第387話 ボカ〇やないかい

 螺旋状の緩やかな階段を下っていく。かれこれ数分ほど段を降り続けているが、まだ下の階に到着しない。緩やかな階段とはいえ、かなりの高さを下っていることになる。

 また不思議なのはこの壁だ。テオロクルム城の建築材料は主に石材やレンガだ。だが、この螺旋階段の壁は妙な光沢を放ち、質感はツルツルしている。明らかに現行リムスの技術では作れないオーパーツだった。

 もしかすると、この螺旋階段を隠すために、テオロクルム城が建設されたのかもしれない。

 長い階段がようやく終わった。私たちが到着したのを見計らったように壁面に取り付けられたランタンが点灯した。正面に通路が伸びていて、ランタンは道標のように通路の奥へと続いている。

「こっちだ」

 プロペーが先行して通路を進んでいく。その後を私、カルタイが続く。ここに入るのを許可されたのはアスカロンの中では私だけだった。出来ればプラエたちにも同行してもらいたかったが、巫女が許可したのは私だけらしい。

 プラエは羨ましがったが、他の面々は一様にほっとした顔をしていた。巫女の正体を少しでも口外すれば殺され、知っているとばれれば他の国の諜報機関に拉致されて拷問されるレベルの国の最重要機密なんて、我が身のためにも知らないままでいたかった。

「着いたぞ」

 通路最奥に辿り着いた。奇妙な部屋だった。奥行きはあまりない。一メートルほどか。代わりに横幅は五、六メートルほどある。高さは三メートルほどだろうか。テレビで見た、ウォークインクローゼットみたいな横長の部屋だ。ただ壁に並んでいるのは衣類ではなく、代わりに何らかの配管が規則的に並んでいる。それらの配管は壁の中央にある透明のガラスケースに繋がっていた。ガラスケースの下に、少し出っ張った場所がある。何らかの入力端末だろうか。配管と相まって、パイプオルガンのようにも見える。

「ここが、巫女のいる部屋なのですか?」

 部屋の中をぐるりと見渡してから、プロペーに問いかけた。異質な壁が目の前にあるものの、人が生活しているような形跡がない。私たち以外に人がいる気配もない。プロペーは予言の巫女がいる場所に案内する、と言って私をここに連れてきたはずなのだが。

「誰も、いないじゃないですか」

「いいや、巫女はいる。君の目の前にね」

 プロペーはそう言って、私をガラスケースの前に立たせた。

「連れてきたぞ」

 プロペーが虚空に向かって告げる。

『ありがとう、プロペー』

 透き通った女性の声がして、ガラスケースの中に、細い光の線が浮かんだ。声がするたびに線が周波数のようにくねくねと上下に曲がっている。

『初めまして、傭兵団アスカロン団長、アカリ』

 まじまじとガラスケースを見つめる。

「もしかして、巫女って」

 はい、と線が声と連動して動いた。

『全域観測機能付き自動生成仮想詩人『MIKО』です』

 私は眉間を揉んだ。言葉が耳から入ったはずだが、頭がそれを理解しようとしていない。

「全域、観測機能、・・・詩人?」

『全域観測機能付き自動生成仮想詩人です。リムス全域の情報を取り込み、その情報から確度の高い未来予測演算を行う機能があります。本来は文化、風習を記録、学習し新たな作品を生成する人工知能です』

 なぜ作品を自動生成する人工知能に未来予測演算機能をトッピングしたのかはさておき。本当に人工知能なのかと疑うレベルだ。後ろで誰かがアテレコしていると言われても信じるだろう。人と話しているのかと錯覚するほどよどみのないスムーズな受け答えに驚く。

「詩人、というのは?」

『これまで生成した作品の多くが詩や曲でしたので、詩人だろう、と開発者が。MIKОは雅号だそうです』

「もしかして、歌とか歌えたり?」

『得意分野です。七オクターブの声を使い分け、オーケストラでもソロでも伴奏可能、ハーモニー、ボイスパーカッションも出来ます」

 どうしてかわからないが、過去の記憶から頭の中で長ネギを持った女性キャラクターが浮かんだ。

「それで、私を呼んだ理由は何でしょう?」

 深く考えるのは止めた。多分、理由を答えられる人間は遥か過去の存在だろうから。今は、何故MIKОが私を呼んだのか、その理由を知ることが先決だ。

『今回のアドナ襲撃を情報パラメーターとして取り込んだところ、新たな予言が生成されました』

 ガラスの下にある少し出っ張ったところから、A4位の大きさの用紙が出てきた。以前プロペーが持っていた、予言の書かれた紙と同じものだ。

 

