第9話YDS

「……朝か」


 目を開けると、窓から入ってくるわずらわしい陽光が目を焼く。異世界だからといって朝のこの倦怠感は変わらないらしい。

 ごろりと寝返りを打つと、目の前でが転がっている。


「お早うございます、ご主人様」

「…………おい」


 これが世に言う朝チュンというやつか。へぇ、朝チュンって実際になってみると通報したくなるんだな。


「ほら、退けろ」

「やん」

「殴るぞ?グーで」

「女の子を殴ったらいけないんですよ、ご主人様!」

「すまんな、俺は男女平等主義者なんだ」


 どこぞの不幸体質者と同じだ。俺は男も女も総じて殴る。これが真の平等というやつだ。


「というか、なんで俺のベッドにいる。帰れと言ったろ」

「帰る場所がないと申し上げました。寒い部屋の中では人肌恋しく…申し訳ないと思いながらもご主人様と夜を共に……ヨヨヨ」

「やめろと言ってるだろ、それ」


 わざとらしい。結局いったい何が目的なんだ?あと申し訳ないと思うんなら入ってくるな。


「寝る場所、ないのか?」

「はい、ございません」

「そうか、なら今日からこのベッドを貸してやる。だから二度と俺の寝る邪魔をするな」

「そんな!それではご主人様の寝る場所が……」

「良いから。俺はその辺の椅子で寝る。机があれば上等だ」


 普段学校で寝ているのと変わりはない。むしろカーペットが敷いてあるから床に寝ても良い。


「ご主人様…やっぱり私が椅子で寝ます!!」

「そうか、なら良かった。俺はベッドでゆっくりさせてもらうぞ」

「あれぇー?」


 どこで間違えたのかと首をかしげるイル。ま、ベッドくらい貸してやるさ。俺はどこでも寝れるからな。


「ご主人様は、優しいのですね」

「別に優しいんじゃない。オマエのせいで時間が取られるのが嫌なんだ」

「ご主人様、ツンデレって言われません?」


 言われねーよ。称号にあった気がしなくもないけど言われたことねーよ。というかそんなことを言ってくれる奴さえいねーよ。


 と、イルと話しているとノックの音が聞こえる。


「宮坂殿、打ち合いの時間です。出てきてください」

「あぁはいはい」


 またこの時間だ。嫌だなぁ、朝から働かないといけないってのは。出来ることならずっと寝てたい。


「イルはどうしてるんだ?」

「お部屋の掃除をしております」

「そうか」

「あ!ベッドの下は掃除致しませんので!大丈夫ですから!」

「大丈夫じゃねーよ。お前の頭が大丈夫じゃねーんだよ。変な気を使うな。何もないから」

「まさか……インp」

「殺すぞ?」


 コイツ今何を言おうとした?まさかイ○ポテンツの略称を言おうとしたのか?殺すぞ。


「宮坂殿ー!早く出てきて下されー!」

「分かったから待てって」


 相変わらずせっかちな兵士さんだ。知ってるか?せっかちは剥げるんだぞ?毛根もせっかちになっちまうんだとよ。





 特訓場に着くといつもよりも数が少ない。どうやら来ていない奴が何人か居るみたいだ。


「あ、シュン。おはよう」

「なんだユウトか」

「なんだとはご挨拶だな。はは」


 ほらまた、そんな取れ立てのフルーツみたいな新鮮な笑顔を向けるからさぁ。


「はぁ…ユウトくんマジイケメン……」

「光ヶ丘くんの顔見てるとなんか幸せになれるよねー」

「私たち『ユウトくん  大好き  親衛隊  』として彼の黄金のような笑顔を守らなきゃ!」

「YDSっ!!YDSっ!!!」


 ほら、なんかファンクラブみたいなのが出来ちゃってるよ。なんなのオマエ?朝から俺を煽りにきてんの?叩くよ?パーで。


「今日はなんだか人が少ないよな、シュン。何かあったのかな?」

「さぁ、俺に聞かれても困る」


 確かに、人が少ない。特に……女子が少ないな。男子はほとんど居るが、女子がいない。多分、6~7人くらいか?分かるやつなら…結城さんもいねえな。


「おーい!宮坂!ユウトー!」


 と考えていると遠くから松岡一樹が走ってくる。暑苦しい。こっちに来んな。


「おぉ、一樹じゃないか。おはよう」

「おう!おはよう!……じゃない!女子が泣き出して今ヤバイんだって!こっち来てくれ!!」

「あ、おい待て!シュン!行くぞ!」

「えぇ……俺もいくのか?」

「当たり前だろ!ほら早く!」


 行きたくもないのに腕を引っ張られて強制的に連れてかれる。良いじゃん、女子なんか居なくても。さっきの『YDSユウト君大好き親衛隊』の方たちが居るんだから別に良くない?




