05.物理少女、魔法少女。
次の日から学園の長期休暇が始まって、一緒に訓練も始まった。
アマネさんに言われた条件は、以下の3つ。
一つ、幼馴染との勝負までは魔術を使ってはだめ。つまり、アルちゃんの元に行くまでの勝負は純粋な剣術で勝たなきゃいけない。
二つ、訓練で身に付けた力を悪事のために使った時、判明次第キミを殺しに行く……オドシなんかじゃなくて、本心から言ってた。この事は私も重々承知してる。
三つ、勝て。……当然、勝つ。十傑狩人の人に特訓されるんだ、勝って当然、勝たなきゃ「ダメ」なんだから。
そんなワケで、私達は今アマネさんの料理屋の地下にある巨大な訓練場に居る。……アマネさんに「十傑狩人専用の秘密の場所だよ、誰にも教えないでね?」って念を押された。ここ料理屋だよね?
『訓練をする上で最も重要な事は、目標を作ることです』
黒騎士さんは喋らないのか、喋れないのか……紙と羽ペンで会話をする人だった。多分後者だと思うけど。
『ということで、あなたの目標とは別に訓練で達成するべき目標を作ります』
「はいっ」
『私の鎧に剣を当てられるようになったら、剣の訓練は終了です』
「……はい?」
『では、まずあなたの剣の技術を調べてましょう』
「あ、あ、あっ、は、はいっ!」
私の剣は……十傑狩人の体を傷付けることすらできないものなのかな。ううん、そんなはずない。少しでもアルちゃんに近づくために頑張ってきた。まだ程遠いけど、それでも地道な一歩と信じて頑張ってきた。
なら、この「試験」は、「私の努力がどれくらい有意義なものだったか」の「試験」だ。
いつもの木刀ではない、鉄の片手剣。黒騎士さんも同じものを構えている。
『準備が出来たら始めてください』
「はい。じゃ、じゃあ……行きます!」
剣と剣の戦いは、常に読み合いの元にある。息つく暇のない剣撃の間の予測力、そしてその予測通りに相手を動かす事、同時に自分の剣も理想的に動かす事。全てが完璧に出来れば絶対に負けない。
突撃。剣で突くと見せかけ──
黒騎士さんの横をすり抜けて背後に回り込んで鎧に一閃!
って……あれ?
私の剣、ど、どこ……?
「え、えっと」
『剣を弾かれるようでは、勝負以前の問題ですよ』
ぺらり、私の眼前に黒騎士さんの手と羊皮紙が出てきた。
「いつの間に……?」
『突撃は見えない速度でやるか、死角から攻撃する以外工夫はありません。なぜなら相手から自分の得意な距離に突っ込んでくれる技だからです』
「見えない速度って……」
あぁ、そうだ。十傑狩人はこういう人達の集まりなんだった。
◇ ◇ ◇
それから、彼女、セレニア・エリーカは日夜訓練場に篭もり続けた。転んでも、汚れても、傷ついても、必死に黒騎士に食らい付こうとして、その度に微動だにしないまま受け流されて、指示を受けた。「相手と自分の距離を詰める」という技一つだけで実に丸三日かけた黒騎士の情熱、伺えるだろうか。
闘魔大会のルールとして、このようなものがある。
・勝負する両生徒には慈術「結界」を掛け、これが先に破壊された方の負けとする。
本番では木刀ではなく鉄の剣。生徒が授かる「結界」は、15歳の生徒が遠心力を付けて本気で剣を10回当てると破壊される程度の防御力である。「結界」がその程度という意味ではなく、対戦時間や生徒の身を考慮してこの程度に効果が弱められているのだ。
無論、本番は魔術を利用した搦め手も可能である。技術と知恵と応用、三つ全ての能力を向上できるこの一大行事は中々に乙なものであろう。
「黒騎士、ホントにいいの?」
『ご飯と訓練と休養の繰り返しで三日も掛けた匠の技をご覧ください!』
「りょーかい」
長期休暇はおよそ三十日。セレニアの現状を鑑みるに時間が足りなさそうだが、そこはじっくり見守っていくとしよう。
「アマネさーん、いいですかー?」
「いいよー、来な!」
鞘から出た刀の柄に手を掛け、腰を低くして構えたアマネ。いわゆるカウンターに特化したその構えは、一生徒の突撃を防御するなど容易い。
「では……参ります」
剣を抜き、セレニアは静止する。
かと思えば、少し横にふらっ、とバランスを崩した。
刹那。
アマネの目前の空間を、剣を持っていたはずの拳が突き立てる。遅れて「ドシュウ」という突撃の音が聞こえて、空気の衝撃波が壁となり練兵場を震わせた。
───もはや、人間技ではない。
遠くで見守っていた黒騎士の足元に、セレニアの剣が転がった。
「やっぱりダメでしたか……」
「剣ならあっちだよ」
「はーい」
予備動作なしで音を置き去りにする突撃も、その技を見切って剣だけ弾く人間も、規格外の一言では決して表現できない。
