第17話シュンの頼み

「どうじゃ?中々のもんじゃろう?」

「すげぇ……圧巻…だな」


 しばらく待っているとリューナが帰って来て、風呂へと案内してくれる。行き着いた先はなんと……


「露天風呂だな」

「カカッ、風流じゃろうて」


 そこは館を出てすぐの丘の上に作られた木製の露天風呂であった。もともと土地が高い場所らしく、ここから見える景色はまさに圧巻。今は昼頃なので見えないが、これで星が見えるならば俺はお金を払っても良い。


「ほれ、服を脱げぃ」

「あ、ちょっ」

「んー?なんじゃー?恥ずかしいのかぁ?」

「当たり前だ、年頃の男はみんな恥ずかしがり屋なんだよ。気を使え」

「ぬぅ…お主は想像通りにいかんやつじゃのう。もっと焦ったりしなければ面白くないじゃろ!」

「知らん。ほら、露天風呂浸からせて貰うから、帰っててくれ」

「分かったのじゃ。着替え、ここに置いておくからの。タオルもここに置くから風邪引かんようにしっかり拭いて出てくるんじゃぞ」

「はいはい」


 オマエはオカンか、と言いたかったがこいつを母と思うことがなんかムカつくので口を塞ぐ。


 時々振り返りながら帰っていくリューナに適当に手を振って返し、服を脱いで露天風呂へと浸かる。


「ふうぃぃぃぃ……あぁぁぁあああ」


 丁度良い熱さのお湯に足の先から肩までをゆっくりと浸かっていく。身体中から疲労物質が溶け出していくのを肌で感じながらオヤジさながらのため息にも似た息を吐く。


「これなら、ワープホールから投げ出されて良かったかもなぁ……ははっ」


 そんな風に思ってしまうほど、風呂好きな自分を笑い、口元まで浸かってブクブクと泡を立たせる。さて、ユウトの方はうまくやってくれてるだろうか。一応、置き手紙をしたから分かってくれるとは思うが……




ーーーーーーーーーー


【ユウト視点】


 昨日の夜から、シュンが消えた。正確には姿を消した。朝、シュンの部屋に呼びに行くとシュンのメイドさん……えっと、イルさんだったかな?あの女性が困った様子で手紙を渡してきた。その内容は次の通りである。


『あー、ユウト。これを見てるってことは多分、俺がなんらかの理由で帰られなくなってるということだと思う。そして、その場合はユウトに頼みたいことがある。例の『下着盗難事件』のことなんだが、アレを解決してほしい。その為の情報をここに記す。あぁ、あとそこにいるかもしれない駄メイドは自由に使ってくれて構わない。まあ、こんなことを言うのは柄じゃないから、言いたくないが。お前は俺が居なくてもやっていけるんだから、自信を持て。必要なのは、有利になるための『情報』とソレを利用できる『自信』だ。俺はユウトを信じている。』


 という文章と共に『情報』とデカデカと書かれた紙が同封されていた。


「しばらく私はユウト様のメイドとなります。そこに書かれている通り、ご自由に指示を」

「あ、あぁ」


 正直、びっくりだ。あぁもちろん、このメイドさんの貸し出しに対してもそうだ、シュンが俺に頼み事をするなんて後にも先にもこれが初めてだろう。大概は命令口調で頼むというか、正に命令なんだけど、今回は『~してほしい』という口調だ。


「下着盗難事件……か。俺に出来るかな?」

「ご主人様はユウト様を信用していました。その期待に応えて貰わなければ、私が困ります」

「イルさんはどう思うんだ?シュンは実質、行方不明じゃないのか?」

「はい、そうですね。ですが、この手紙はご主人様からの『命令』なのですから、この通り、ユウト様に従うことが今の私のするべきことです」

「そうか……心配じゃないのか?」


 俺は、正直心配だ。シュンが居ないなんて、考えられない。なんとなく、本当になんとなくだけど、シュンは今かなり遠い北の方にいると思う。流石に迎えに行くにも遠すぎる。


「そう……ですね。私は────」

「あ、ユウトくんじゃーん!どしたのー?部屋の前で~」

「あぁ、遠藤さん。おはよう」


 遠くから駆けてくるのは遠藤美月えんどうみつきさんだ。時々話したりするけど、基本的には見た目がギャルって感じの子達とよく一緒にいて、誰にでも普通に話す子だ。


「なんでこんなところにいんのー?」

「あぁ、実はシュンが───」


 いや待て、どうする?言った方がいいのか?シュンが居なくなったと言って、みんなが『不安』にならないだろうか。不安は伝染する。これはシュンの言葉だ。不安は人から人へ移り、結果『暴発パンデミック』へと繋がる。

