『安桜蒼は救われない。』

「会長のご両親に会わせて下さい」


「は?」


「ダメですか?」


「ダメ。何のためにこっそり入ったと思ってるのよ」


「あおいー!! 帰ってるの?」


 一階から蒼の母の声が聞こえてきた。


「もう遅いみたいですね」


「はあ......。少し待っていてもらえるかしら」


 そう言って蒼は部屋を後にした。

 しばらくして、蒼が部屋に戻ってきた。


「着いてきて」


 広々としたリビングに蒼の母の姿があった。


「あなたは?」


「僕は......僕って会長の何なんですかねぇ?」


「お母様、彼は私の友人です」


「会わせたい人って彼なの?」


「どうしても会いたいと彼が言うので」


「そう......。お父さんも直に帰ってくると思うわ。これから夕食なのだけれど、あなたも一緒に如何かしら?」


「是非ご一緒させていただきます」


 蒼の表情は嫌悪を隠せないでいた。


「何かお手伝いできることはありませんか?」


「じゃあ、野菜の皮を剥いて貰えるかしら?」


 春人は指示されると、手際よく野菜の皮を剥き始めた。


「あら、御料理できるの?」


「ええ、一応」


「料理の出来る男の子はモテるわよ」


「ホントですか?」


 春人はあっさりと馴染んでいた。

 夕食の準備を終え、すぐに蒼の父が帰ってきた。

 父は靴が多いことにすぐ気がついた。


「誰か客人が来ているのか?」


「ええ、蒼の御学友の方が」


「初めまして。僕は蒼さんの友人で、物部春人と言います」


「夕食の準備も手伝ってくれたのよ」


「そうか。なら直ぐ食事にしよう」


 食事中は特に会話もなく静かだった。

 まるで空気中に氷が張り詰めているような、そんなことを思わされる。


「それで蒼、彼は何故ここにいるのかね? 勉強はどうした」


 食事を終えると蒼の父が厳格な口調で話を始めた。


「勉強はしています......。前回の模試もA判定だったので、この調子なら志望校には余裕で受かります」


「そうやって油断をして失敗しないと言い切れるのか!」


「すみません。蒼さんには、僕が勉強を見て欲しいと無理を言ったんです」


「勉強など一人でやるものだろう。他人の時間を奪ってするものじゃない」


 先程からキッチンで片付けをしている蒼の母にも、会話は聞こえているだろう。

 だが、口を出してくる様子もない。

 そして、安桜蒼は固まっている。言われるがまま、自分の意見など通らないことを端から分かっていたように。

 これが安桜蒼の二重人格の原因。この家庭環境が、今の安桜蒼を作り上げたのだろう。

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