第16話飛ばされた先は

 その空間に触れると視界が揺れ始める始める。ぐるぐるバットをした後のように上下が逆さまになったような感覚を覚えて吐き気がしてくる。


「うえっぷ……気持ち悪……」


 しかしその感覚は収まることはなく、しばらく続き、遂には意識を失ってしまった。


ーーーーーーーーーー


「おぉ、目覚めたか?」


 不意に肩を揺らされ、意識が戻される。ゆっくりと眼を開けると知らない誰かが顔を覗き込んできていた。


「イル……じゃない。誰だ?」

「助けてやったのに不躾なやつじゃのう、リューナじゃ。突然上から降ってきてビックリしたぞ」

「リューナ?上から降ってきたって…空から?」

「そうじゃ」


 古風な喋り方でリューナと名乗るその女は、不可解なことを言って頷き青空を指差す。ここに来る前には夜だった筈だが…どれくらい時間が経ったんだ?


「………っ」


 立ち上がろうとすると背中が痛むのが分かった。どうやら強く打ったみたいだが…まさか本当に空から?


「いってぇ…どのくらいの高さから落ちてた?」

「大分高かったのう。気絶しておったから襲われんように見守っていたのじゃ」

「そうか、悪いな。俺の名前は宮坂シュン、シュンって呼んでくれ」

「そうか、シュンじゃな。よろしく頼むぞ」

「別によろしくしなくてもいい」


 匿ってくれたのはありがたいが、とりあえず俺の目的はイルの探索だ。このリューナとかいう女に構っている暇はない。


 しかしまぁ、この女もまた、明らかに普通のじゃない部分を持ち合わせている。そのお尻から生えている長い尻尾はなんなのだろうか、この世界のファッションか?日本の渋谷ですらそこまで大きい尻尾を付ける女性を見たことないぞ。


 それに良く見ると体の一部にまるで魚の鱗のようなものが見える。髪の色も銀髪だ。凄く綺麗な色をしていて、いつの間にか視線がそちらへ移ってしまう程に。この世界は綺麗な女が多いのか?


「ん、これかの?これはワシのの種族特有の毛色じゃ。珍しかろう?」

「あぁ。それよりもここはどこだ?」

「竜界じゃの。人間界の隣にある国じゃ。そしてここはワシの住む館の庭じゃ。カカッ、中々大きいじゃろう?」


 聞いてもない自慢をするリューナを横目で見ながら考える。


 ふむ、ここは竜界とかいう場所なのか。まあ推測するに『竜』が住む地域のことなのだろう。リューナの尻尾や猫目のような鋭い瞳、少し見える鱗は多分、竜の特徴だ。

 しかし、イルは上級魔族、つまり『魔族』だ。竜の特徴を持っているかと言われればないだろう。竜界があるならきっと『魔界』もあるはずである。ならば多分、あののような歪な空間は魔界行きで、俺はなんらかの理由でワープ中に投げ出されてこの竜界に来てしまった…あまり根拠もなく、信憑性は薄いがこう考えれば色々と合点がいく。


「魔界に行くか」

「ほぇ?魔界に行くのか?」

「あぁ、会いたい奴がいてな」

「しかし、シュンは人族じゃろう?なれば人間界が故郷じゃないのか?」

「まぁそうなんだが、魔族に知り合いが居てな」

「ほぅ……珍しいのう。魔族は人族と仲が悪いはずじゃが」

「全員が全員、そうとは限らないだろ?ほら、助けてくれたのは嬉しいが、俺は魔界に行かないといけない。方向だけでも教えてくれると助かる」


 ユウトが心配するだろうが、まあ良いだろ。アイツは俺が居なくても、そろそろやっていけるはずだ。その為の知識も教えてやったしな。イルも人間界に戻ってるかもしれないが…ま、観光ということにして魔界にでも行ってみよう。


「まあそう言わず、年寄りの願いじゃ。少しくらいゆっくりして行って欲しいのう」

「年寄り?リューナはどう見ても俺と同年代に見えるが……」

「ふふ、世辞は良いのじゃ。褒めても料理くらいしか出てこんぞ?」

「ほんとのことなんだが……確かにお腹も減ってるからありがたく頂くことにする」


 リューナはルンルンとご機嫌な様子で遠目に見える館へと歩いていく。腹が減っている辺り、ワープしてる間に時間が経ったことが分かる。まあ、そんなに経ってるわけでもないだろうし、ユウトも…あれやっぱり怒る?




