開くことはなく、かぎがかかっているようでガチャっという音がしただけだった。


「えっ?どういう…」

「どうしたの?」

「えっ?」


後ろから声がして振り返ると、図書の中堀なかほり歩美あゆみ先生が立っていた。


「あっ悠海ちゃんじゃない。どうしたの?」


よく本を借りに図書室に訪れるため悠海の顔を覚えてくれている歩美先生は親しげに声をかけてくる。


「あっ、えっと、忘れ物をして…ついでに図書室で本を借りようと…」

「ああ、そうなのね、ごめんなさいね、いま席を外してたからかぎをかけてたのよ。どうぞ」


手に持ったかぎでガチャリと図書室のドアの開けると歩美先生は中へ入るように悠海をうながした。

開かずの教室からはなれて図書室の中に入ると、歩美先生は窓を開けながら悠海との会話を続ける。


「悠海ちゃんが本好きで先生はうれしいわ。今日は何を借りにきたの?」

「あっ、前に先生が紹介しょうかいしてた本なんですけど、読書感想文の本にしようと思って…」

「あっ、あの本ね、紹介しょうかいするのが遅くなっちゃったからまだ誰も借りてなかったはず、…はい!」


先生がオススメの本をならべて紹介しょうかいしているたなかれていた本を一|冊手に取り、にこやかな顔で本を悠海に渡す。

貸出かしだし作業さぎょうに入るためにカウンターの中へ入っていく先生に開かずの教室の方をちらりと見ながら聞いてみることにした。


「あそこの教室ってなにがあるんですか?」


パソコンを立ち上げながら悠海の視線しせんの先を確認かくにんした先生は「開かずの教室ね」とクスリと笑った。


「えっ?先生も知ってるんですか?」

「生徒達がうわさしてるのを耳に挟んだことはあるわよ。実際じっさいに開かずの教室だしね」

「えっ?本当に開かずの教室なんですか?」

「そうよ。なんでもかぎくしてしまったみたいでね、鍵屋かぎやさんに来てもらおうかとも話してたみたいなんだけど、ほら、この校舎こうしゃも古いでしょ?ずいぶん使われてなかったから鍵穴がびちゃっててね。開けようと思えば方法はなくはないけど、たしか使われていないつくえを置いてあるだけみたいで、今は子どもも少なくてただでさえつくえあまってるわけだから、無理に開けなくてもいいんじゃないかってそのままにしているそうなの」


かぎくしているのなら先生達も出入りしていない理由が分かった。

しかし、悠海はあの教室のドアが開いているのを見た。しかも中にまで入って。

その先は夢なのかなんなのか分からないけど、開いているのを見たのだ。


「じゃあ先生もあの教室が開いているのって見たことないんですか?」

「ないわね、まさか入ってみようなんて考えてる?」


ほそめた目を悠海に向けながら悪戯いたずらっぽい口調くちょういかけられた。


「いえいえいえ、ちょっと気になっただけで…」


まさか教室の中に入ったとは言えずに悠海はあわてて否定ひていした。


「あはは、悠海ちゃんはそんな性格せいかくの子じゃなさそうだしね。いえね、少し前に開かずの教室に入ったって言ってる子がいてね、昼休みによくサッカーしてる六年生の子なんだけど。図書室になんて来ない子なのに、開かずの教室の前でじっと立っていてね、気になって声をかけたんだけど、その時に言っていたのよ」


自分と同じように開かずの教室の中に入った人がいるということに悠海はおどろいた。


「六年生…」

「そう、でもかぎはかかっていたし、なにかこわしたりしたみたいでもなかったから、入ったっていうよりは入ってみたいってことなのかもしれないけど。ダメよ!学校の備品びひんこわしてしまったら弁償べんしょうしなくちゃいけなくなるわ。いくら古いドアで使われていなくても、故意こいであれば悪質あくしつ行為こういだと判断はんだんされるしね」

「それは、絶対ぜったいにしたくないので、大丈夫です」

「うんうん、委員会いいんかいとかで荷物にもつかかえて別の場所で会議かいぎ、なんてこともあるだろけど荷物にもつで手がいていないからって足で開けたりしないようにね。足の力は思ったよりもあるし、手みたいに使いれていないから力加減ちからかげんを間違えてドアをこわしてしまうっていうこともあるのよ。先生が学生のころに友達がそれで弁償べんしょうしなきゃいけなくなったのを見てね、どんなに面倒めんどうでも横着おうちゃくしたらいけないって思ったのよ」

「はあ」

「なんにでも丁寧ていねいあつかった方がいいわよ。本もね」


にっこり笑顔で手をべて悠海の持っている本を手に取ると、後ろのページを開いて貸出かしだし作業さぎょうを行う。


「他に借りる本はないわね?」

「あ、はい。夏休み前に数さつ借りてるので」

「明日からステップアップ講座こうざが始まるのよね?」


悠海の学校では四年生以上は夏休みの始まりと終わりにステップアップ講座こうざという授業と八月の初めに水泳教室がある。三〜四日ほどづつ午前中のすずしい時間帯に学校でプリントなどをき、水泳教室はお昼の暑い時間帯に行われるのだが、ステップアップ講座こうざ中と水泳教室期間きかん中は図書室も空いているそうだ。


「水泳教室が開かれる時はお昼から十五時まで開いているわよ、ステップアップ期間きかん中は午前中だけね。あっ、この一週間はステップアップは関係かんけいなく十五時ぐらいまで開けているから、本を返したり借りたりする場合は是非ぜひ来てね」

「分かりました。ありがとうございます」


歩美先生から本を受け取ると、ぺこりと頭を下げて図書室を出た。

先生の言っていた六年生の男の子が気になって仕方がない。

もしかして自分と同じような体験たいけんをしたのではないだろうか?

