第389話 以上の予言から未来の気持ちを答えなさい
「どうしたの?」
声に驚いて顔をあげると、プラエが私の顔を覗き込んでいた。すみません、と言い、意識を今に戻す。周りでは、既にアルコールが体に回って良い感じに酔いどれているアスカロンの団員たちや、彼らと肩を組んで酒の入ったジョッキを傾けているテオロクルム・カステルム兵たちがいた。
テオロクルムの城下街は戦いの傷痕が深く残った。家屋の五割は全壊、二割は半壊、残りも住むのに支障はないがどこかしら破損していた。
私たちが宿泊していた宿も海岸線に近かったため戦禍に見舞われて全壊しており、さて今日の宿をどうするか、となった時、プロペー王が城の一部を、私たちや住民のための簡易宿泊所として解放してくれた。民たちは新しい家が建設されるまで住まわせるらしい。食糧庫も開放し、飢え死にを出させない構えだ。「何のために、民に税を課していると思っている」と当たり前のように言うプロペーを見て、なるほど、住民の誰も彼を裏切らないわけだと納得した。
城内一階にある広場で、城のコックと宿屋兼飲み屋の女将とレストランのシェフが協力して祝勝会代わりの炊き出しを行っていた。そこへカルタイと部下たちが大きな樽をいくつも運び込み言った。
「祝勝会に酒がないなど許されぬ。今宵は俺の驕りだ。好きなだけ飲め」
その場にいた者たちの空気が一気に明るくなった。カルタイもまた、人の心を掴み、動かすのがうまいようだ。
国が荒廃すれば、そこに住む者たちの心はどうしたって荒む。だが、少しでも明るい話題があれば、明日を踏ん張る気力が生まれれば、人は持ち直せるということをよく知っているのだ。二人の名君がいるのだから、テオロクルムの心配は無用だろう。
それよりも、自分のことだ。MIKОからもたらされた予言の内容や彼女の話を考えているうちに、思考の海に沈みこんでいたようだ。持っていたお椀の中のシチューは、少し冷めてしまっている。
ようやく気づいた、とプラエは私の隣に腰を下ろした。
「巫女の所から帰ってきてから、随分と考え込んでいるみたいだけど、妙な予言でも聞いた?」
「妙な話になってきたのは、間違いないようです」
「というと?」
「まず、リムスが戦乱の時代に突入する可能性が高い、という話です」
「んー、まあ、あり得る話よね。アドナの出現で、どこの国も安全圏ではいられなくなった。今回の件を、本気でマルティヌス個人がしでかしたこと、なんて見てくれる素直な奴はいないだろうしねぇ」
プラエの言葉に頷く。
「ええ、コンヒュムに対し責任追及、賠償請求が行われるでしょう。十三国同盟にヒビも入ります。そこを見逃す四大国ではない。すぐに宣戦布告、戦争、という事にはならないでしょうが、既に内部から懐柔、脅迫、様々な手管で崩しにかかっているはずです」
「遠からず、同盟は瓦解するかもしれないってことか。これにて、めでたくリムスは百年前の群雄割拠時代に逆戻りと相成るわけね」
「前兆はありましたけどね。表ざたになってないだけで」
マキーナや、プルウィクス王女暗殺事件が良い例だ。裏には何者かの思惑が絡んでいた。
はあ、とプラエは大きなため息をつく。
「止まらないでしょうね、この流れは。行きつく先は屍山血河ってわけか」
それで? と彼女は話を促した。
「まず、ってことは、続きがあるんでしょう?」
「その流れを操っている神がいるそうです。おそらくは、黒幕のことだと思います」
「神を名乗る連中にはホントろくな奴がいないわね ・・・まさか、マルティヌスもそいつに?」
私も最初はそう考えた。だが、マルティヌスが誰かの口車に乗るだろうか。もし乗せたとしても、その車は私たちが破壊しなければ誰も止められなかった。そうなれば、黒幕の手には負えなくなるのではないか。
以上の点から、マルティヌスの件は奴自身の独断である可能性が高い。しかし、それも含めて『手繰るは神の御手』という予言となっている。アドナによって起こる蹂躙でも、リムスで起こる戦争でも、黒幕にとってはどちらでも良かった、ということになる。黒幕の目的が、現在の情報だけではよくわからない。大きな戦いを起こしたかった、という事だけだ。何の意味がある?
