第386話 暇を持て余した王たちの戯れ

「冗談でしょう?」

 可能な限り感情を押さえて言ったつもりだが、どう聞いても非難を多分に含んだ言い方になってしまった。

「これが、今回の報酬?」

 机に用意された物を見て、報酬を出してくれた本人たち、テオロクルム王プロペーとカステルム王カルタイを見比べて、もう一度机の上を見た。私の他、テオロクルム城の謁見の間にはムト、ジュール、プラエ、イーナ、ボブがいた。他の団員たちは消耗が激しく、宿で休んでもらっている。ここにいる皆も疲労の色が濃いが、交渉ごとに慣れている為に同席してもらっていた。その彼らも、困惑した表情で報酬を見ている。

「これでも、かなり頑張った方だと思うのですけど。命がけで遺跡に潜り、空まで飛んだんですけどね」

 机にある報酬を手に取る。

「金貨一枚って、あまりにひどすぎませんか?」

「妥当な額だ」

 プロぺーが涼しい顔で言った。その様子に腹が立つ。これまでも報酬を踏み倒そうとしたり、値引きを要求してきた連中はいた。そのどれもが傭兵を見下すような連中だった。プロペーたちは、そういう輩とは違うと思っていた。正当に評価し、功績には見合った褒章を用意する人間だと。

 自分の見る目のなさや、これだけ頑張ってくれたのに団員たちに報酬を支払えないという情けなさがこみ上げてくる。しかし泣くわけにはいかない。ここで必要なのは突っ張る度胸だ。たとえ王侯貴族であろうと、命がけで働いた私たちに見合った誠意をしめしてもらう。

「妥当だという理由を聞きたいですね。私たちが命がけで働いた報酬が、金貨一枚だという理由を。私たちはテオロクルム滅亡を回避するために尽力いたしました。もちろん貴国やカステルムの軍の尽力もあったでしょうが、我々もそれに劣らない働きをしたと自信をもって言えます。その我々の働きが金貨一枚で釣り合うわけないでしょう?」

「勘違いしてもらっては困るな」

 答えたのはプロペーではなく、カルタイの方だった。

「君たちの働きは評価している。噂通り、いや、噂以上の戦いぶりだ。流石は音に聞こえしアスカロン。獅子奮迅、八面六臂の大活躍だった。それは俺も、プロペーも認めている」

「でしたら!」

「まあ、待て」

 前のめりになった私を、カルタイは手で制した。

「その前にだ。君たちはラケルナの修繕費用を知っているか?」

「はい?」

「ラケルナが、使用後にメンテナンスをすることは知っているな?」

「ええ」

「通常のメンテナンスは、一体につき金貨百枚だ。しかも、定期的に行わなければならないから、最低でも月に一度、十体で千枚、一年で一万二千枚かかっていた」

 通常の、という言葉が妙に引っかかる。では、もしかして今回は、通常、ではない?

「そして今回、大切な操縦士が亡くなり、ラケルナ一体が大破した。操縦士は、君たちの報告から家族を人質に取られていたと解釈し、家族への咎めは無し。除籍処分はせず、軍籍のまま二階級特進、国の英霊として奉られることになる」

 プラエがほっと胸を撫でおろしたのがわかった。オルディの最後を看取り、遺言をカルタイに届けたのが彼女だったからだ。

「悲しいことだが、次の事も考えなければならない。大破したラケルナを修繕するのに、金貨一万枚でも足りない。また、次の操縦士を育成するのに時間とこれまた費用が掛かる」

「ええと、大変なことはわかるのですが、私たちに責任はないのでは」

「これに関してはな?」

 カルタイが鋭い視線を私たちに向けた。

「アドナを撃ち落とした際に使用した、連結式魔力補填アルクスモードの使用によって内部に強い負荷がかかり、故障したラケルナ九体についての報告だ。うち、小破が五体、中破が三体、俺の愛機が大破、中身をごっそり入れ替えないといけないらしい。軽く見積もって、金貨十万枚でも足りんのだ。ちなみにこの修繕費だが、ラケルナをどこの誰のために使ったかで請求先が変わる。今回はテオロクルム防衛の為に使ったから、通常であればテオロクルムに請求が行く」

 カルタイは指でひらひらと紙をもてあそんだ。あれが請求書のようだ。請求書がプロペーの前に置かれる、その一歩手前でカルタイの手がプロペーによって阻まれる。

「私は、そこで待ったをかけた。防御形態のスクトゥムモードなら、ここまで破損しなかった、というのが修理を担当するうちの魔術師たちの話でな。・・・そういえば、わざわざアルクスモードでアドナを撃ち落とさなくても、アドナを制圧できた、という噂を聞いたのだが」

 冷たい汗が背中を伝った。どこから情報が漏れた?

