第388話 楔

「関わりたくない」

 思わず本音が漏れた。

 何が予言だ。何がリムスの危機だ。何故そんな御大層なものに私が関わらなければならない。私の手は、私と、私の手の届く範囲にあるものだけで手一杯だ。

「私の懐にしまうにはあまりに大きすぎる問題です。誰かとお間違いではないですか?」

「予言の的中率はほぼ百パーセントだ。特に巫女にまで影響が出そうな予言は間違いなく当たると思っていい。どう足掻こうと巻き込まれる運命だと思うぞ。それよりも、事前に準備を始めた方が建設的ではないか? 過ちを正す者よ」

 諦めろとばかりにプロペーが言った。

「いや、待ってください。まだ私がその過ちを正す何某かどうか確定ではないはず。前の予言では鳥、アドナを落とす者が過ちを正す者だとありました。そして、実際アドナを落としたのはうちのプラエさんです」

 彼女はどちらかと言えば過ちを犯す者だと思うが。

「仮に君ではなく彼女の方が過ちを正す者であったとして、君は彼女が巻き込まれるのを黙って見過ごすことはできまい?」

「・・・・・・」

「できない、よな?」

 実際にその状況にならなければなんとも言えないとは思う。私も弱い人間だ。もしかしたら見捨てるかもしれないし、必死になって助けるかもしれない。可能性は、ゼロではないからだ。けして、空から撃ち落とされたことを恨んでいるわけではない。

「アカリ団長が見捨てないのは間違いないさ」

 カルタイが言い切った。

「仲間を切って自分だけでも生き残ろうと考える奴は、最初から俺たちの依頼を受けないよ」

「そう、だな。確かに」

 何も答えていないが、納得されてしまった。

『アカリ』

 プロペーとカルタイの会話が落ち着くのを見計らって、MIKОが声をかけた。

『貴女は、ルシャと呼ばれる、異邦からの旅人ですね』

「ええ。そうです」

 今までの会話と全く関係のなさそうな話題が突然始まり、当惑しながらも答える。

『今も、元の世界に戻る方法を探していますか?』

 思いもよらない問いかけに、一瞬理解が追いつかず思考停止してしまった。続けて放たれたMIKОの言葉が、私を再起動させる。

『もしかしたら、力になれるかもしれません』

「本当ですか!?」

『絶対ではありません。ですが、私が生み出された時代、同類の技術があったことは確かです。何らかのヒントになる可能性はあります。ですので、貴女がこの世界にきた経緯を、情報を私に入力してください』

 私は言われるがままわかる範囲のリムスに来た経緯を話した。まさかこんなところで、元の世界に戻るヒントが得られるとは。

『なるほど、貴女はヤスダユウキなる人物によって、リムスに送られた。そして、そのヤスダユウキは、元は貴女と同じ世界の住人で、何らかの偶然が重なってリムスに移動していた。彼は私の様な魔道具を使用し、元の世界に戻ったのですね』

「本人が嘘を言っていなければ、そうなります。確か、自分と同価値のものを入れ替えたと、それが、私たちだと言っていました」

 MIKОは私に質問を重ねた。

『ヤスダユウキは、別れ際に貴女方にこう告げたのですね。待っている、と』

 私は頷く。今でも脳裏に蘇る記憶だ。奴は私たちに向かって言った。教室で待っている。地獄を潜り抜けて、戻ってきてくれ、と。

 しばらく沈黙が続き、MIKОが声を発した。

『私が生まれた時代では、有機物無機物問わず、物質の移送、収納について幾つかの技術がありました。物質を量子に変換し、別の場所で再度元の物質に変換し直す転送技術、離れた場所同士をつなげる、時空間技術です。後者の時空間技術の一つに、こことは別次元にある並列世界と空間を繋ぎ、そこに物質を収納する技術があります。貴女がこれまで経験した物で例を挙げると、マキーナの召喚技術がそれにあたるでしょうか』

