第3話 素戔嗚尊(すさのおのみこと)
日の光は眩しすぎる、と目を細めてうつむきながら、青々とした稲が育つ田の横を通る。
棚田の向こうから、悲鳴があがった。何事かと駆けつけてみると、弟・
笑いながら馬をいなす弟に、月読は一喝した。
「やめぬか、この乱暴者!」
「兄上、このくらいで目くじらを立てなくても」
「このくらいだと? 皆がどんな思いで作物を育てているか、食べ物がなければどうなるか、わからぬ訳ではなかろう」
わきあがる怒りを抑えつつ、にらみつける。
「兄上は神経質すぎるのですよ。そんなだから、相変わらず青白い顔で痩せぎすなのだ。姉上に嫌われますぞ」
日に焼けた厚い胸板を見せつけるように、だらしなく衣の前をはだけた弟が笑う。
「
「いやいや、姉上は吾にやさしいから」
それを言うなら「甘い」だろう、と月読は唇を噛んだ。
しかし
「姉上に、真鯛を献上しに行くのだが、兄上も一緒に喰わぬか」
馬の鞍には魚籠が括りつけられており、生臭いにおいが鼻をついた。海原を治める
「遠慮する」
畔に平伏していた女に、「すまなかったな。
頬はこけ、目はくぼみ、艶やかだった射干玉色の髪はぱさぱさと抜け落ちだした。骨ばった肩を抱いて力づけようとしても、苦しげに体を預けて目を閉じるばかりだ。
そのあまりの軽さに月読は、姉の顔色ばかりうかがって、彼女が無理をするのを黙って見ていた自分を恥じた。
もう十分すぎるくらい、あまたの作物を手に入れました。しばらくは、これらを育てることに力を注ぎましょう。
そう進言するため、月読はまだ日が昇る前に、
朝が来るまで待つことなどできなかった。それなのに、手の離せない用だとかで、取り次ぎがかなわない。こちらも火急の用なのに。
業を煮やした月読は、侍女のいない隙に控えの間から外へ出て、姉のもとに向かった。
占いや機織りなど、用途にあわせていくつかの棟がある。どこにいらっしゃるのかと、高床の棟の下を歩きながら、耳を澄ます。
かすかに、姉の声が聞こえた。
もう起きているのならばと、月読は声がした棟へ向かった。ここは、
もう夜明け前だし、織物は終わっただろうか、と床下から気配をうかがう。
機を織る音は聞こえてこない。
かわりに、女の声がした。そこに、男の声が重なる。
――そんなはずはない。ここは、潔斎して神御衣を織る場所。男が入るなど。それに、あの声は……。
自らの鼓動で喉がふさがれ、苦しくなる。今考えたことが間違いであってくれ。そう願いながら、月読は
輝くばかりの白い肌が見えた。
そのすらりとした脚を持ち上げて肩に乗せ、胸乳を日に焼けた武骨な手が揉みしだく。腰の動きに合わせて女が嬌声をあげ、乱れた髪がこぼれ落ちて顔が見えた。
実の姉と弟、
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