第2話 天照大御神(あまてらすおおみかみ)
「今日はこれだけか」
美しい顔に曇りが差す。野菜が三種と枇杷、これだけでも、
「あの女、出し渋っているのではないか? 新たな食物を作れるのが自分だけだからといって」
「
思わず言い返す。
姉の眉間に皺が寄った。彼女は、自分の意に反することを言われたりされたりするのが大嫌いなのだ。月読は慌ててつくろった。
「天から来た我らに、嫌な顔ひとつせず、快く食物をわけてくれております。作物を産みだすのは、かなり負担のかかる行為。そう無理強いしては……」
「
輝くような肌と大きな瞳がこちらを見ている。有無を言わせぬ力に、ぞくりとした。なぜかくも美しい顔で、残酷なことをさらりと言えるのか。
しかし世界は、この日輪を中心に回っている。逆らう者は、光と熱に焼かれてしまう。
「……もう少し多く食物を献上するよう、
感情を押し殺した声で、平伏する。
「いや、それでは生ぬるい。
月読は顔をあげて
「それはあんまりでございます。せめて二日に一種」
「月読。……
姉がこちらを凝視している。整いすぎた顔には表情がまったく浮かんでおらず、それがとてつもなく不気味で恐ろしい。言うことを聞かなければ、永遠にあの冷たい顔で責められるのだと思うと、骨の髄まで凍りつきそうだ。月読は再び額ずいた。
「いえ、そのようなことは。吾は、姉上の命に従い、作物を貰い受けに行っているだけです」
衣擦れの音がした。袴の裾を翻しながら、姉がこちらへ歩いてくる。平伏した視界に、足の甲が見えた。
「月読。吾と
頭上から、凍てついた声が降ってくる。
姉は、すべての神や人の心が自分に向いていないと気が済まないのだ。
ぽってりとした愛嬌のある顔が、脳裏に浮かぶ。性格と同じく控えめな目鼻立ち、すべてを包み込んでくれるふくよかな体。彼女を守らなくてはいけない。絶対に。
「もちろん、姉上でございます」
月読は頭を下げ、
無防備な後頭部に、細い指先が触れる。なでられているだけなのに、言い知れぬ圧力を感じる。
「かわいい弟よ。それならば、吾の言いつけを守ってくれるであろうな」
背中を冷たい汗が流れる。
「……はい。
月読のみずら髪をもてあそんでいた
「いつもと違う結い方をしているのだな」
耳が熱くなり、体の動かし方を忘れたように四肢が硬直する。それなのに、歯の付け根が合わず、カタカタと音を立てている。
姉上は気づいている。
「毎日一種だ。できなければ、
右側のみずらをほどき、はらはらと髪を落とすと、
しばし床に膝を折ったまま、月読は頭を抱えた。
一日一種では、
毎晩夜空に出て、月の満ち欠けにより暦を教える。種を蒔いたり実を収穫したりする時期を、月読は欠かさず万民に知らせてきた。少しでも多くの農作物がとれるように。彼女の負担が減るように。
姉上はそれでも不満だとおっしゃるのか。
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