第8話 メイドさん

結局ユウトは俺と話すことを口実に女子たちから逃げ、俺の部屋でゆっくりとしていた。午後にもう一度特訓があり、今日の打ち合いは終了。その時も松岡が相手になってくれた。彼女とやれば良いのに、俺とやると言って聞かない。あ、ヤるじゃないからな。彼女とヤったりしたら殺す。


 その後はすぐに暗くなり、食事も終え、部屋に戻る。


「お帰りなさいませ、ご主人様」

「は?」


 疲れた体を引きずり部屋の扉を開けると、中にメイド服を着たきれいな女の人が立っていた。すこし大きめのメイド帽を被っている。間からカールの掛かった藍色の髪が覗いている。

 そんな女性が俺を『ご主人様』と慕い、長いスカートの裾を持ち上げ、軽く頭を下げる。


「……どこの美人局つつもたせだ」

「まぁ、私はあなた様のメイドでございます。そのような言い草…ワタクシ泣きそうです……ヨヨヨ」

「…………なんだコイツ」


 演技感バリバリに泣き伏せる自称メイド。そういえば松岡がなんか言ってたな。ホントは昨日から居たみたいだが、何かあったのか?


「申し訳ありません、昨日はやむにやまれぬ用事があり……ヨヨヨ」

「そのヨヨヨって言うのやめろ」


 やむにやまれぬ事情?深く詮索するつもりはないが、少し見てみるか。なにか情報があるかもしれない。


ーーーーーーーーーー


ルル=イルタ ???歳


体力 B 魔力 +A 攻撃力 A 忍耐力 A


精神力 B 俊敏 A 総合戦闘力 +A


称号 上級魔族 魔王幹部 崇拝者 魔術を支配した者 メイドさん


上級魔族:魔族の中でもトップクラスの能力と地位を確保した者に送られる称号。全ステータスUP中


魔王幹部:魔族の王の使いであり、最も信頼されている者に送られる称号。魔王の能力の一部を貸し出せる。


崇拝者:あるモノに対して異常な程に執着及び信仰している者に送られる称号。ヤベーやつ。


魔術を支配した者:五属性の魔法を十分に扱える者に送られる称号。魔力UP中


メイドさん:メイドさん。魅力up小


ーーーーーーーーーー



 魔族……だと?この世界にはモンスターが居ると言ってたが、魔族もいるのか?それに、魔王の幹部……?崇拝者……?ステータスもユウトよりずっと高い………コイツ、何者だ?それになんでコイツがメイドをしている?


「どうかいたしましたか?」

「い、いや。なんでもない」


 見た目は普通の人間だ。見たところ尻尾が生えてるわけでも、コウモリのような羽が生えてるわけでもない。あとは角だが……


「なぁ、その帽子……」

「あ、名前を申し上げ忘れましたね。私のことはどうか、『イル』とお呼びください」

「……イルか、分かった」


 ルル=イルタ。だからイルか?なんで本名を隠す?それに、俺が振ろうとした話題をコイツ、意図的に逸らしやがった。


「ではご主人様、何か致しましょうか?」

「そうだな…」


 今のところ、危険性はない……?というか、襲ってくる気配はないな。ほんとうに目的が分からない。もしかして俺たちを殺しに?それとも様子見か?魔王を討伐するために俺たちは召喚されたらしいからな、どうあれ警戒するに越したことはない。