「そんな噂を聞いた以上、確認しなければならない。傭兵団アスカロン団長アカリ。正直に答えてもらう。嘘をつけば、君は報酬どころか国家反逆罪に問われることになる。後、私は治療する魔道具を使うからか、人の反応を敏感に察知することができる。つまり、嘘を見抜くことが得意だ」

 するすると私の首と名のつく肌の露出した箇所に、プロペーの魔道具から糸が伸びてきて巻き付いた。この糸、元は傷口を塞ぐ軟膏だ。軟膏を彼の魔道具にセットすると、魔力で糸のように伸ばし、必要最小限塗布することで軟膏を節約したり、糸を体に挿入し、内側から傷を塞ぐことも、開きやすい傷口を縫合することも出来る。縫合糸は本人の魔力で形を保ち続け、傷口が結合し完治すると糸は自然と消える優れものだ。その糸を今度はうそ発見器として使う事が出来るというのか。応用の幅が広すぎないか。

「では質問だ。アルクスを発射しなくても、アドナは制圧できたのか?」

 心の中で二人の自分が争う。

 これはブラフだ。確かに相手は一つの魔道具を応用して様々な効果を発揮する、魔法使いと呼ばれる人間だが、医療用の魔道具とうそ発見器なんて全く別物だ。応用できるのは類似したものだけに決まっている。

 いいや、あるかもしれない。この巻き付いた糸は私の脈拍や発汗、微表情を読み取ろうとしているのだ。傷口を縫合する繊細な作業をするのだから、ちょっとした反応を読み取れるというのは嘘ではないのではないか。

 だが、ここで借金を背負うのか。金貨十万枚など払えるわけがない。賭けるしかない。でないと一生飼い殺しだぞ。

 いや、ここで嘘をつき、二人の王の信頼を損ねる方が十万枚の借金より恐ろしい。疲れ切った私たちをひねり潰すことなど、彼らにとって朝飯前だ。

 二人の自分が心の中で争っている時、ふと視界にプラエが入った。彼女の方を見る。彼女はてへっ、と可愛く微笑んだ。

 心の中の自分たちと私の気持ちは一致した。

 借金を背負わされたら、あいつを置いて逃げよう。

「制圧出来た、可能性があります」

 ああ、と後ろでムトたちが額に手を当てて天を仰いだ。

「正直でよろしい」

 プロペーが私から糸を解いた。

「この修理費を君たちに請求するのが妥当ということだな。ただまあ、精強な傭兵団とはいえ金貨十万枚を支払う能力はあるまい。なので我々は事前に協議していた結果、今回の報酬と相殺することで手打ちにすることにした。まぎれもなく、君たちは救国の英雄だからな。十万枚以上の活躍はしたとも」

 足腰から力が抜け、その場に膝から崩れ落ちた。

 借金を背負わされなくてほっとしたからか。

 最初から手打ちの内容が決まっている中で、もし嘘をついていたらどうなっていたか、という恐怖からか。

「うーん、これは仕方ないわよね。カステルムの国宝ラケルナ壊しちゃったんだからね。法外な弁償金吹っ掛けられないだけましよね」

 全ての元凶が、四つん這いになっている私の肩を気安く叩いた。

 私たちの視線が、彼女に集まった。何も気づいてないふりをしている彼女は笑顔で小首を傾げている。

「うん、でも生き残ったんだから傭兵としては正解よね。名誉の死より明日の生ってね。さ、切り替えていきましょう!」

「きょぇええええええええええ!」

 もう何か感情がぐちゃぐちゃになって彼女の腰辺りにタックルをかました。二人一緒に床に倒れる。

「何よ、私が悪いっての?!」

「あなた以外の誰が悪いんですか!」

「助けてやったんじゃない!」

「助け方ってもんがあるでしょうよ!」

 互いの顔を引っ張ったりつねったりこねたりする。

「二人ともやめてください! ジュールさん、手伝って!」

「はいはい落ち着いてね二人とも。俺もへとへとなんだからね」

 ムトとジュールが割って入る。荒く息を吐きながら睨み合う私たちを見ていたプロペーたちが、ぷっと吹き出した。

「冗談だよ」

「冗、談?」

 おいばらすなよ、とカルタイがむくれた。もう充分からかっただろう、とプロペーが応じている。

「ああ、冗談だ。本当はきちんと報酬を用意している。戦果に報いる正当な報酬を払わないと、後々に困るのは依頼主である我々だからな。だが、ラケルナが破損したのもまた事実だ。そちらの魔術師から新しい技術がもたらされて喜ばしい半面、そのせいで故障したので修繕費とこう、やり場のない心のもやもやがカルタイに募ったわけだ」

 視線をカルタイに向ける。彼はフン、と鼻を荒く鳴らした。

「こっちは虎の子のラケルナ全部破損したんだ。その元凶たちに少し嫌がらせをしたくもなる」

「その割には、嬉々として魔力充填率を数えてたそうじゃないか。そもそも、最後の引き金を引いたのは君だろう?」

「ラケルナに乗ると体が戦いに特化して、興奮状態になるんだよ。知っているだろう。というかだな、誰の国の助太刀に来たと思ってるんだ」

「わかってるさ。心の底から感謝しているとも。だから、貴重な魔術媒体も提供しているし、魔術師たちにも修理を最優先でと厳命している。まあ、彼らは早く新しい技術を組み込みたいから、率先してやるだろうけど」

 とまあ、そういうわけだよ。プロペーがにっこりと笑ってこっちを向いた。

「ちょっとした、王の戯れに付き合ってもらったわけだ。安心したかな?」

 こちらはストレスで吐きそうだが。答えなくても気持ちは充分に伝わったのだろう、プロペーは苦笑した。

「そう拗ねるな。報酬は用意しているといっただろう。それに、君にはもう一つ、報酬がある」

「もう一つの報酬?」

「予言の巫女が、君に会いたがっている。君の目的について、話があるそうだ」

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