第382話 叶わぬ願いを届けるために
「で、何とか海底遺跡から脱出したはいいけど、今度はテオロクルムに帰る手段がない」
「なるほどな」
プラエから、遺跡で何があったのか説明を受けたオルディは、少し思案した後、シンプルな解決策を出した。
「なら、泳ぐしかないな」
「いや、流石に私、体力もたないわよ」
「全部泳ぐ必要はない。途中までは、ラケルナで泳いでいく」
「ラケルナで行くって、こんなに壊れているのに?」
ざっとラケルナの全身を確認する。爆発の衝撃がラケルナの傷をさらに広げ、上半身と下半身が千切れかけている。腕も変な方向に曲がっており、この状況でどうやって泳ぐというのか。
「だが、やるしかあるまい。どんな船でも、漕げば進むし、風が吹けば流れるものだ」
他に方法はなさそうだ。だが、もっと確率と効率を上げたい。そう考えプラエが周囲を見渡していた時。
「ぶへえ!」
近くで、汚い悲鳴が上がった。プラエが視線を向ける。その正体を確認して、彼女はニタ、と嗤った。
浮かんでいたのは、ピラタ軍の海賊の親玉、パッシオ船長だった。
「やあ、パッシオ船長。大丈夫?」
パッシオは立ち泳ぎしながら左右を見渡し、声の主であるプラエを見つけた。
「あ、あんたは、傭兵団の魔術師の」
「プラエよ。よろしくねえ。ところで船長。物は相談なんだけど、陸地に戻るまで協力しない?」
「協力だと?」
「ええ。お互いあのマルティヌスに裏切られた者同士じゃない。あいつに一泡吹かせるために協力しましょう?」
「は、断る」
馬鹿にしたようにパッシオは笑った。
「大方、あんた岸まで泳げねえんだろ。それで俺を利用しようとした。違うか?」
「違わないわ」
あっさりプラエは認めた。
「ふん、足手まといの面倒を見るほど、俺には余裕がない。たとえあんたが絶世の美女でも、俺の命の方が大事なんでな」
悪く思うな、そう言って泳ぎ去ろうとしたパッシオに、プラエは声をかける。
「本当に、良いのかなぁ? このまま戻っても、死ぬだけなのになぁ」
「・・・どういう意味だ?」
泳ぎを辞めて、パッシオがプラエの方を向く。
「いや、よく考えてみなさいよ。あなた、テオロクルムにずっと嫌がらせをしてきたでしょう。そんなあなたがこのまま岸に戻ったら、すぐにテオロクルム軍に拘束されるわよ」
「・・・そんなもん、テオロクルムを通らなきゃ」
「わかってないわ。わかってないわね。たとえテオロクルムから逃れても、今度はピラタに戻れないと思うわよ」
「はぁっ?! なんでそうなるんだよ」
「あなたがマルティヌスに協力していたからよ。遺跡でのあの口ぶりからして、おそらくマルティヌスはリムス中の国に喧嘩を売るわ。まあ当然よね。アドナの性能を確認したけど、まともに戦ったらどこの国でもアドナに勝てない。で、あなたはマルティヌスにそのアドナを渡しちゃった仲間だと思われてる。ピラタは同盟から追及されるでしょうねぇ。なんでそんな馬鹿な真似をしたのかって。こんなとき、国としてはどうすると思う?」
「どう、って?」
「生け贄を差し出すのよ。全ての原因、この状況を作り出した奴を吊るし上げる。こいつが勝手にやったこと。国としては無関係、って感じかな。ピラタは、あなたを守らない。逆に差し出すわ。逃げても、犯人捜しは終わらないでしょう」
「そんな馬鹿な話があるか? 俺は命令に従っただけなんだぞ!」
「その証拠ある? まあ、あっても消滅してるでしょうけどね」
「ど、どうすれば、どうすればいいんだ」
「簡単よ。私に協力すればいい。そうすれば、あなたも騙されていた側だと私が証言する。もちろんそれなりの罰は、テオロクルムから受けるでしょうけど死ぬことはない、はず」
「おい、なんか後半早口と小声で聞こえなかったんだが」
「気にしないで。で、どうするの? 確実に死ぬのと協力するの、どっちがいい?」
「・・・くそ、やるよ。やってやる。その代わり、頼むぞ。擁護してくれよ」
「もちろんよ。取引成立ね」
パッシオがラケルナに近づく。ラケルナの浮いている部分を掴み、バタ足を開始する。少しずつ、ラケルナが進み始めた。
「こちらも合わせて手で水をかくぞ」
オルディが言うと、巨大な腕が海面から飛び出し、水面に手のひらを叩きつけた。不格好な背泳ぎだが、確実に岸に近づいている。プラエも浮いている残骸をオール代わりにして必死で漕いだ。
三人と一体の同舟は長い航海を続けた。ただ、到着予定だった海岸線、砂浜は、レギオーカの大軍が占拠して近づけなかったため、街からかなり離れた場所に予定を変更していた。
「頼みがある」
接岸直前、オルディがプラエに言った。
「カルタイ王に、妻と息子の助命の嘆願を。此度の事は、全て俺一人の責任であり、家族には何一つ罪はないと伝えてもらえないか」
「そんなこと、自分で頼みなさいよ。自分のケツは、自分で拭いて」
「そうしたいのはやまやまなのだが、すまん、もう、もたない」
「え?」
プラエがコックピットを覗き込むと、そこには変わり果てたオルディの姿があった。二十代ほどだった顔には深い皺があり、髪も白く染まっていた。服の袖から見える腕はやせ細り、軍服がだぶついている。
「どういう、こと? なんで?」
「言っただろう。俺はラケルナの部品なのだ。もうすぐ、ラケルナが機能停止する。ラケルナが壊れれば、俺も自分の命を失う」
「冗談きついわ。使用者の命を奪う魔道具なんて」
「そうなる前に、テオロクルムでメンテナンスを行い、操縦士は体力と魔力を回復するために降りるのだが、今回はそれが出来なかった」
「なんでそれを言わないのよ。無理して稼働してたってことじゃない!」
「急ぐ必要があったからな。それに、どのみち降りた瞬間、俺は死ぬ。この状態だからな」
「だからって、こんな、こんなのないわよ」
「貴女が悲しむことはない。自業自得だ。私欲に走り、マルティヌスに騙され、忠義を尽くすべきカステルムを裏切った、愚かな男の末路だ」
ああ、でも、もしも叶うならば。息も絶え絶えに、オルディはか細い声で願った。
「もう一度、妻のごはんが、特製トルティーヤが食べたかった。息子の元気な姿を、一目」
声が途絶えた。ラケルナの腕が水面に落ち、しかしもう一度浮上することはなかった。
「オルディ少佐。少佐!」
プラエの呼びかけに、応える者はいない。
「くそ、そんな仕事まで、私に押し付けるの?」
「お、おい、どうした」
パッシオが戸惑うのも構わず、上等じゃない、とプラエは誓う。
「やってやるわよ。テオロクルムを守って、アドナをぶっ潰して、マルティヌスをボコボコにして、あなたの願いを王に届けて家族に最後の言葉を伝える。それだけでしょ。はん、楽勝じゃない」
ラケルナから海に飛び込む。岸はもう間もなくだった。
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