 要はパニックは不安から始まるのでそういった感情を煽る発言は避けたほうが良い、ということだ。


「ご主人様は現在、病床に伏せております。私が治療いたしますのだ、兵士の方々にはそう伝えてください」

「あー、宮坂くんだっけー?風邪かな~?ウチ、確かネギ持ってたような気がするけど、いる~?」

「あぁ、いや、それ迷信じゃないのか?それよりなんで持ってるの?」

「ウチんち八百屋だから~」

「あ、そうなのか」


 それにしたって異世界にネギ持ってくるのか。遠藤さん、意外と野菜好きなのかな?


「あ、それよりそろそろ打ち合いの時間っしょ?一緒に行こー!」

「あ、手を引かないで、遠藤さん。えっと、イルさんはあの『情報』に書かれてた人について調べてくれる?」

「かしこまりました。行ってらっしゃいませ、ユウト様」


 ペコリと頭を下げるイルさん。他のメイドさんより明らかに容姿が整っているし、シュンもイルさんがメイドに当てられたのは嬉しいだろうな。俺も、イルさんって凄く可愛いと思うし…。





 遠藤さんに腕を引かれながら特訓場に着くと数人の女子が集まってきた。


「きゃー、ユウトくん!おはよう!なんで美月ちゃんといるのー?」

「えへー、ウチ腕つかんじゃったー!」

「いいなぁー!私も手とか握ってみたい~!」

「あ、あの、君たち…ちょっと離れてくれるかな?みんなの視線が、少し痛い…」


 遠目に見てくる男子たちの視線。嫉妬と憎悪と殺意の入り交じった視線だ。別に俺がなりたくてこんなに囲まれてるんじゃないんだけどな…。


『だからムカつくんだよ!シね!』


 あ、今シュンの声が聞こえた気がする。嬉しい。


「朝からモテモテだな、ユウト」

「おはウィッスー。ユウトっちマジモテすぎて引くわ~モテ引きだわ~」

「一樹に因幡じゃないか、おはよう」


 松岡一樹、因幡いなばはるが歩いてきながら、いつものセリフを言ってくる。一樹はともかく、因幡は独特な言葉回しで少し聞き取りづらい。


「ごめんね、みんな。俺因幡と一樹と打ち合いするからさ、離れてくれるかな?」

「「「「あーん!頑張って~!」」」」

「ははっ、ありがとう」


 みんな本当に元気が良いなぁ、俺のどこがそんなに良いんだろうか。俺よりもシュンの方が頭良いし頼りがいがあるのになぁ。


「っべーわぁ!まじっべーわユウトっち!俺っちもあんな風に言われてーわぁ!」

「ハルには無理だろー?はっはっは!」

「あ、今の俺っち傷ついたわー!一樹っちは刑部ちゃんがいるから良いよなー!」

「テンション高いな、因幡。ほら。そろそろ打ち合いが始まるぞ」


 適当に会話を交わしていると兵長のミランさんが大声を出し、点呼を取る。予め俺がシュンについて言っておいたのでそこはスルーされている。


「ではこれより打ち合いを始める!各自で好きな者と戦い結果をここの用紙に記入してくれ!それでは…開始ぃ!」


 手を降り下ろし、怒号が響く。ミランさんは声が大きくて最初はびっくりする。けどミランさんは情に厚い人で他の兵士さんからの信頼も厚い。


「じゃあやるっしょ~!一樹っち!最初は一樹っちをぶちのめしてやるっしょ!」

「お?昨日も俺の『気』で負けたくせにまた挑んでくるのか?いいぞ!かかってこい!」

「おー、頑張れ二人ともー」


 俺は審判として二人を見守る。これに勝った方と俺は戦わせてもらおうかな。


「やっぱ勝負は速攻っしょ!」

「相変わらずだなぁハル!」


 一樹の能力は『気』。手から透明な『気』を放出して戦ったり『気』をまとったりすることで戦闘力を上げる。

 対して因幡の能力は『ウェーブ』。どこからか現れる『サーフィンボード』に乗り、空中を自由に走ることが出来る。これが本当に自由自在に動けてすばしっこい。縦横無尽に駆け回り、隙を見てサーフィンボードに付いている刃で相手を切り裂くという戦法だ。


