04.期待されてない星。

 私の名前はセレニア。セレニア・エリーカ。このギーグ都の王立学園狩人科に通う1年生。


 成績振り分けは……F。


 Fっていうのは、私の通う王立学園で最低の番付。筆記も、実技も、何もかもがダメな人達が集う場所。だから私達は差別に近いものを受けてきた。あくまでも同じ学園の生徒や教師から……だけど。


 Fの皆は反骨精神なんて全く無くて、魔闘大会が近いっていうのに誰も努力しようとしない。しょうがない、Fはそういう人達の集まりだから。




 ドアの側に立つ看板には「今日は終わり!」と書いてある。時刻は深夜、周りに人はいない。



 あぁ、緊張する。すぐ追い出されちゃうかな、こんな淡い希望に縋り付いてるようじゃ勝てっこないって、甘いんだって……。

 

 外套に付いたフードですっぽりと顔を隠して、私はこのドアを三回叩いた。


『どうぞー』


 奥の方から女の人の声が聞こえてくる。番付5位のアマネさんだ。


 ドアノブを握る。金属の冷たさが私の弱い心を攻撃してきたような気がした。


「いらっしゃー……ん、誰、キミ」


◇    ◇    ◇


 目の前にはアマネさんと、スズハさん。そして隣の席に図書館で出会った黒騎士さんが座っている。


「……単刀直入に言うけどさ、キミ、なんかしたい事があって来たんでしょ」


「……はい」


 アマネさんの声色は少し呆れているようだった。歓迎されない事は分かってた、でも、この淡い希望に食らい付かなきゃ。


「本当はこんな時間に生徒さんを入れちゃいけないんだけどねぇ……はぁ」


「師匠、どうするんですか?」


「お話は聞くよ、まずはそっからだ。はいこれ、ココア」


「あ、ありがとうございます……」


 少し白い湯気がほわほわと上がっていく。コップを両手で握ると、温かさが私の心をほんのちょっと強くしてくれる。


「素直に、正直に言ってね。──なんでここに来たの?」


 深呼吸、深呼吸。落ち着け、落ち着くの。


 ……この淡い希望に、食らい付かなきゃ。





「今度の魔闘大会で勝ちたいんです。どうか、指導してくれませんか」






「……」


 アマネさんの目が細くなった。怖い、冷や汗が少しずつにじみ出す。でもここで視線を反らしちゃダメ。後ろめたい事があるって思われちゃうから。


「……どうして勝ちたいのさ」


「幼馴染と、仲直りするためです」


「仲直り、ね。……幼馴染に勝てば仲直り出来るってこと?」


「……はい」


「んー……面白そう、色々聞かせてもらおっかな」




 ──それから私は、全てを話した。





 私には幼馴染が居る。アルシオーネ・ドレスコルドっていう、成績振り分けAの、背が高くて胸が大きくて、長い銀髪で、片方の目が緑、もう片方の目が青で、そして……すごく可愛くて、強い子。


 可愛くて強いクセして誰にでも優しいから、学園中で人気な子。学年問わず、ね。


 

 同じ地元で同じ日に偶然生まれた私達は、仲良くなるべくしてなり、すくすくと育って来た。そんな日々の中で、私はアルちゃんの事を好きになった。友達じゃない、きっと……女の子同士で抱いちゃいけない感情。


 程なくして私達はギーグ都の王立学園に入学した。アルちゃんは「両親みたいに立派な狩人」になるため。私は「アルちゃんと一緒にいる」ため。


 入学当初から結構差は付いてたと思う。私はアルちゃんと一緒にいられれば何でもよかったけど、アルちゃんは違った。ぼんやりとしているけど、ちゃんと目標があった。だから6歳の時点で勉学も実技も距離が開いてた。アルちゃんはちゃんと自分を鍛えてるから。学園に在籍し続けるための最低成績をギリギリで維持してた私と違って。


 12歳くらいのある日、定期試験のために勉強してるアルちゃんに甘えてた。その頃はアルちゃんに触れ合えるだけで幸せで仕方なかった。


 アルちゃんは最初は付き合ってくれてたけど、ついに怒って私を部屋から追い出したんだ。その時に言われた言葉はちゃんと、ずっと覚えてる。



『邪魔なの! 絡まないで!』



 初めて、本気で怒られた。私、アルちゃんの優しさにずっと甘えてた。甘えてたせいで、アルちゃんの事が大好きで、大好きで、本当に大好きなのに、疎遠になっちゃった。


 Fクラスの落ちぶれ者の私と、Aクラスの人気者のアルちゃんは、違うんだ。本気で怒られた事で、私はようやくそれに気付けた。


 それから、たくさん泣いた。もうこれ以上泣く事なんて無いんじゃないかってくらい泣いた。泣いて、泣いて、死ぬほど泣いて……私は一つの結論にたどり着いた。



 ──アルちゃんより強くなれば、また仲直りできる。



 普通に謝ればいい? ダメだよそんなの。歪んだ解決方法かもしれないけど、少しでもアルちゃんの近くに居るためには「私自身がアルちゃんより強い事」を証明しなきゃいけない。




 だって、そうしたらさ、努力大好きなアルちゃんが私を頼ってくれるでしょ?




 その結論を導き出してから私はいっぱい頑張ってきた。今日に至るまで、出来るだけ独学で。独学じゃなきゃ「私の力」じゃないから。


 そんな努力のおかげか、使える魔術も「Fの中で」一番多かった。戦いの技能も「Fの中で」一番秀でていた。


 

 ……所詮、そんなもの。Aに、しかもAで一番のアルちゃんの足元にも及ばない。


 行き詰って……そして、ここに来た。





「なるほどねぇ。一応聞くけど、断られたらどうするつもりなの?」


「……自分で頑張ります。今までやってきたみたいに」


「……そ。二人とも、ちょっとこっち来て」


 黒騎士さんとアマネさん、スズハさんの三人が、カウンターの横の階段を上っていった、カウンターテーブルに独り、私は残されてしまった。


 中身が無くなった空のコップは、アルちゃんを失った今の私みたいで……少し、寂しい。


 あの出来事があってからアルちゃんと一度も会話をしていない。目も合わせていない。アルちゃんに嫌われたからそうしてるワケじゃない。……きっと、アルちゃん自身がそれを望んでるはずだから。



 しばらくして、三人が戻ってきた。


「ごめん、待たせちゃったね」


「い、いえ……」


「さて、審議の結果を発表しようか。……もう一回聞いとこうかな、どうしてキミは強くなりたいの?」




「幼馴染……アルちゃんに勝って、仲直りするためです」


「それ以外の目的に力を使わないって約束できる?」


「……」


「大好きな幼馴染ちゃんと仲直りするためだけに、私達は協力するよ。

 

 裏切らないって、約束できる?」



 独学なんかじゃとても比較にならない、とても、とても大きな力。それをこの人達から授かる事が出来る。思わず大声で喜びそうになったけど、今はそんな場面じゃない。



 大きな力は、脅威にもなる。私が悪いほうに利用しようすれば、簡単にできちゃう。……そんなつもり、これっぽっちもない。全部、全部、全部、アルちゃんのために使うんだ。それが私の「目標」で、たった一つの「願い」だから。








「────はい、約束します」




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