第390話 千里眼が見ていたもの
広場の騒ぎは収まることなく、むしろ勢いを増していた。生き残った喜び、国や、大切な人を守れた喜びを爆発させていた。
それを遠巻きにロガンは見ていた。手にある骨付き肉にかじりつく。
「君は参加しないの?」
声の方を振り向くと、妖艶な女性が立っていた。アスカロンのイーナだ。
「てっきり、一緒になって騒ぐタイプかと思ってたけど」
「できるかよ、そんなこと」
口の中の肉を飲み込む。そして、焚火の周りで歌う連中に再び視線を移す。
「あそこで騒いで良いのは、大切なものを守れた奴らだけだ。部外者が入っていくのは、お門違いってもんだろう」
それに、俺は。また肉をにかじりつくことで、記憶と言葉に封をする。
「それは、自分が大切なものを守れなかったから?」
「・・・ゲオーロから聞いたのかよ」
喋り過ぎたな、とロガンは舌打ちした。
「ロガン君。君、アウ・ルムのドリアムス領内にある村出身ね?」
「何で知ってる?!」
驚きと比例した速さでイーナの方へと首が曲がる。
「これまで集めたリムス中の情報と貴方の境遇から推測しただけ。でも、良かった。それなら、集めた情報が無駄にならずに済みそう」
「どういう意味だ」
「君が捨てたという村、少しずつ良くなってる。どうやら、領主が死んでドリアムスは王家直轄の領地に変わったらしいの。随分と酷い領主だったみたいね。自分の私腹を肥やすために二重課税を課し、国家に対しては虚偽の報告、しかも少し前に発生したプルウィクス王妃アルガリタの暗殺事件に加担までしていたようよ。まあ、そのことが露見して、投獄される前に自殺したらしいけど」
「そ、そんなクソ領主のことなんざどうでもいい。村が良くなってるって、どういうことだよ!」
彼女の細い肩を思わず両手で掴む。
「まあ、落ち着いて。ちゃんと話すから。後、ちょっと痛いわ」
顔を軽くしかめて、イーナが肩に置かれた彼の手に自分の手を重ねる。
「わ、悪ぃ」
ロガンの手が申し訳なさそうにそっと離れるのを見計らって、イーナは話を再開する。
「領主は死んでも、貧困にあえぐ領民は残っている。彼らをどうするかとなった時、ラクリモサ領主が王に進言した。領主がいないのならば、思い切って民間に土地を貸し出すのはどうかと」
「・・・どういうことだ?」
「今現在、ドリアムス領は民も土地も痩せて、国にとっては税の取れない、言い方が悪くて申し訳ないんだけど、旨味のない土地になっている。そこで、資金と人、何より信頼のある民間企業に定額で貸出すことで収益を得るのはどうかって案なの。これなら、旨味のない土地でも税に変わる収益が見込めるから国にとっては悪い話じゃない。借りる方も、他より安く借りられるからお得だしね」
「そんなの、借りてくれる奴がいてこそだろう。悪条件しかない領地を借りる馬鹿がどこにいるんだよ。収益なんか見込めそうにないし、よしんば収益があがっても、今度は国が接収に動くだろ。美味しいとこだけ掠め取られるのがわかりきってるのに、誰がやるんだよ」
「フェミナンよ」
「はぁっ?! フェミナン?! 何で?! あそこ、規模でかいだけのただの娼館だろ?! 何で土地がいるんだよ。でけえ娼館でも建てる気か?!」
「近年、飲食業にも進出したフェミナンは、料理で使う野菜や果物、畜産を育てるための場所が欲しかったの。だから、アウ・ルムからの応募に真っ先に手を挙げた」
実際は、オーナーのアンが全て裏で手を回していたのだが、言う必要はないのでそこは伏せる。
「だからって、瘦せた土地で作物が取れるまで何年かかると思ってるんだよ。フェミナンが下手な貴族よりも金持ってるのは知ってるけどよ」
「普通は、誰だってそう考える。けどね。フェミナンのオーナーは、これまで誰も成しえない事をいくつも成功させてきた。既にいくつかの農村の土壌改良に成功し、作物が育っているらしいわ」
「あの土地でか・・・? 一体、どうやって」
ロガン自身がその目で見ている。あんな枯れた土地を、どうすれば豊潤に出来るというのか。
「詳しくはわからないんだけど、地面の性質? みたいなのがあるらしくて、それを調べて、混ぜると丁度いい土を別の土地から運んだとか」
「国家プロジェクト並みのことしてるじゃねえか。とんでもねえな」
「雇っているのは領民。しかも、衣食住完備で」
