第383話 神の鳥、落ちる

「災厄を断つ剣、だと。神の鳥を落とす、だと」

 わなわなとマルティヌスが拳を震わせる。

「いい気になるなよ小娘ぇ! 地を這う虫けらが、一体どうやって大空を支配する鳥に勝つというのだ!」

 奴のいう事はもっともだ。私たちのように潜入する以外に、アドナを破壊する方法を思いつかない。空中から好き放題に主砲を打たれて防戦一方になる。

 だが、画面上のプラエは不敵に笑った。

『これだから自分の頭で考えない、想像力の足りない奴は手に負えないのよね。その技術が、自分たちしか知らない、使えないなどと、どうして豪語できるのか理解に苦しむわ。良い事を教えてあげる。基本、人間が出来ることは、他の人間も出来るものよ。たとえ古代の文明だろうが、資料があり、材料があり、この私がいれば真似できないわけないでしょうが』

 興奮しながらまくしたてるプラエを見て、私の背中を悪寒が全力疾走で駆けまわる。

「な、なあ、団長」

 ジュールが少し青ざめた顔で、私に声をかけた。先ほどまで一番喜んでいたはずの彼の変貌ぶりに、私は自分の勘が間違っていないことを確信した。彼の隣では、ゲオーロが震えていた。

「これ、まずくないか」

「ジュールさんも、そう思います?」

「ああ。あいつがあの目つきの時、ろくな目に遭ってない。新開発の薬の実験台にされたり、爆弾を体に巻き付けられたりした記憶がある」

「私は新しい魔道具のテストに二十七時間くらい不眠不休で付き合わされたり、爆発に巻き込まれたりしました」

 そんな私たち以上に魔道具開発で巻き込まれているであろうゲオーロは声も出せない状態だった。トラウマになっているようだ。私たちは、ゆっくりとモニターに視線を戻す。大画面に映る女を観察する。

 少し上気した顔。ギンギンに見開かれ、血走った目。下がらない口角。内に秘めるは冷静と情熱と狂気。

 あれは、新しい魔道具を試してみたくて仕方がない顔だ。それは、アドナの砲撃を防いだ物、だけではないだろう、あの口ぶりなら。

 何かよくわからないが嫌な予感が止まらない。もし警鐘が形を成して目の前にあったら、連打され過ぎて割れるだろう。

「大口を叩きやがって、出来るものならやって見せろ!」

 怒鳴ったマルティヌスの方を思わず見る。止めろ、それ以上挑発、もとい言質を取らせるな。魔道具を使わざるを得ない状況を提供するんじゃない!

「一度防いだからと言っていい気になるな。もう一度、いや、何度でも主砲を打ち込んでやる!」

 マルティヌスが先ほどと同じように手元のスイッチを何度も押す。しかし、主砲はいつまで経っても発射されない。代わりにサブモニターの一つにタイマーが表示される。時間は十分。

「何故だ。何故発射されん?!」

『は、呆れるわ。命綱である主砲の使用方法すら把握してないの?』

 心底馬鹿にした言い方でプラエが言った。

『あれだけの威力の砲撃、たとえアドナでも連発はできないわ。チャージ時間が必要に決まってるじゃない』

「だ、だから何だ。時間があれば解決できる問題だ。後十分経てば撃てる。その時が貴様らの終わりだ」

 後十分も私たちが放置するわけないだろう、と声を発する前に。彼女は少し困ったような顔で言った。

『それは困ったわ。そんなことをされたら、今度こそテオロクルムが滅びちゃう。だから、これは、仕方のない処置よね。テオロクルムを守るためだから』

 凶悪で、冷徹な笑みを、彼女は浮かべた。終わった、と私たちは絶望した。

『これより、スクトゥムモードからアルクスモードへ移行します』

 彼女の後ろが騒がしくなった。作業員らしき兵士たちがせわしなく走り回っている。

『エネルギーライン確保、八体のラケルナ、および改良型ラップのデバイスと配線を中央のラケルナへ直結』

 彼女の足元にあるラケルナに、作業員たちが配線をつないでいく。

『アルクスモード、起動』

 中央のラケルナの開いた口から、杭が飛び出した。伸びきった杭は先端から九つに分かれる。細くなった中央部を残して、残りの八本は傘の骨のように広がった。広がった骨の先端が、丁度周囲のラケルナの方向を向いている。赤い傘が広がったようだ。

