第20話謎多きメイド イルさん

 

「起きて、ユウトくん!」

「ん……?」


 肩を揺すられる感覚に目を覚ますと、目の前には結城さんが居て心配そうにこちらを見ていた。


「あれ、結城さん?ここは……」

「ここは柏木先生の部屋の前だよ。ほら、壁にもたれかかって寝ていたから気になって話しかけたの」

「柏木先生……?……っ!!結城さん離れて!柏木先生はあの事件の……っ!」


 いつの間に部屋の外にっ!?柏木先生は部屋の中かっ!?


「先生!開けてください!逃がしませんよっ!」

「ユウトくん、先生ならメイドさんと一緒にどこかに行ってたよ。さっきすれ違ったんだ。確かシュンくんのメイドさんだったと思うけど……」

「シュンの…?そうだ!イルさんだ!どっちの方向に行った!?」

「えっ、えっと、向こうだったと思うけど…ユウトくんは大丈夫なの?こんなところで寝てるなんて、貧血?」

「俺のことはいいんだ!ありがとう結城さん!」


 結城さんの指差す方向に走っていき、イルさんの跡を追いかける。イルさんと一緒に…だと?下着を盗んだような先生と?


「頼むっ!無事でいてくれイルさんっ!」


 廊下を曲がり、道なりに走っていく。が、そこには行き止まりがあった。


「……道を間違えたか?いや、でも曲がり角なんて無かったよな」


「ユウト様、こちらにいらっしゃいましたか」

「イルさん!?」


 不意に後ろからの声に驚き振り向くとイルさんが探してましたよと言って近付いてくる。


「イルさん!柏木先生はっ!?」

「落ち着いてくださいユウト様。柏木先生は眠かったようなので寝てもらいました」

「寝てもら……?いやイルさん、何を言ってるんですか?柏木先生はどこです?」

「いえ、ですから柏木先生には安全な場所で寝ていただいてます」


 寝る?なんだ?一体どこからどこまでが本当なんだ?いつの間にか俺は部屋の外で寝かされていたし、イルさんを追えば行き止まりに会うし…極めつけは先生が寝ている?全く意味が分からない。


「ふふ、混乱していますね、ユウト様」

「何がなんだか分からない……って感じですね」

「そういえば、『睡眠学習』という言葉を知っていますか?」

「睡眠学習?寝ている内に聞いた言葉とかを記憶したりするやつですか?」

「それですそれです」


 ふふっと笑って両手を合わせるイルさん。


「意識が無い状態の方が、起きている状態よりも記憶の保持率が高いらしいです。てことは、睡眠中に『ちょっとお話をする』だけで簡単に心に刻まれちゃうんですよね」

「……それはどういう」

「うふふ、いえ、ただ聞いたことがあっても試したことがなくって、という話でございます」


 楽しそうに、本当に楽しそうに笑うイルさんの姿は、どこか浮世離れしているようで俺は背中に走る寒気を抑えられなかった。



ーーーーーーーーーー


【シュン視点】


「長い!俺が主人公!この創作小説はっ!」

「む?急にどうしたシュン?」

「あぁいや、なんでもない。ちょっと頭がバグっちまっただけだ」


 首をかしげるリューナに適当なことを言って、目の前に大量に積み上げられた『朝ごはん』を見る。


「ワシ実はパンにもこだわっておっての…口に合うと良いんじゃが……」

「朝からこれか……」


 正直キツい。昨日の夕食ほどでは無いがそれでもテーブルに積まれたソレは朝ごはんというには中々ヘビーだ。


「まあ、いただきます」


 パクリと手前にあったパンを食べる。ベーコンのようなものを乗せて揚げたものらしい。少量の調味料で軽く味付けされ、ベーコンやパン本来の旨味を上手く引き出している。うん、旨い。