「ひゃっほう!どうよどうよ~!俺っちのこのサーフィング!良い波乗ってるっしょ~?」

「そうだな、だがそれだけじゃあ『気』には勝てねぇぞ!くらえ!気弾!」

「あぶなっ!?すごい命中率だわ~気弾って!やっぱその『気を読む』ってのズルいっしょ!?」

「その『ウェーブ』も中々だぞ!気を読んでるはずなのに当たらねぇ!」


 楽しそうに戦うなぁ二人は。みんな、今がモンスターたちと戦うための準備期間ってことを忘れているんじゃないのか?…俺は怖いな。この楽しい時間が永遠に続く訳じゃないってことが…


「…は~…め~……波ぁぁぁぁーッ!!」

「うわっ!?ちょっ……それはないっしょーッッ!?」


 と、一樹の『か○はめ波』が因幡に直撃し、撃墜される。


「いったいわ~!マジでそれはやばいっしょ!」

「当たらないなら当たるぐらい大きな範囲で気を出せばいい!そう気付いた!」

「発想の転換ヤバイわ~!」

「ほんと楽しそうだな二人とも……」


 著作権って知ってるんだろうか、一樹は。


「みんな頑張ってるね、ユウトくん」

「あぁ、結城さん。おはよう」

「おっ、美郷っちじゃーん!今日もカワウィ~ね!」

「あはは、ありがとう」

「苦笑いだぞハル。おはよう、結城」


 後ろから歩いてきたのは結城ゆうき美郷みさとさん。肩にはフェレットのような動物が乗っている。


「それって、もしかして妖精魔法か?」

「あ、うん。ユウトくん。実は最近は姿が見えるようになってね」

「へぇー!可愛いわ~!これネズミっしょ!?よーしよしよし……」

「あ、因幡くん!急に触ったらっ……」

「えっ?……て、いったいわぁっ!?」


 ガリィっと結構深く噛まれる因幡。手から結構結構流血している。


「ご、ごめんね!因幡くん!この子あんまり人に慣れてなくて……これ!絆創膏貼っておいて?」

「うぅ……女子力ヤバイっしょ…痛い……」

「ははっ、そんな風に勢いよく行くからそうなるんだよハル!それにこいつはフェレット!動物ってのは怖がりだから、自分よりも高いところから迫られるとびっくりするんだよ!だからこうやって下から行けば……いってぇ!?」


 長々と喋るわりに、簡単に噛まれる一樹。


「別に、何も考えずに触れば大丈夫じゃないのか?」


 普通に手を伸ばし、妖精の背中を撫でる。


「キュウゥ」

「おっ、可愛いな。この子」


 気持ち良さそうな声で鳴く妖精さん。あぁ、なんだか心が癒やされる気がする。


「えっ、すごいユウトくん!触れるんだ!私も最初は怖がられたのに……」

「うわ~流石ユウトっちだわ~!レベルが段違いっしょ~!」

「いてぇ……」


 称賛の言葉を浴びて少し照れていると、兵長のミランがこちらへ向かってくる。


「君たちは成績優秀だな!特にそこの……結城くんと光ヶ丘くん!」

「俺と……」

「私ですか?」

「あぁ!君たちは未だ無敗を誇ってるな?よしっ!俺と戦おう!どっちからでもいいぞ!」

「急に…ですか。良いですよ、僕とやりましょう」


 俺は一歩前へ出てミランさんを見据える。一応、ミランさんの言った通り俺は今のところ無敗だ。一樹や因幡とも戦ったが、なんとか勝利を納めてきた。


「じゃあ私はその後に戦いますね。頑張ってね!ユウトくん!」

「頑張れよ!ユウト!」

「やるっしょやるっしょ!ユウトっち!」


 自信は……正直無いこともない。みんなは凄い能力を持っているがこの世界の人は俺たちより秀でた能力は持っていないと言う。そのみんなに勝ったんだから、ミランさんにも負けることはないだろう。


「よしっ!準備はいいな?始めるぞ!?」

「おっ!ミラン兵長があの異世界から来た聖剣の少年と戦うみたいだぞ!」

「本当か!見物じゃないか!?」

「えっ、ユウトくんが戦うの!?」

「光ヶ丘くん……頑張って……」

「ユウトー!俺は応援してるぞー!」


 いつの間にか俺たちが特訓場の中心になってしまっている。仕方ない、恥ずかしいが……やるしかないか。


「では行くぞ!光ヶ丘くん!」

「はいっ!」

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