一旦保留し、私は元の世界に戻る為の転送技術と、もう一つの予言についてプラエの意見を求めた。転送技術に関しての話は、やはりというか、彼女の喰いつきが違った。怒涛の質問攻めにしかし、条件を満たせば元の世界に戻れるが何故かはわからない、とにかくそういうものがある、としか聞いてこなかった私にそれ以上話せることはなく、しょんぼりしたプラエの顔と共に話題はすぐに次へと移った。二つ目の予言だ。
「『異邦の流浪者の旅は避けられぬ終わりを迎える』・・・流浪者、ってつまり、別の世界から来たルシャ、あなたの事でいいのよね? フェミナンのオーナーではなく」
「彼女もルシャではあるのですが、多分、違うと思います」
以前アンと話した時、彼女はフェミナンを守り、後継を育成することにやりがいと喜びを感じていた。望郷の念は多少あるだろうが、積極的に戻ろうとは考えない気がする。
「旅の終わり、あなたの目的を果たすという意味で考えるなら、元の世界に戻るってことかな?」
正しくは、元の世界に戻って元凶を殺すだが、大した違いではないからそのまま話を続ける。
「もしくは、先ほど話した転移の条件が満たされる、ということだと思います。それが次の文『星辰が指し示すは戦乱』云々ではないかと」
どんな条件なのか不明だが、元の世界に戻る為には、これから起こる戦いに参戦すると達成されるという意味ではないか。例えば場所や時間。戦いが起きるであろう場所が、まさに転移するための場所で、特定の時間に魔道具が作動する、とか。星辰は星の巡りという意味だった気がするから、この推測は当たっていると思う。
「その後の予言では『崩れる舞台で二人は踊る』ってあるわよね? じゃあ、その時ルシャはアカリの他にもう一人いる、ってこと?」
「私以外の、誰か、ですか」
正直、心当たりはない。アン以外のクラスメイトが生き残っている可能性は否定できないが、自分の事を棚上げして、やはり可能性は低いと言わざるを得ない。リムスは元の世界とあまりに違い過ぎる、過酷な世界だ。
それに、予言通りなら、そのもう一人も戦乱の中心にいなければ成り立たない。私のように傭兵になるか、何処かの国の兵士になるか、戦いを生業とする職に就いている必要がある。結局どちらも死亡率が高いから、十年生きているとは考えづらい。まだどこかで農民や商人として生きているという話の方が納得できる。それを考えれば、私やアンはかなり運が良かったのだ。
「わからないことだらけだ」
結局、そこに行きつく。考えるためのとっかかり、情報が少なすぎる。とっかかりのない思考は、結局どこにも行けない堂々巡りだ。考えても意味はないのだが、考えずにはいられない。
「わからないことと言えば、マルティヌスの最後のことよ」
プラエが別の謎を取り上げた。
「直接は見てなかったんだけど、あいつ、体が変質したんですって?」
戦闘になると判断した時点で、彼女とゲオーロ、ファナティは下がらせたから、マルティヌスが変化したところを直には見ていなかった。
「ええ。生きていたことも驚きですが、体は三倍ほど膨れ上がり、近くのレギオーカと同じくらいになりました。それに、姿も龍種に近い形態に変質していきましたね。奴の言葉を借りるなら、人の殻を破ったようでした。アドナ落下直前に不老不死の妙薬を摂取したらしいですが」
「不老不死の妙薬ぅ? またみょうちきりんな話が出たわね」
「ルイシクル、とかなんとか言ってましたね。それ以上はわかりません。まだ話したそうでしたが、アムニスに喰われてしまったので」
「何でそこで最強種の一角が現れたのかも謎だけど、ルイシクル、どっかで聞いたような見たような」
今度はプラエが思考の海に潜ってしまった。彼女が考え込んでいる間に、私は冷めたシチューを口にする。
わかっているのは、私の旅も、まもなく終わるということだ。それが私の死によるものか、元の世界戻ることによるものなのかはわからない。
「『過たず正しき道を選べ』・・・か。それが出来れば苦労しないわ」
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