「とりあえず今はない。強いて言うならそうだな、常に俺の視界に入るところに居てくれ」

「…?分かりました」


 ここでカマを掛けてみるのもいいな。やってみるか。


「ちなみに、イルは魔王とかって怖いと思うか?」

「怖い……ですか?」

「あぁ、殺されそうだとか、捕まったら犯されるとかな」

「おか……ご主人様、デリカシーに欠けますよ」

「デリカシーなら母親の腹に置いてきた」

「そういうところです。デリカシーが無いというのは……」


 おっと、話が逸れたな。これも魔王幹部の巧妙なテクニックか。いつの間に。


「魔王っていうのは知ってるよな?」

「えぇ、まあ。有名ですから」

「そうか、どんな風に有名なんだ?」

「どんな風に?……背丈が何百メートルあるとか、一人で国を滅ぼしたとか、人を食べて悲鳴を聞いて楽しむ、とかですかね」

「ほぉ、また色んな噂があるんだな」


 そうですね、と返すイルの顔はなぜか、どこか悲しげでそれ以上聞くことは叶わなかった。


 するとドンドンとドアがノックされ、爽○美茶そう○○びちゃのように爽やかな声が転がり込んでくる。


「シュン?いるか?俺だ」

「誰だよ、オレオレ詐欺ならあと50年待ってくれ」


 しゃべり方と声からしてユウトだろう。


「入るぞ……て、あ、先客が居たのか」

「メイドだそうだ。いつの間にか部屋に居た」

「あれ、昨日居たか?」

「今日からの出勤らしいぞ」


 ペコリと頭を下げるイル。ユウトは納得したように笑みを浮かべる。


「そうですか、何かあったんでしょうね。シュンのこと、よろしくお願いします」

「オカンか」

「はい、お願いされました」

「お前もお願いされてんじゃねえよ」


 クスクスと笑うイルの見た目からは、魔族なんて言葉は程遠く、天使と言われた方がまだ分かるレベルだった。


「で、用はなんだユウト。用がないなら帰れ」

「そう言うなよ、あ、ここ座って良いか?」


 イルは空気を読んだのか、頭を下げたあとに部屋から出ていく。ユウトは俺のとなりに座り込む。


「実はさ、俺今悩んでるんだ…」

「よっしゃざまぁみろ。はい、帰ってくれ」

「早い早い、話を聞いてくれ」

「なんだよ、二行でまとめろ」

「え?えぇと、『能力が強力すぎて上手く使える気がしない、今朝みたいに人に迷惑を掛けそうで怖い』て感じだ」

「自慢か、シね」


 そんな用ならその辺の女子にでも話しとけ。『きゃー』とか言って喜ぶだろうよ。……シね。


「真面目な話なんだ!どうすれば良いと思う……?」

「なんで俺に相談すんだよ…他にもっと頼りになるやつがいるだろ」

「そんなのいないさ、俺にはシュンだけしかいない」

「え、やだ、キモい」


 言葉と共にこっちに近付くな。危機を感じるだろ、やめてくれ。あとこのセリフ前にも言ったからな。


「……その能力で実際に傷付いた奴がいたか?文句を言ってくるやつがいたか?」

「いや、それは無かったけど…」

「じゃあ良んじゃねえの?どうせお前の力はその内必要になってくるんだ、今練習しとかなきゃいざというときにお前のせいで誰かが死ぬかもしれないぞ」

「でも、練習するときに人に迷惑を──」

「そういうのは掛けた時に考えろ。やる前にあーだこーだ考えるより働け。その方が『効率的』だ」


 やる前から『ああなったらどうしよう』なんてのは考えるだけ無駄だ。心理的に不安になるのは分かるが、それはあくまでも『予想』であり、確定された『未来』じゃない。やってみてダメならその時に謝るしかない。


「そう…か、そうだよな。よし!俺頑張ってみるよ!ありがとなシュン!」

「どうせお前ならなんとでもなるだろ、才能の塊なんだから。シね」

「はは、シュンは昔から褒めるのが苦手だよな。もっと素直になればいいのに」

「うるせ、用が終わったんならさっさと帰れ」

「分かったよ、また明日な」


 はいはい、良いから帰れ。しっしっ。


「お話は終わりましたか?」

「あぁ、イル。お前も帰っていいぞ」

「はい?」

「あ?いや、だから、もう今日の仕事は終わりだ。帰っていい」


 入ってきたイルにそう言うと、疑問符が可視化できるくらいに見事に首をかしげる。


「ご主人様、メイドは主人が寝るまでお側に使えなければなりません」

「そういうのいいから」

「いえ、これは決定事項でございます」

「めんどくさ」


 決定事項だと?……寝るところを見られるとか嫌なんだが。


「ご主人様は私のように可愛い女の子と一緒に居るのが嫌なんですか?」

「おい自分で言うな。かわいい女の子って自分で宣言するな」

「失礼しました、お詫びに脱ぎます」

「おーいここに痴女がいるぞ」


 なんだこのメイド。常識がないのか?確かに容姿は可愛い。さすが異世界と言わざるを得ない。結城さんと張るレベルといっていい。だが、性格が残念すぎる。もっとおしとやかであれば良いものを。


「あ、ご主人様、今私を『可哀想な者』を見る目で見ましたね?」

「いや、可哀想というか、ただ変な奴だなって」

「意外とドライですねご主人様…もしかして女の子に興味がない……?はっ、さっきのご友人の方との距離は確かに近かったですね!ご主人様…そちらの趣味が……」

「一人で何いってんだオマエ」


 こいつホントに魔族か?上級魔族なのか?もしかして目の不調なんじゃないのか?


「はぁ、もういいから、俺は寝る」

「そうですか、では……」


 布団で横になり、光源だったランプの灯りを落とす。同時に静寂が訪れ、視界が暗く染まる。


 しかし見ようと思ったら、この暗闇も関係ないんだな。流石は魔神の義眼とやらだ。光がなくとも、視界は良好。隣に入ってくるイルの姿だってなんなく───


「おい」

「あ、ご主人様。昔話と子守唄、どっちがいいですか?」

「帰れ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る