も違うとしても、《開かずの教室》に入ったのなら、その話を聞いてみたい。

五年生の教室は六年生と同じ三階にある。もしかしたら明日のステップアップ講座こうざで誰か分かるかもしれない。

悠海は階段を降りながら、《開かずの教室》のなぞについて考えていた。


「あっ、名前を聞けば良かったんじゃ…」


同じ委員会いいんかい仲良なかよくしている六年生の女の子に聞いてみようかと思っていたが、歩美先生に聞けば良かったのかもしれない。でも、図書室に来ない子と言っていたから名前は知らないのかもしれない。

とにかく明日少し早めに学校に行って聞いてみようと悠海は本とプリントをカゴに入れると自転車をいで自宅じたくへと帰った。





「あー!あーづーいー!」


午前中とはいえむわんとする湿しめっぽいあたたかい空気が充満じゅうまんする教室では扇風機せんぷうきなどあまり意味がない。

終業式が終わったのは数日前のことなのに体は家の冷房れいぼうらされていて、一学期末の教室の暑さを忘れかけている。


「高校は早くにエアコンが付いたのに中学校も小学校も付いてないなんて、卒業してもこの辛さが続くとか最悪だよ」

「中学校はね、今度改築かいちくするらしくてその時に付けるみたいだよ」

「ほんとに?!」

「うん、お兄ちゃんが卒業そつぎょうした後にエアコンが付くってブーブー文句もんく言ってたから」

「中学校にエアコンが付くならいいなあ。小学校はまだまだ先だろうね」

「ねー、早く帰ってアイス食べたい」

「食べたいー、クーラー効いた中でアイス食べたいー」

「いいね」


白いドットが入った紫色のシュシュで高めの位置いちに一つにむすんだ悠海の首のおく下敷したじきであおいでる風でなびいている。親友の川藤かわふじ万実まみこしまである長い髪をゆるくみにして耳の下でくるっと丸めてこん色のバンダナをターバンのようにいているが、机に顔をつけて冷たさをようともぞもぞと動いているので髪型がくずれてきている。

そんな休憩きゅうけい時間を過ごしていると廊下ろうかを六年生が歩いていくのが見えた。


「あっ、そういえば昨日忘れ物して学校に来たんだけど、その時図書の歩美先生から聞いた話なんだけど、《開かずの教室》に興味きょうみを持ってるみたいな六年生の男の子って知ってる?」

範囲はんいが広いよ、《開かずの教室》に興味ない子なんているの?」

「そうなんだけど、《開かずの教室》が…」


悠海は声を小さくして万実の耳元みみもとで話を続ける。


「…開いてて入った、みたいな事言ってたらしくて…」

「えーー?!!」

「ちょ、しぃーーー!!」


急いで万実の口に手を当てると、キョロキョロと見回してみる。

万実の声におどろいて見ているクラスメイトはいたが、すぐに興味きょうみうすれて各々おのおのがしていたおしゃべりの続きをしている。


「もう!大きな声出さないでね」

「ごめんごめん、あまりの事にビックリしちゃって。…それ本当なの?」

「分かんない。先生が言うにはあの教室のかぎは無くしちゃってて、鍵穴もびちゃってるらしいの。中にあるのは生徒用の机で必要でもないからそのままの状態じょうたいらしいんだけど」

かぎこわれてるわけじゃなかったよね?その男の子がこわしちゃったってこと?」

「ううん、歩美先生が言うにはかぎが掛かっててこわした様子ようすもなかったみたい」

「んー?じゃあなんかの勘違かんちがい?聞き間違まちがいとか」

「歩美先生そう言ってた。でもさ、…実は昨日、私も開いてるのを見た気がするんだよね…」

「…え?…見間違みまちがいじゃなくて?」

「それが分かんないの、ちゃんと見たと思ってるけど、実際じっさい閉まってるしかぎも掛かってるし。だからその六年生の男の子に聞いてみたくて」

「ええ〜?」


半信半疑はんしんはんぎどころか全く信じてない様子ようすの万実だが、悠海がそういった冗談じょうだんを言うタイプではないため、なんだかよく分からないが見たと思い込んでいるんだろうと考えていたが、悠海が話してみたいと言っている六年生の男の子を探し出すのに協力きょうりょくすることにした。


「なんか心霊体験しんれいたいけん番組ばんぐみとか、こわい話の本とか、そういうの見て、見た気になってるんじゃないの?」

「まだこわい話とか見てないよ」

「そういう意味じゃないんだけど」

「え?」

「ま、いっか。なんか探偵たんていっぽくて面白おもしろそうだし。その男の子の名前は聞いてないの?」

「うん、図書室に来ない子って言ってたから、歩美先生は名前は知らないんじゃないかと思って…」

「そうかもね、でも一応いちおう聞いてみようよ」


万実の提案ていあんうなづくと同時に教室の前のドアがガラガラと音を立てた。


「はーい、続きするぞー。席について、早く終わったら自由にしてていいから。ただしプリントは二枚あります」

『えーー!!』

「さあ頑張がんばろう!このクラスだけじゃなくて、ステップアップ講座こうざ受けてる全クラスが枚数えてるんだよ」

『ええーー!!』

「分からないところがあったらお友達に聞いてもいいし、先生に聞きにきてもいいよ。終わったら丸付けをするので持ってきてください」


重たいため息の合唱がっしょうは、同じようにプリント枚数が増えているらしい四年生から六年生の教室全てでかなででられていっているだろう。

かべがあって聞こえているわけではないが、みょう一体感いったいかんを感じつつ筆箱ふでばこから鉛筆えんぴつを取り出した。


頑張がんばれ、元気だそう!やれるよ!それじゃプリントは後ろに回していってね」






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