何より、セレニアは毒されきっていた。こんな人間離れした「突撃」を、まだ未完成なものと決め付けて疑わない。なぜか、黒騎士に当たらないからである。
黒騎士の元にアマネが駆け寄る。
『どうでしたか、教育の成果!』
「あんたさぁ、学園通った事あるよね?」
『あんまり覚えてないです』
「あぁそう。じゃあ言っとくけど、ぶっちゃけあれだけで十分だよ」
『そんな訳ないでしょう、まだ私に一回も剣を当ててないのですよ!』
「あの子の幼馴染ってそんなに強いの?」
『「私が1頑張る手間で、アルちゃんは100頑張る」とは彼女の言葉。私の仕事は、あるちゃんとやらに追い付くまでの99を補う事です!』
「……まぁ、結構いい感じだと思う。私基準でね」
『ありがとうございます!』
多分もう、十万くらいまで行ってるんじゃないかな。
そんな野暮な事を思いはすれど、口には出さないアマネであった。
◇ ◇ ◇
訓練、経過7日目。ついにセレニアは速度を維持したままの方向転換突撃を習得した。流石の黒騎士も上達の速さに驚愕し、やがて彼女の剣を弾く事が出来なくなった。
「フゥー……フゥー……」
空気抵抗を減らすために低くなった姿勢での突進は、黒騎士の甲冑を突き抜かんとしている。しかし、それはできない。黒騎士が同じ剣で防御しているからだ。
「どう、ですか……」
初めて「防御らしい防御」をさせた。今まで剣先でちょちょいと弄ばれるだけだったのだ、この進歩に黒騎士もセレニアも喜ばざるを得なかった。
黒騎士は剣を持たない方の手で「止め」の合図を出す。彼女を休憩させるつもりだったが……セレニアはその場でへたりこんでしまった。
『こんな短期間でこれほど成長するとは私も予想外でした。素晴らしい』
「えへへ……」
『ですが、今までやってきたのは突撃ばかりです。相手と距離を詰めて、そこからどうするか、ですよ』
「……へ?」
『さぁ、どんどん頑張っていきましょうね!』
「はいぃぃ……」
残り23日。彼女の訓練が終わるのは当分先の話である。
◇ ◇ ◇
黒騎士がセレニアを相手している間、エルファバはというと……
「ではまず『槍』を。属性はなんでもいいです」
「はいっ」
近くの草原でスズハと魔術の練習をしていた。この草原の奥の奥に、忌まわしき獣と邂逅した森が広がっている。
魔術、それも撃術というのは、いわば「型」である。「型」に「属性」を流し込むことで、初めて「撃術」となって敵を攻撃するわけだ。
エルファバがかざした指輪に填め込まれた鈍い光沢を持つ黒石が緑色に光り、彼女の片手に「風の属性」が流し込まれた『槍』が現れる。
「次に『
「は……いっ!」
『徒花』。それは一定時間他の撃術を頭上に浮遊させるという慈術である。効果時間は短く、それが切れた時、流し込まれていた属性が儚く消える様からこう名付けられた。
エルファバの手から槍が離れ、彼女の頭上で停止する。これを維持するだけでもかなりの集中力が必要だ。
「さー難しくなっていきますよー。『術加量』、五本にしてください」
「う゛っ……くっ……!」
『槍』、『徒花』を維持しながら『術加量』。この慈術は単純に数を増やすだけのもの。しかし、その術式は複雑極まりなく、習得した者は数少ない。
重ねて言うと、ギーグ都の王立学園に所属する人物が誰一人として習得できていない。教師陣も含めて、である。
つまり、この時点でエルファバは相当な才能を持っている事になる。
一本、二本、三本、四本、五本……最初は一つだった『槍』が頭上で分裂し続ける。
「そうですそうです、いい調子です。消しちゃダメですよ、そのまま、そのまま」
「っ……!」
『術加量』はあらゆる魔術に作用する。例えば『槍』に使えば増えるし、『結界』に使えば防御できる容量が増える。「数が増える」恩恵は計り知れない。
それ故、「術加量」を習得している人材は真っ先に取り合いに発展せざるを得ないのが現状である。
「あと5秒したらお空に発射ですよ、いいですか。5、4、3、2、1……」
強烈に輝き続ける指輪を空に掲げ、
「どうぞっ!」
「っ───! ……はぁっ……はぁっ……はぁっ……」
5本の風の槍が同時に、まとめて虚空へと発射され、消えていった。
短い間に極限まで集中し続けた結果、激しい頭痛と気だるさが彼女を襲う。
「ぁ……」
「おっとと……。よく頑張りましたね、お店に帰りましょうか」
「はい……」
こちらの訓練は、黒騎士の方に比べてかなり優しめのようだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。