「相変わらず料理は上手いなリューナ」

「カカッ!そうかの?ほれ、もっともっと食べてくれ」

「おう…これ全部かぁ……」




 結果、全部食べるのに約1時間の時間を要したのだった。



「さて、魔界に行くと言っておったが……ワシも着いていこうか?」

「お、また急にどうした」


 満腹になり過ぎたお腹を撫でながら一服しているとリューナが突然切り出す。


「いやワシ、実は隠居してるから仕事もないしの。最近歩いてもないからちょっと運動したいんじゃ」

「ちょっとって、魔界までどれくらいなんだ?」

「ふむ……ひーふーみー……」

一二三ひふみ?何を数えてるんだ?」


 指折り数えるリューナに聞いてみる。が、割りと最悪な答えが帰ってきた。


「これか?これはやまの数じゃ」

「山…?まて、山っていうのは、つまり山か?」

「混乱しておるぞシュン。山は山じゃし川は川じゃ」

「悪い、それはキロに直すと何キロだ?」

「キロ?すまん、距離の表し方をワシはあまり知らん」

「んー…じゃあさっきの山の数で表すとどうなるんだ?」

「軽く、18山くらいかの」

「軽くねえよ」


 嘘だろ?ここから魔界まで18の山を越えなきゃならないのか?それ何日かかるんだ?帰るのも含めたら何ヵ月とか行くんじゃないのか?


「まあ最悪、ワシが乗せていくから気にするでない」

「乗せる?」

「うん。ワシ、飛べるし」

「飛ぶって…ジャンプのことか?流石に俺も跳ぶことならできるぞ?」

「違う違う。こうじゃ」


 首を振って言うと、急にリューナの気配が強くなり体に圧力が掛かったような感覚に襲われる。


「なんだ……これっ……!」

「カカッ、これがワシの本当の姿じゃ」

「ほ、本当の姿……?」


 そこには綺麗な銀色に身を包んだ、巨大な龍がいた。その鋭い眼を俺に向けるとまるで幼い子が悪戯に成功した時のような笑顔を浮かべて笑う。


「カカッ!面白いのぅ。シュンの仏頂面がこんな驚きの表情一色に染まるなんて」

「うるせぇ。俺は怖がりなんだよ。それよりも、お前は本当にリューナなのか?」

「当たり前じゃ。ワシこそが正真正銘、前竜界王リューナ=フォン=アルデュートであるぞ」

「であるぞ、とか偉そうだなリューナ」

「実際偉いんじゃがっ!?」


 なんだか仰々しい名前だな?リューナ……アルフォート?いや違う。これチョコの商品だったわ。


「てゆうかそうなれるんだったら最初から乗せていってくれ」

「んー……良いのか?」

「別に良いだろ?時短だよ時短。物事ってのは何よりも『効率』を求めるべきだ」

「そうか……まぁシュンが良いならよいぞ?ほれ、乗ってくれ」

「おぉ……本当に良いのか。じゃあ失礼して……っと」


 少し身体を伏せて乗せてくれるリューナ。フワフワな毛並みに少しだけザラザラした皮膚がひんやりとしていて気持ちいい。あ、やばい。寝れるかも。


「乗ったな?じゃあしっかり掴まっとくんじゃよ?出発じゃ!」

「おぉー」


 長く大きい翼を広げて、バサバサと飛び立つリューナ。すごい風圧でこちらにも風が飛んでくる。


「ほぉ、気持ちいいな」

「こんなのも良かろう?」

「むしろ最高だ」


 何かの能力か、かなり早いスピードで飛んでいるはずなのに肌に触れる風は優しく心地良い。まるで草原の上で日向ぼっこをしているかのようだ。


「それでも一日は掛かるからのう。ゆっくりしておいてくれ」

「悪いな」

「構わん。ワシ、意外とシュンの世話をするのが好きなんじゃ」


 あ、コイツもしかしてあれか?頼られると嬉しくて断れないタイプの人か。いや竜か。


「あーこんなときに枕があればなぁ。もっとゆっくりできるんだけどな」

「そんなときの為の羽毛じゃ!ほれ、これを枕にするのじゃ!」

「おぉ、凄い」


 突然目の前の羽毛が盛り上がり、即席の枕が出来上がる。触れてみると適度な硬さでよく眠れそうだ。


「うん、最高」

「他に何か足りないものはないか?なんでも言ってみるのじゃぞ?」

「あぁうん。大丈夫だから。静かにしておいてくれ」

「分かったのじゃ!」


 うん、やっぱコイツ、頼られるのが嬉しいみたいだな。めっちゃ使いやすいペットを手に入れた気分だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

クラスみんな異世界転移したんだから俺一人くらい楽しても良くね? クラゲん @kuragen

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