03.バルケンスが思い描く国。

「スズハー、起きろー、お仕事の時間だぞー」


 スズハの寝室の前で、師匠のアマネが呼び掛ける。

 

 これまでスズハが遅れた事はない。とかく彼女は「時間」に厳しく、アマネに対して説教をする事もあるくらいだ。


「スーズーハー」


 ……そんな彼女が、未だに起きていない。周りの従業員は既に身支度を終えている時刻であるというのに。


「……はぁ」


 致し方ない、入ろう。


 寝室は特殊な場合がない限り他人の入室を断固禁止としていて、それは店長であるアマネにも適用されるのだが……今回は、ある種の「店長権限」とでも言うべきか。


 扉を開け、陽光が差し込む窓の側に置かれたベッドの近くまで寄った時、アマネの視界に映ったのは、


「……あーら、道理で」


 すやすやと心地良さそうに眠り続ける二人の寝顔だった。


◇    ◇    ◇


 バルケンス帝領ギーグ都。


 この国の首都にして王都、狩人番付1位のバルケンス・エヴロイデアが治めるという事もあり、狩人に対しての待遇は厚く、「トーネイの隠れ家」のように十傑狩人の姿を生で見られる事から観光客、あるいは移住者も多い。


 つまる所、ギーグ都は「都会」であり、「世界で最も狩人が集まる場所」なのだ。


 そんなギーグ都の中でも一際目立つ、巨大な建築物があった。


 

 

 ──それは、図書館だ。




 バルケンスは戦闘技術以外にもその「博識さ」と「勤勉さ」が評価されており、ギーグ都の図書館は彼の性質が万遍なく反映されている。


 民衆は無料で出入りでき、十階に及んで貯蔵されるあらゆる分野の大量の書物はもはや圧巻と言う他ない。ここは「本は叡智の結晶であり、それを民に分け与えるのは王として当然の事」というバルケンスの一種の理念に基づいて設計された、世界でも類を見ない特別な図書館である。


 今日はこの図書館に黒騎士とエルファバが来ていた。エルファバは髪を隠すための布の外套を被っていたが、これはアマネから支給された物であって本人が元から所有していた物ではない。


「……」


 二階、主に魔術関係の書物が収められている場所の一角のテーブルで、二人が静かに本を読む。他の客が黒騎士を見て噂するのは至極当然の事で、エルファバとしても目の前で十傑狩人の一人が本を読んでいる事実をあまり受け止め切れていない。


「く、黒騎士さん。色んな人に見られてます、けど……」


『私は気にしない系の人なのです』


「あぁ、そうなんですか……」


 十傑狩人というのは、本来出会おうとして出会えるものではないのだ。稀、稀、極めて稀。なぜかと言えば、彼らは彼らの赴くままに生きているからである。


 11位以下の狩人は、決して10位のアルトリウスに届くことはない。それほどの隔絶した実績と戦闘力を持つ彼らが生きるために狩人をする必要があるか、否、全くもって必要ない。


 狩人に依頼を斡旋する組織『烏合の衆』は、秘密裏に十傑狩人に依頼の伝言を送り、十傑狩人もまた秘密裏にそれを達成する。彼らに任されるのはそれ程危険な依頼なのだ、故に報酬も凄まじく生活に困る場面に出会う訳がない。


 簡単に言えば、十傑狩人は自由奔放で、いざという時、静かにそれを実行する。だから出会おうとして出会えるものではない。


 ──この都を除けば、の話だが。



 エルファバは手元の分厚い魔術教本とにらめっこし直した。学園で修めた教科書の魔術、それの発展編をまとめた書物で、「魔術教書・撃術 発展編⑥」と名付けられている。



 魔術というのは大まかに分けて二つ種類が存在する。


 一つは撃術。敵に対する魔術。


 もう一つは慈術。味方に対する魔術。


 6歳から子供は皆必ず学園に入学し、12歳になると自身の進路を踏まえた上で狩人科、商業科、騎士科などの希望に合った部門を選択する。そこから3年間、15歳になるまで学び続け、最終試験を経て晴れて卒業というわけだ。


 ……他の科もそうだが、狩人科は特に自己研鑽がモノを言う。狩人なぞ戦えさえすればいつでも成れるが、そもそも博打性が高い職だ。それなのにわざわざ学園に入ってまで狩人科に入るという事は、彼らなりの目標があるに違いない。


 現にこの図書館、二階の魔術関係と三階の戦闘技術関係、どちらの階層も学園の狩人科所属の生徒がほとんどの席を埋め尽くしている。

 

 ちなみに、この時期は特に生徒の上昇志向が顕著になる。


 なぜなら、もうすぐ「全学園狩人科魔闘大会」が開かれるからだ。



 全ての学園で絶対に設けられている狩人科の生徒がクラスごとに一人代表者を選び、学年関係なく1対1で争い学園の代表者を1人決め、今度は全学園から選ばれた代表者一人一人が戦いあって頂点を決める。

 

 ……この時点で察した者もいるかもしれない。学年による習熟度の差、という壁を研鑽によって壊す事が普通に可能なのだ。下克上が起こるのももはや日常になっている。エルファバはあまり良い成績ではなかったそうだが。


「く、黒騎士さん。魔術上手くなりたいので、お、教えてもらったりとか……」


『私はあまり魔術が得意ではないので、他の狩人に教えてもらってください』


「そう、ですか……」


『スズハさんとか特におすすめですよ。アマネさんと他の従業員であそこの店は経営できますから』


「わ、わかりました」


『借りる本は決まりましたか?』


「あ、あぁ、いえ! 今選びます!」


 こんな大人数に好きなだけ借られては図書館側もたまったものではないので、返却期限と冊数が決められているのは無論だ。


◇    ◇    ◇

 

 黒騎士と少女が去り、二階に流れていたある種の緊張が一気に溶けていく。


 多数あるテーブルの一つ、二人分の座るイスが置いてあるテーブル。そこにいるのは二人の少女だった。


 一人は黒髪のショートボブ、もう一人は桃色髪のツインテール。二人は仲の良い友達だ。


「……初めて見た、黒騎士って人」


 未だに感動から帰って来れないツインテールの少女は、相対する黒髪の少女にそう言った。


「セレニア、ギーグ都ってやっぱ凄いよ、ほんとに」


 黒髪の少女の名はセレニアと言うらしい。


「……ごめんね、今それどころじゃないんだ」


「ノリ悪いなー、あたしらFなんだから勝てっこないって」


「あはは……それでも、やれるだけやらなきゃ」


 『F』というのはかつて遺跡から発見された古い文字で、結構な昔からいわゆる「優秀度の目安」という目的で使われてきた。Aは一番優秀で、ギーグ都の王立学園では最後にFの名が付く。


「なんでそんな頑張るん……って、あぁ、あの人か」


「うん。テトラも知ってたの?」


 桃色のツインテール少女、テトラは腕を後ろに組みながらセレニアを冷たい目で見つめた。


「Fの人達皆知ってると思うよ、だって……ねぇ?」


「……はは、は」


 セレニアの愛想笑いは、少しだけ、ほんの少しだけ、陰っているように見えた。



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