 鳥が散布した災厄、あらゆる場所で芽吹く。

 諍いが巷に溢れ、疑心がこの世を満たす。

 釣り糸の先にあるのは欲望と恐怖。

 喰いついた人々は頭を奪われ、体は踊る。

 糸を手繰るは神の御手。御手が成すは終わりの始まり。


「これは?」

 紙に書かれた文字を目で追いながらMIKОに尋ねる。

『これから起こる可能性の高い、リムスの危機に関する予言です』

 どうして予言なんだ。ここにいるんだから、普通に直接喋ってくれればいいではないか。ほぼ人と話しているのと変わらないくらい、スムーズな受け答えをする人工知能なのに。そう問いただすと、申し訳ありません、と謝罪をされた。

『メイン機能は詩人ですので、どうしても詩的な表現でしか出力できないのです。解釈の補助は多少可能ですが、私自身に制限がかかっているため完全な解読することはできません。開発者は、詩的な表現であれば関係者以外には解読、解釈できないのではないか、と情報漏洩の事を考えて機能をミックスさせたのだと思います。多分』

「多分?」

 随分と人間の様な曖昧な表現を使うじゃないか。

『その、開発者は、かなり変わった方だったので。その方が面白いから、という理由で私に制限をかけたりした可能性も、捨てきれないのです』

 脳裏に知り合いの顔が浮かぶ。まさか、人工知能と共感できる日が来るとは思わなかった。古今東西、技術者の精神と性格は似たようなものになるのだ。

「この予言を見るに、リムスが再び戦乱の時代に突入する、という事だろうか?」

 用紙を覗き見たカルタイが言った。彼の言う通り、『諍いが巷に溢れ』という文言はそう解釈できる。

「アドナの出現が、リムス中に大きな影響を与えたのは間違いない」

 プロペーが同意した。

「たった一機で山を消し飛ばす火力と、疲れ知らずの化け物の軍勢を操る能力。アドナは落ちたが、他にもまだあるのでは、と考える輩は必ず出てくる。それらを手中に収めれば大陸を統一できると欲望を持つ者がな。逆に、そういう連中にアドナが所有されるのを恐れ、そうなる前に滅ぼしてしまおうと考える者もいるだろう」

 『釣り糸にあるのは欲望と恐怖』という文を指差しながらプロペーが解釈する。ならば『喰いついた人々は頭を奪われ』というのは、欲望と恐怖で疑心暗鬼になった国は冷静な判断ができなくなるという意味かもしれない。だが、『体は踊る』というのは何だろう。

『それは、次の文にかかっていると思われます』

 MIKОが答えた。ここは助言できる可能な範囲だったらしい。私たち三人は最後の文に目を通す。


 糸を手繰るは神の御手。御手が成すは終わりの始まり。


「欲望と恐怖に取りつかれた人間は、糸によって操られている、という解釈か。そして、その糸を手繰るのが」

「神、だとでもいうのか?」

 プロペーの解釈に、カルタイが疑念を持った。私もだ。裏で糸を引いているのが神様だなんて考えられない。何かの比喩だろう。マルティヌスも神を名乗っていたし、そういう、神を名乗る奴が他にもいて、裏で戦いを操っている、と考えるのが自然だ。プロペーもカルタイも私の解釈に同意した。

「神もどきが何者であれ、そいつの自由にさせたらリムスが終わる、ということだな」

 プロペーが締めくくった。この予言から読み取れるのはそういう未来の可能性だ。ただ、なぜ私がここに呼ばれたのかの答えはまだ出てない。

『お待ちください。今、アンサーソングを出力するので』

 MIKОが言い、新たな用紙が出てきた。予言には生き残るための助言も同時に与えられると以前プロペーが言っていたが、助言ってアンサーソング扱いなのか・・・。


 過ちを正す者、業火と共に暁の空を舞う。

 先見えぬ暗闇の中、過去が未来への道を拓く。

 灯火、生きとし生けるものの道標とならん。

 

 これが、あなたを呼んだ理由です。ガラスケースの中の線が揺れる。

『リムスの危機に、高確率で貴女が関わってくるからですよ』

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