第15話佐伯悠里(出オチ

「い、いないのか!?じゃあ帰るぞ!?帰るからな!?」


 外から聞こえる怒号にも似た声は男子寮に居るからなのか、緊張のような感情を孕んでいる。


「ご主人様、私はどういたしましょう」

「あ?別に居てもかまわないぞ」

「そうですか」


 ペコリと頭を下げると、イルは静かにドアの前まで行き、ドアの向こう側にいる相手に話しかける。


「すいません、ご主人様は今私と『良いこと』をしているので、出直してもらえますか?」

「おいクソメイド」

「い、良いことっ!?ど、どういう意味だコラッ!」


 ふざけたことを抜かすメイドの頭を叩いてドアを開ける。そこには茶髪でポニーテールの160cmくらいの女子が立っていた。


「どちら様ですか?」

「は?……同じクラスだろうが!?アタシは佐伯!佐伯さえき悠里ゆり!昨日アンタに助けてもらったから、お、お礼に来た!」


 威勢良く自己紹介をしてくるポニーテールは、佐伯さん。そうか、あの子か。興味がなかったから佐伯さんの容姿を見てなくて気付かなかった。


 しかしまあ、助けたからって部屋まで押し掛けてお礼とは……ツルの恩返しか?貰えるものはなんでも貰うけど。


機織はたおはないから、羽毛を用いたお礼はいらないぞ?」

「なんの話してんだ?それより!その…あれだよ……なんというか……」

「閃きました。お礼に身体を差し上げる……ということですね」

「おいイル。そろそろその口をうぞ?」


 意味不明な事を言うイルに注意すると『お口チャック』の動作をして、静かに立ち口を閉じる。


「か、体はやらねぇからなっ!?」

「いらねえよ、真に受けてんじゃないよ」

「い、いらないのか……」


 何故か少し残念そうにする佐伯さん。とりあえずここはドアの前で、近くの部屋から気になって見に来てる男子がいるから、入ってくれ。


「好きなところに座ってくれ」

「う、うん……じゃない!お礼をするんだ!」

「何をしてくれるんだ?」

「ふ、ふふ。どうせ宮坂のことだから実技試験のペア、まだ決まってないんだろ!?」

「オマエはほんとにお礼をしに来たのか?」


 急に煽ってきやがったコイツ。


「だからこのアタシがペアになってやっても良い……て話だ!」

「イル、お客様がお帰りだ」

「かしこまりました。お客様、お出口はこちらになります」

「ふぇっ!?ちょ!待って!」


 上から目線に話しやがって。俺は高飛車な女子はあまり好きではない。さっさとお帰り願おう。

 

 パタンという音と共に佐伯さんの声が聞こえなくなる。そしてスタスタと戻ってくるイル。


「ご主人様、では続きを致しましょう」

「なんの?」

夜伽よとぎでございますが?」

「なんで当然だろうみたいな眼をしているんだオマエは」


 おもむろに服を脱ぎ出すイルを無視して布団を被る。そして、いそいそと布団に潜り込んでくるイル。


「オマエは貞操観念という大事な観念を持ち合わせていないのか?」

「どうせご主人様は手を出してこないのでしょう?」

「当たり前だろう。下手に手を出して声を上げられたらどうする。俺は一生を鉄の檻のなかで過ごすつもりはないぞ」

「私はメイドなのですから、ご主人様の性処理を行うのは当たり前なのですが?」

「は?」


 そういうものなのか?ていうか可愛い女の子が性処理とか言っちゃいけません。そういえば国王は全ての生徒に『異性の奉仕者』を与えると言ってたが、そういうことか?


「ですからほら、私の体に触れてみてください」

「ちょ!おい!?」


 イルが俺の手を取り自分の胸へと持っていく。手のひらに柔らかい感触が伝わる。まてまてまて……どうなってる?何がどうなってこうなった?


「ふふ、ご主人様。お可愛い顔をしていますよ」

「おい、何をするつもりだ」

「『良いこと』、ですよ」


 いつもの微笑みが、今はとてつもなく妖艶な笑顔に見え、眼が離せなくなる。


「暖かいでしょう?もっと触っていいんですよ?」

「マジでやめてくれ、我慢できなくなるから」

「しなくて良いんですよ…?」

「うおっ」


 イルが不意に立ち上がり、俺の上に股がる。


「私とは……嫌ですか?」

「……」


 嫌、ではない。いっそのことこのまま身を任せていたい。こんな機会はきっと、日本にいたとしたらあり得なかっただろう。だがホントにこれでいいのか?


