『物部春人は知っている。』

「それで、二重人格になってしまったと?」


「ええ。こんな話、信じられないと思うけれど......」


「いいや、納得しましたよ」


 彼女に感じていた違和感の原因はこれだったのだ。


「すんなりと受け入れるのね」


「まずは病院に行きましょう」


「え?」


「解離性同一性障害。会長が思っているのは、恐らくこれです」


 その後病院へ行ったが、特に異常はないと医師に告げられた。


「まさか、私が嘘をついてるなんて思ってないでしょうね」


「思ってませんよ。だって、会長が僕に嘘をつく理由なんてないでしょ?」


「そう......ね」


 安桜蒼は解離性同一性障害ではない。かと言って、多重人格でない訳ではない。

 これは......"思春期症候群"だ。

 

「では、まず会長の家へ行きましょう」


「はぁ!?」


「助けてって言ったじゃないですか」


「確かに言ったのだけれど......」


「家を見られるのは嫌ですか?」


「いえ......」


 そして、二人は安桜邸へやって来た。


「やっぱり会長ってお金持ちだったんですね」


「こっそりと入って私の部屋へ行きましょう」


「分かりました」


 言われるがまま、春人は蒼の部屋へ入っていった。

 部屋の中はあまり物が置かれておらず、凄くシンプルだった。ただ、その部屋の広さと相まって、少し物寂しく感じた。


「ところで、いつになったら会長に戻るんですか?」


「分からないわ。気が付いたらいつも元に戻っているのよ」


「今は普段の会長じゃないんですよね?」


「そうなるわね」


「そっちでご両親とお話になられたことあります?」


「ええ、よく話しているわよ。それがどうかしたの?」


「いえ、ただ一つ聞きたいことがあったんです」


「何?」


「怖い人ですか?」


「............」


「怖いって言ったら人聞き悪いですね。厳しい人ですか?」


「そう......かもしれないわね」


 彼女がこれ以上踏み込まないで欲しいと思っていることを悟った。

 だが僕は踏み込まざるを得なかった。なぜなら、その彼女に助けてと言われたからだ。


 彼女が本当に助けて欲しいのは二重人格になってしまったことではない。そうなってしまった原因である、彼女の悩みだ。

 とは言っても、赤の他人が人様の家族関係にどうこう口出しも出来ない。

 ならば、僕はどうやって彼女を、会長を救うことが出来ようか。

 僕はその答えを知っている。単純で、簡単な答えを。

 これは彼女自身の問題であり、彼女以外が解決していいものでも、出来るものでもない。

 彼女自身が向き合わねばならないのだ。

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