 古代兵器マキーナは、古代遺跡の台の上に突然現れた。あれは、別の空間にあるマキーナとリムスをつなげたという事か。

『話を聞く限り、ヤスダユウキが用いた技術は召喚に近いと思われます。マキーナを召喚する際、何かエネルギーとなる、触媒の様なものを使用しませんでしたか?』

「しました。詳しくはわかりませんが、水とか、土とか、骨とか、そういうものを台に置いていた気がします」

 なるほど、とMIKОは少し沈黙した。情報を取り込み、回答に適した言葉を探しているようだ。人間でいうところの思案に似たこういう時間が、MIKОが人工知能であることを忘れさせる。

『どんな魔道具もそうですが、作動させるためにはエネルギーがいります。集められた触媒の用途がそのエネルギーです。ですが、エネルギーのための触媒にしては種類と量が不釣り合いです。おそらく別の用途の為、楔の為と考えられます』

「楔、ですか?」

『両方の技術に共通する事なのですが、物理的に離れた場所を繋げるには楔、転送したものを再構築するための装置や、別の場所に繋ぐための門等が必要なのです。それらがなければ、転送することも空間をつなげることも出来ません。一度きりの一方通行であれば、出来ないわけではありませんが、移送は二つの場所に行き来できてこそ意味があります。召喚技術にとっての楔とは、元の場所にマキーナを再度収納するための物です。召喚時に楔はマキーナがいた場所に設置されます。用が済みマキーナを収納する際、楔の場所にマキーナが戻ります。二つの物を紐づけているわけです』

 だから、移動ではなく入れ替え、という表現を使っているのか。

 ここからが本題に関わるのですが、そうMIKОは続けた。

『ヤスダユウキが『待っている』と言ったのは、その教室にリムスと貴女の世界を結ぶ楔を設置している、ということではないかと推測できます』

「じゃあ、マキーナみたいに条件を満たせば」

『楔の打たれた場所、元の世界に戻れる可能性があるでしょう』

 そして、確定しました。MIKОは硬い声で言った。

『今の話を情報として取り込んだ結果を出力します』

 予言が印刷され、用紙に出力される。


 異邦の流浪者の旅は避けられぬ終わりを迎える。

 流浪者たちは再び巡り会う。星辰が指し示すは戦乱、災禍の中心。

 地の底にあるは数多の命を飲み込み、神成る玉座。


 崩れる舞台で二人は踊る。復讐と約束、記憶と選択が交錯する。

 滅びるのは、流浪者か、世界か。

 目的を果たすのは、ただ一人。過たず正しき道を選べ。

 

 例によってよくわからない予言が吐き出された。

「待て、巫女よ。個人の為にその力を振るったのか?」

 プロペーが驚いてMIKОに尋ねた。個人の為だけに予言したのは初めてのことらしい。だがMIKОは『いいえ』と否定した。

『私の予言は、テオロクルム、もしくはリムス全体の危機に関する事になります』

「ということは、つまり」

『はい。この内容は、テオロクルムの危機に関する事に間違いありません。それも、最大級の危険度と判断しました。今回の、アドナによる襲撃以上、と考えてよいでしょう』

 そして、とMIKОは言った。顔はないのに、どうしてか見つめられているような気がした。

『貴女が元の世界に戻る為には、戦いは避けられません。いいえ、逃げても向こうから追ってくることでしょう』

「何でそうなるんですか・・・」

 怒鳴る気力も失い、頭痛がしてきた気がしてこめかみを押さえる。構わずMIKОは続けた。

『全て繋がっているのです。貴女がリムスに現れ、歩いてきた軌跡、戦いの全ては、少しずつリムスに影響を与えていたのです。無関係と思われていた点と点は線でつながり、リムスの結末を描きました』

 インフェルナムとの戦いは、やがてカリュプスという大国を亡ぼす要因となった。

 プルウィクスの王女との逃避行は、後の十三国同盟に影響を与えた。

 そして今回、アドナの襲撃は、リムス中を巻き込んだ戦いを引き起こそうとしている。

『過ちを正す者とは、間違った世界を正す者、という意味ではありません。その者の軌跡が世界をかき回し、影響を与え、世界の流れ、歩むべき方向を決めて先導し、あやふやな未来にある複数の変革期、ターニングポイントを確定させ『未来』を『今』に引き寄せる事象の観測者の事です。わかりやすく言うなら、時代を進めるトリックスターです』

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