『アイゼン、ロック。主砲の固定、確認。魔力充填開始』

 周囲八体のラケルナの口元の光点が更に輝きを増し、その光が中央のラケルナに集まっていく。

『目標、巨大戦艦アドナ』

 目標、と彼女は言った。ラケルナの首が動き、杭の先端がこちらに向くように微調整した。

『ちょっと待ってくださぁ~い!』

 音声通信と画面に誰かが入り込む。プラエの顔が下を向く。その方向には小柄な女性が膝に手を置いて、息を切らせて立っていた。

『どうしたのティゲル』

『ぷ、プラエさ~ん。あの中には~、団長やゲオーロ君たちが潜入しているんです~。多分、あともう少しで~、アドナを制圧できるんじゃないかな~、と』

『出来なかったら?』

『へ?』

『私はあの子たちの実力を疑ったりはしない。けれど、もし、アドナの主砲が放たれるのに間に合わなかったら? 次は防げないかもしれないわよね。だって後十分しかないし』

『そ、それは、そうなんですがぁ~』

『もしそんなことになったら、あの子たちだって悲しむわ。この美しいテオロクルムを守るために戦ってきたんだから。それが損なわれることを、あの子たちは望まない。だから、ここで愁いを断ってあげるの。なんせ後十分しかないもんね』

『で、でもでも~、そんなことしたら、皆の命も断たれるんじゃ~』

『大丈夫。きっと今、この通信を聞いてるはずだから。聡明なアカリたちなら、無事脱出してくれるでしょう。なぜなら、私はあの子たちの実力を疑ってないから。それに、後十分しかないから!!』

『い、言ってることが無茶苦茶では~?』

 ティゲルを丸めこむプラエ。きっと彼女の顔には、早く試させろ、と文字がでかでかと書いているに違いない。そのためなら、詭弁を弄してティゲルを言い含めることに、良心の呵責を感じることなどない。

『まあ、大丈夫よ。狙いはアドナの機関部。出力を調整すれば、その一点のみを破壊することができる。おそらく既に指令室に辿り着いているアカリたちを巻き込む心配はないわ』

 ・・・ん、今、何て言った? なんで、私たちがここにたどり着いていることに気づいている? なのに、なんで撃とうとしてらっしゃって?

『魔力充填率百パーセント! 撃てるぞ!』

 私の疑問を掻き消すように、ラケルナからカルタイの声が響いた。プラエがアドナを見据え、人差し指を突き付ける。

『終わりにしましょう。魔力圧縮滅却砲アルクス、発射』

 赤き地上の星が瞬く。星の輝きは一直線にアドナへと延び、そして貫いた。

 アドナがガクン、と大きく揺れる。次いでアラート音が反響し、赤いランプが室内で明滅する。大きな揺れは一度だけだが、細かな揺れは止まらない。

『警告、警告。機関部に深刻なダメージが発生。出力九十パーセント低下。艦の浮力を維持できません。後五分で、墜落します』

「やりやがった! やりやがったなあんちくしょう!」

 ジュールが叫んだ。

「なんて自分の欲求に素直な女だ! 俺たちがまもなくここを制圧できるとわかってて撃ちやがった!」

「だからですよ!」

 さっきの疑問が氷解した。

「私たちが制圧したら、せっかくの新兵器を試す機会がないからです!」

「確信犯かよ!」

「二人とも、そんなこと言ってる場合じゃないですよね!」

 ムトが叫んだ。私は頷き、号令を出す。

「脱出するわ! 急いでラルスまで走って! 絶対無事に戻ってあの女を海に叩きこんでやる!」

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