06.脱法特訓、蝕む狂気の行方。

 訓練開始から15日目。セレニアと黒騎士の稽古は終わらない。


 その場に立ち、ただ腕と剣だけを動かしてセレニアの剣を受け流す黒騎士。



 

 見えない。




 二人の剣閃が、全くもって視認できないのである。


 今回は訓練場にエルファバとスズハが来ている。観戦と同時に、仕上がりを見てもらうためだ。


「黒騎士さん張り切りすぎじゃないですかぁ……?」


『あるちゃんに勝つためにはこんなものでは足りませんよ!』


「最近の学園は進んでますねぇ……」


 剣を受け流す片手間で紙に文字を書き連ね、端の方で見守るスズハに飛ばした。セレニアはそれが悔しくて仕方がなくて、さらに剣撃のスピードを上げる。


「ちいぃッ───!」


 訓練を始めて二週間と一日。それだけの期間十傑狩人に毒され続けたセレニアは、とても齢十三の少女のものとは思えない表情を浮かべていた。全ては幼馴染に勝つため。全ては仲直りするため。全ては大好きなあの子のため。


 


 そのためにまずは……剣を当てなければならないのだ。




 待っててね、アルちゃん。すぐに追いついてみせるから。



 好き、という言葉では生温い。彼女の内に秘めるそれは「執着」の類であった。


「せぇやッ!」


 0.1秒に満たない溜め。これは今の彼女にとって「渾身の一撃のための予備動作」である。しかし───



 


 カキンッ。





 渇いた鉄の音が響き、彼女の剣は明後日の方向に跳ね飛んだ。


『感情に身を任せる攻撃は一番反撃されやすいものです。あなたの友達、あるちゃんもこれくらいの事はとっくの昔に学習しているはずですよ?』


「うぐ、ぐ……」


 彼女の心にまた悔しさが刻まれていく。苦悶の表情で黒騎士の言葉を噛み締める。

 


「スズハ、さん」


「はーい」


「わ、私も、頑張れば……あれくらい、なれますか?」


「そうですねぇ……んー……」



 セレニアは、どこかおかしい。それがスズハの心情だった。


 幼馴染に対する執着心を原動力として、この短期間であそこまで実力を成長させたのだ。黒騎士の教えが良いとも取れるが、彼女はあくまでも人間のはず。ただの人間が、あのような殺陣を見舞えるだろうか……と。


 単純な黒ではなく、所々青や紫、緑などの光沢を輝かせているセレニアの髪。そして時折刺すように冷たくなる赤い瞳。


 もしかしたら彼女は、私と同じ───



「種族に寄りますけど、多分……無理でしょうね」


「そう、ですか……」


「気にしなくていいんですよ、おかしいのは黒騎士さんとそれに付いていけてる彼女ですから」


「……」



◇    ◇    ◇



 次の日から、突如魔術の訓練が始まった。セレニアは「まだ当ててない」と抗議したが、黒騎士が書くには『幼馴染と戦う時は魔術を使うのだから、剣と魔術を有効的に活用して達成するのが理想的』だそうだ。


 しかし、魔術を教えるのはエルファバであった。

 

 およそ2歳差の二人はすぐに打ち解け、先輩と後輩のような関係になった。


 そして彼女らは今、訓練場に居る。


「それじゃあ、魔術の授業始めよっか」


「はい! エル先生!」


「もー、先生って……ふふ」


 紫の髪の事もセレニアは知っている。銀からグラデーションの如く紫に染まっていく彼女の髪はセレニアの興味を引いた。彼女もまた、差別や排外意識を持たない者の一人、異端者なのである。……過去に同じような経験があったから、と彼女は語ったが。


「まず、使える魔術を教えてくれる?」


「えっとー……学園で習ったものはほとんどですけど、『加速』だけは使えないです」


「学園で習ったもの……んー……分かった。じゃあ、今まで習得した魔術を根本的に見直していこっか」


「分かりました!」



 『槍』という撃術がある。これは太古から存在する基本の魔術で、これを使えない者はおよそ人間ではないと言われる程だ。


 これの派生として『剣』、『弾』、『槌』が存在する。撃術とは、これら四つの基本魔術に『術加量』、『徒花』といった慈術を組み合わせる事で真価を発揮するもの。無論例外も存在する。


「まず、『槍』」


「はい。………………」


 目を閉じる。集中して、術式を描く。エルファバのそれと同じ指輪が赤く光り、ゆっくりと、ゆっくりと、炎が槍の形を成していく。


「止め!」


「えっ!?」

 

 だが、彼女の詠唱は絶たれた。それは何故か、




「遅すぎ!」



 

 この一言に尽きるからだ。


「……と、言いますと」


「『槍』はどんなに遅くても一秒以上かけちゃダメだよ、一秒の間に黒騎士さんが出来る事、想像してみて」


「───あ」


 0.1秒未満の溜めを見切って剣を弾き飛ばしてくる人外が、一秒を待ってくれるだろうか……いや、待たない、絶対に。


「あなたの幼馴染も同じなはずだよ……?」


「…………」


 苦虫を噛み潰したような顔で俯くセレニア。




 

 まだ、足りない。




 まだ、届かない。

 



 このままじゃ、勝てない。




 こんなんじゃ話にもならない。




 もっと頑張らなきゃ、もっと頑張って、もっと、もっと、もっと、もっと。


 

 

 アルちゃん、私もっと頑張るから。すぐ迎えに行くからね、待っててね。


 

 


 

「……はい、先生」


「先生はやめてってば……」


「どうすればいいですか」


「……私なりのやり方教える。誰にも言っちゃダメだからね」


「はいっ」


 残り14日、魔術に類稀な才能を見せるエルファバとの訓練が始まった。

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