 それにしても……遠くないか?あの館まで500mあるんじゃないか?これ全部庭なのか?もしかしてリューナって凄い金持ちか?


「おーい!置いてくぞ?シュン!」

「待て、すぐ行く」


 まあ少しくらい寄り道していっても良いだろう?


ーーーーーーーーーー


「ほら、これがワシの館じゃ。大きいもんじゃろう?」

「凄いな…これだけ大きいと使用人とかもいるんじゃないのか?」

「……使用人はおらんの。ワシだけじゃ」

「そうか」


 若干の間を空けて答えるリューナ。俺をウキウキとしながら歓迎する様子や、この寂しそうな表情からして、もしかしてリューナはなんらかの理由で人としばらく会ってないのかもしれない。

 まあだからといって俺が何かするわけでも、ずっと居座ってやるわけでもない。食事を食べて、状況整理や情報を貰った後にさっさとおさらばしよう。



 リューナの案内で食堂に通され、テーブルに座っているとすぐに料理が運ばれてくる。


「ほら、美味しそうじゃろ?年頃の男はこれくらい食べんとな!」

「……多過ぎるだろ」


 運ばれてきたのは、見た目2メートル四方の大きめのテーブルを埋め尽くすほどの大量の料理。魚や肉、野菜などその種類は様々で飽きることは無さそうだが…量が量だけに一人で食べられる自信がない。きっとリューナが半分以上食べてくれるはずだ。


「…………」

「…………」


 やっべぇ、めっちゃ期待した眼差しで見てくる。なんだコイツ、食べにくいにも程があるだろ。なんでそんな見つめてくるの?ほら、座りなよ。俺の横顔はそんなに竜族を惹き付ける魅力を持ち合わせてるのか?


「……食べないのか?」

「食べにくいんだよっ!」

「ふぉっ!?」


 どうしたのかと言わんばかりに覗き込んでくるリューナのボケに突っ込みを入れるが、多分これボケじゃなくて素だな。素でこれって…え、本当にこれを一人で俺が食べるのか?


「これ全部、俺のもんか?」

「ぬ?そんなわけないじゃろ、欲張りじゃなあシュンは」

「だよな、流石に俺一人にこんな────」

「これだけワシが食べるんじゃ」

「小皿一枚ッッ……!」


 ちまっと擬音がつきそうな程に小さな皿に取り分けられた肉を一口で食べて満足そうにするリューナを見て俺は両膝を付く。

くそう、なんか流れ的に分かってたけどくそう…俺一人でこれ食べなきゃダメか?いや、きっと許してくれるだろう、ちょっとくらい残した所で───


「ワシは料理を他人に振る舞うのは初めてでのう……も、もし不味かったり口に合わなかったりしたら残してくれても良いからなっ?」

「……ぎりぃ(歯軋り)」


 ダメだこれ、逃げられないやつだ。もはや拷問じゃないのか。そんな心配そうにオロオロと見詰めるな。だからさっきあんなに俺のことを見てたのか。


「分かった分かった。食べるからそんなに見詰めるな」

「む、食べにくかったか?」

「あぁ」

「分かったのじゃ!向こうに行ってるのじゃ!」


 ダダダッと走っていくリューナは部屋の扉を開けると出ていったかと思えば、扉から半分だけ顔を出して見てくる。怖い怖い、やめろその見方。


「……おい、もういいから。バレてるからな、そこから見てるの」

「なんとっ!?」

「なんとじゃねえよ」


 大袈裟に驚くリューナを適当に流しながら、やっと目の前の料理に手を付ける。

 とりあえずすぐそばにあった肉を一切れ手元のフォークで突き刺し、そのまま口に入れる。


 瞬間、口の中に広がる多幸感。癖のない肉なのだが、しかし、強すぎない野性味と絶妙な量の調味料により旨さのハーモニーが奏でられる。少し掛けられたソースは焼肉のたれに似ているが後味はスッキリしていて、飽きない。これは……