「オマエは、なんで俺としたいんだ?」

「何故、ですか」


 イルの美しく艶かしい身体を月明かりが照らす。大きすぎず小さすぎない双丘そうきゅうや、下半身までがあらわになる。


「ご主人様は人に対して壁を作ります。それは『恐怖』があるからですよね。裏切られるとか、秘密がバラされるとか、そういうことではなく。きっと、『亡くす』ことへ対しての」

「…………なんで分かる」

「想像でございますから、気にしないでください。ただ、この世にあるものはどんなものでも『亡くなる』ものなのです。そこに遅い速いはありますが行き着く先は必ず、『亡くなる』になるのです」

「……」

「その恐怖を無くすためには、簡単には離れられないよう、深く繋がれば良いのです。簡単に『亡くならない』ように」


 その顔は、先程までの妖婉なモノではなく、それとは程遠い『慈愛』に満ちたモノだった。母が子を見守るように、神が人を見ているように、愛する者を見るように……


「分かった、イル。言いたいことは伝わった」

「ほんとですか?なら私と夜伽の続きを……」

「しない。今のお前とはしない」

「えぇっ!?今さっきまで凄い良いこと言ってたじゃないですか私!?なのになんでダメなんです!?確実にそういう流れだったじゃないですか!!」


 面食らった表情で叫ぶイル。ふん、オマエなんかで俺のチェリーを散らせてたまるか。そんな優しさやメイドとしての義務感とかでヤられても嬉しくない。


「もしお前が、俺のことを好きになったらをしよう」

「好き……ですか?」

「あぁ、俺の童貞はそんな安いもんじゃないからな。もっとロマンチックなタイミングで俺を押し倒してくれ」

「今はヤらないんですか?」

「あぁ」

「最後のチャンスかも知れませんよ?」

「あぁ」

「私が他の男に取られるかもしれませんよ?」

「あぁ」

「…………強情ですね」

「当たり前だ」


 すると、ふふっと笑い出すイル。


「もう、私が折角処女を捧げようと致しましたのに、ダメですよご主人様。据え膳食わぬは男の恥と言いますでしょうに」

「悪いな、見た目から毒々しいものを食べる習慣は無いんだ」

「それすっごく失礼ですよ、ふふ」

「そうかもな……ははっ…………えっお前処女だったの!?」

「遅くないですかその反応!?」


 えぇめっちゃ意外…正直魔族だし、ヤりまクリスティーンかと思ってた。


「じゃあオマエは、処女を俺なんかに捧げようとしてくれたのか?勇気付けるためだけに?」

「はい。あとご主人様、俺って言っちゃダメですよ」

「ユウトみたいなことを言いやがって…人の勝手だろ?」

「いえ、ユウトさんも私も、ご主人様と関係があるのですから、勝手にされては困ります」

「関係を持つってのはそういうのがあるからめんどくさい。だから俺は友達を作らないんだ」

「でもの嫌いじゃない……ですよね?」

「……飛んでもないメイドだな、ご主人様の心に土足で踏み込むなんて」

「ふふ、斬新ですか?」

「俺くらいしか雇ってやれないだろうな」

「っ!?……ふ、ふーん!そうですか!それは良かったですね!」

「え、何が?」

「いえなにも!では私、ちょっと用事があるんで出ていきますね!」

「あ、うん」


 ドタバタと布団から飛び出ていくイル。全く、今日はマジで驚いた。俺を思ってくれてのことなのは良いが、その為に処女……をくれそうになるなんてな。しょうがないからこれからも世話してやるか。


 それにしても……アイツがこの部屋を出ていくところ、初めて見たな?今までは掃除をしてるとかなんとか言ってたりして部屋にずっと居たが……


「ちょっと様子見てみるか、普段のアイツがどんなものなのか気になるし」


 こっそりと歩き、部屋から出ると廊下を曲がるところが見えた。よし、行ってみるか。


 近すぎず遠すぎない距離をキープしながら追跡していくと、イルは王国の庭園まで振り向くことなくスイスイと歩いていった。


(不思議な感覚だな、なんか悪いことやってるような……いや、やってるのか。これストーキングってやつか。)


 自分のやってることに今更気付き、自分で引く。


(うわぁ、俺なにやってんだろ、帰ろ)


 追うのをやめ、振り替えろうとしたその瞬間。イルが庭園にある木の下で何かした後に。そのままその歪な空間に入っていくイル。


「は?おい待てイル!」


 が、声が聞こえたのか聞こえてないのか、その空間に触れた瞬間にイルが消える。


「ちっ……行くしかねえか」

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