「ここだ!」


 松岡の案内で、女子の部屋が並ぶ通路に着いた。

 そこには困ったように立ち尽くしている兵士と、6人くらいの女子たちが何やら言い争ってる姿があった。


「どうせあんたがやったんでしょ!」

「友子泣いちゃったじゃない!」

「いい加減に白状しな!」


 おーおー、うるせえうるせえ。女集まればかしましいっつってな。ていうか友子この前もユウトの能力で泣いてなかったか?どうした友子。


「うるせぇ!アタシはなにもやってない!」

「嘘よ!いつもヤンキーみたいにしてて、こんなのあんた以外に誰がやんのよ!?」

「そうよそうよ!!」


 ふむ、状況を見るに1:多数での言い合いになっている。何が原因かは分からないが、どうやら一人称が『アタシ』のやつが何かしたみたいだ。


「ねぇみんな!喧嘩なんてやめようよ!それに佐伯さえきさんがやった証拠はあるの?何もないのに責めるのはダメだよ!」


 と、見物客だった一人がフォローに入る。結城さんだ。


「でも、コイツ以外の誰がやるの?髪も金色に染めてさ!」

「もしかして光ヶ丘くんを意識してるとかぁ?」

「何それありえないー!」

「ちょ、ちょっと!みんな!」


 ま、それだけじゃあダメだよな。事情を知らないとこの場を納めることは出来ないだろう。と、いうことで。


「行ってこい爽やか製造機」

「え!?お、おいシュン!」


 ユウトの背中を押して中心に押し出す。結果、周りの視線はユウトに釘付けである。事情とか関係なくそのイケメンぶりでどうとでもなる『チーター野郎』の投入だ。


「あ、えーっと……とりあえず、何かあったか聞いていい?」


 はいここで爽やかスマイル。良いよ、その調子で俺の怒りカウンターを貯めろ。100ポイントまで貯まれば変身できるから。二回くらい。


 で、結果、まあこんなことが分かった。


・朝になると下着が消えていた


・女子の部屋の通路には監視がいるから男子は入ってこれない。


・金髪で素行も悪い佐伯という奴の悪戯じゃないか


 と言ったところらしい。要は、証拠も何もない完全な憶測でこの佐伯って名前のやつを責めてるわけだ。


「だから、アタシはやってないって言ってんだろ!?」

「まあまあ、みんな。ここは俺の顔に免じて怒りを収めてくれないか?佐伯さんがやった証拠も無いわけだし、ちょっと時間を置いて話してみよう?」

「まあユウトくんがそう言うなら…」


 何が『俺の顔に免じて』だ。お前の顔はフリーパスなのか?ネズミのいる夢の国に入りたい放題か?それでなんで周りの女子はそれで納得してんだよ。シねユウト。


「ふんっ!アタシは特訓なんていかねぇ!」

「うーん、そうだね。色々あったみたいだし、佐伯さんは休むと良いかもね。後で話を聞きに行くよ。良いですよね?兵士さん」

「え、えぇ…この方以外が来てくださるのでしたら」

「だ、そうだ。みんな、とりあえず特訓場に行かないか?」

「「「「「はーい」」」」」


 なんとか上手く誤魔化せたみたいだが……確実に遺恨が残ったな。どうやって取り除く?それともこのまま放っとくか?


「ねぇ、シュンくん」

「ん……?なんだ、結城さんか」

「えへへ、結城さんですよー」


 不意に話しかけられ、反応すると何がおかしいのかニコニコと笑顔を向けてくる。


「それにしても流石ユウトくんだよね、あの場を一瞬で落ち着かせるなんて……私じゃ出来なかったよ」

「そうだな、ユウトは凄いやつだ」


 昔から、クラスや周りで何かあると毎回でしゃばり、その場を収めてきている。あれはもはやアイツの性分だ。良く言う『巻き込まれ体質』ではなく、『巻き込まれにいく体質』である。難儀な奴だよ。


「そう…だよね」


 結城さんが少し顔を俯かせる。ふむ…


「でもまあ、アイツも凄いけどさ。あの場を収めようとしたのは結城さんもだろ?他の見物客は俺を含めて誰も間に入ろうとはしなかった。結城さんだけが自ら進んで止めようとしたんだ。それは、とても凄いと俺は思う」


 俺はそういう『面倒くさいこと』には無干渉だ。何故ならその被害を貰うのには飽き飽きだからな。ユウトが巻き込まれるときには俺も道連れにされる。そうやって昔から『面倒くさいこと』を潜り抜けてきたもんだ。


「うん……ありがとう、シュンくん」

「なにがだ。俺は思ったことをそのまま言っただけで、お礼を言われることはしていない」

「ふふ、それって『ツンデレ』って言うんだよ」




 イル、ツンデレって言われたことも言われることもないと言ったけど訂正する。言われること、あるみたいだわ。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る