まず飢えをなくす。オーナーのアンは宣言した。
働くのが人であるなら、人に活力がなければならない。飢えは、体力も気力も思考力も奪う。充分な栄養と休息があって、人は十二分に働くことができる。彼女が大切にしていることでもあった。
「何でそこまでしてくれるんだ・・・損しかねえだろうに」
「『目先の利益しか見ないのは二流、一流は長期的な目を持つの』」
「え?」
「彼女の言葉よ。その言葉が示すように、おそらく五年後、十年後には、アウ・ルム最大の穀倉地帯となっているでしょうし、その販売権利はフェミナンが握っている。土地代なんか簡単に支払えるほどの、莫大な利益が生まれるわ。君が心配した国による接収も、フェミナン相手では手が出しにくい。何故なら、国の多くの貴族はフェミナンの顧客だから。また、フェミナンに雇われ、貧困から脱出できた領民たちはこぞって国の管理を反対する。王家も、わざわざ不平不満を領民に抱かせ反乱の芽を生むよりは、しっかり働いて、これまで以上の税を収めてもらった方が得策だと判断する。フェミナンがアウ・ルムを裏切ることは『色々な理由』で絶対ないし、逆もあり得ない。それに、フェミナンが参入したと聞いて、職を求めて多くの人が流入した。人が集まれば店が建つのは必然で、ドリアムスは今、活気のある地域へと生まれ変わった」
ここまで、見据えていたのか。
畏怖と共にロガンは思い出す。フェミナンオーナーの渾名を。
「フェミナンのオーナーは神算鬼謀の『千里眼』って噂、マジなのか」
「本人は、その渾名恥ずかしいからって嫌がるんだけどね。そんなとこ、うちの団長とそっくり。ああ、そっくりついでに話しておくと、団長とオーナーは旧知の仲よ」
「は?」
傭兵団の団長と娼館のオーナーの接点がわからなくて、ロガンは混乱した。
「後、命の恩人でもある。つまりね。君の村が今再建出来ているのは、間接的にだけど団長のおかげってわけ」
「・・・だから、命を狙うのは止めろって?」
「いいえ。長期的な目を持つことをお勧めしているの。余計なお世話かもしれないけど」
それに君では団長の命を奪えない、という言葉は、イーナは人間が出来ているので笑顔で飲み込んだ。
「君の前には、二つの道がある。一つは、今まで通り賞金稼ぎとして不安定な生活を送る道。もう一つは、故郷に帰り、村の発展に力を注ぐ道。私としては、後者の方がやりがいを見出せると思うな。命を取って取られて、のリスクのある生活よりも、多くの人に感謝され、しかも命の危機のない、安定した暮らしが手に入る。それに本当は、捨てたなんて嘘でしょう?」
ロガンは押し黙った。頭では、言葉では、捨てた、つもりだった。しかし、感情は、心のどこかでは、故郷の事がずっと気になっていた。だから、イーナが村の事を話した時、過剰に反応してしまった。
「故郷には、まだ帰らない」
しばらく考えて、ロガンは結論を出した。
「そう、賞金稼ぎの道を行くのね」
「いいや、その道は、ちょっと休む。俺が選ぶのは、第三の道だ」
「第三の道?」
「俺は、あんたらと、アスカロンと共に行く」
「どうして? 今回の件でお金も稼いだんだから、一緒に行く理由なんてないでしょう? それとも、団長の命を狙い続ける気?」
「だから、賞金稼ぎはちっと休みだってば。今回の事で、俺たちはテオロクルムを守ったってことになるんだろ? で、あんたらはこれまでも、多くの、こういう戦いに巻き込まれてるんだろ?」
長期的な目だよ、と少し興奮したようにロガンはまくしたてる。
「ただ故郷に帰っても、外の世界で通用しないから逃げ帰ってきた、なんて思われるかもしれない。どうせ帰るなら、錦を飾る。でっけえ、誰もが驚き憧れる、村に俺の像が立つくらいの名声を得て大手を振って帰ってやる。その為には武功が必要だ。その点、あんたらについていけば、これからも大きな戦いに参加できるはず。嫌だっつってもついてくぞ。まだ契約は継続中だからな」
後の話。彼の生まれ故郷には、大きく立派な像が建てられた。
貧困に喘ぐ民を救った偉大なる賢者『千里眼アン』の像は、本人の全力の反対を押し切って全領民総出で建設され、いつまでもいつまでも、村の平穏を見守り続けた。
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