「旨い…な。悔しいが」

「旨いかっ!?そうか、良かったぁ……も、もっとタンと食べてくれ!ほら、こっちはどうじゃ!?」

「お、おい、そんなに急に……」

「これも自信あるんじゃ!こっちは試作品でもあるんじゃが自分でも驚くくらい美味しくての!!これもこれもこれも!」

「う、むぐっ……もぐもぐ……わ、分かったから……待て…」


 口の中に押し込まれるたくさんの料理、でも一つ一つが超旨い……故に何故か全部食べれてしまう。くそう、悔しいけど食べちゃう…ゴクンゴクン。


ーーーーーーーーーー


「流石は男の子じゃ!しっかり全部食べたの!!もしかして足りないか!?」

「いや……もういい……うっぷ」


 2メートル四方のテーブルに敷かれた料理のカーペットがようやく無くなった。はぁ、美味しいのは美味しかったが…もう勘弁してほしいものだ。


「良かったのじゃぁ、シュンの口に合って……」


 不安が取り除かれて安心したのか、ため息を吐くリューナ。あんなキラキラした目で見られたら食べざるを得ないだろう。


「なぁ、リューナ」

「なんじゃ?おかわりか?」

「頼むからやめてくれ……もしかしてなんだが────」




「リューナ、おまえコミュ障だろ?」

「こみゅしょう?」


 あぁ、分からないか。コミュ障、コミュニケーション障害の略称である。先程の極端な距離感、明らかに人との接し方に慣れていない気がした。


「リューナは、あまり人に会わないのか?」

「ぬ、なんでバレたんじゃ?」

「いやまあ、なんとなくなんだが」

「その通りじゃ、ワシはここで隠居しておるからな」


 隠居?ということは、前まで何かしていたのか?


「昔は、竜界をおさめておったんじゃがのう……側近が無茶をして、ワシが責任を取る形で降りたんじゃ」

「側近?降りた?何をしてたんだ?」

「ん?ワシ、昔は王女じゃったからの。王位継承じゃ」

「えっ、リューナが?」

「相変わらず不躾じゃのう、お主」


 眉を潜めるリューナ。こんな威厳もないヤツがこの国の女王をしていただと?まさか、冗談だろう?いや、それならこのでっかい館を持っているのも納得できるか。


「まあ、おさめたといっても、ほんの50年程度じゃがのう」

「冗談はやめろってリューナ。50歳以上なわけないだろ、そんな容姿で」

「ぬ?じゃから世辞は良いのじゃ、ワシはもう300歳を越えておるぞ?」

「んんー?」


 300歳……だと?もしかして竜族ってそういうもんなの?300歳なんて普通なのか?古風な喋り方もそのせいか?


「300歳って、人間で言うとどのくらいの年齢になるんだ?」

「む、考えたこともなかったのう…多分じゃが20歳くらいじゃないかの?ワシの種族の寿命は確か1500歳くらいじゃったし」

「スケールが違いすぎるな…」


 見た目が俺たちと変わらないのはそのお陰か。20歳ならまあギリギリ見えなくも……ないかな?もっと若く見られても良いぐらいだ。セーラー服着てたら高校生にすら見えるだろう。


「300歳とかなら、もう結婚相手とかはいるのか?」

「ワシ以外の者を見たか?残念ながら、行き遅れのババアじゃよ」

「人間換算したら20歳なんだろ。俺としても全然範囲内なんだが」


 年齢的に言えばそうだが、外見は普通の、どころか美しい女性だ。日本にいれば男どもがたかってくるだろう。俺的には、ずっと若いままなのだろうし、外見的にも対象には入る。胃袋掴まれたってのもあるしな。


「………もしかして口説いておるのか?」

「そんなわけあるか、あくまでも対象になるというだけの話だ」

「ワシ、告白されたの初めてじゃ……キャッ」

「話を聞きやがれ」


 何がキャッだよ。行き遅れとか自称してたくせにそんなこと言えるとか、もしかしてボケがはじまってんじゃねえのか?


「あ、風呂に入るかの?入るなら今から暖めてくるが」

「本当か?それは普通にありがたい」


 実は風呂は大好きなんだよな、俺。王国では兵士や同級生とかがたくさんいて、一人でゆっくり浸かれなかったがどうやらゆっくりできそうだ。

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