第379話 地獄で会おうぜ、ベイビー

 トスナーの視界は三百六十度。加えてアドナに設置されている監視カメラと連動することで、離れた場所、本体の視界に入らない場所でも視認することができる。

 現在確認できている敵性存在は五体。

 正面に一体。機動性が高く、こちらの攻撃を巧みに避け続けている個体。

 左右に二体ずつ。先ほどトスナーを拘束した個体と、その個体をフォローしている別の個体。

 トスナーは床を蹴った。アドナが揺れるほど足を叩きつけ、その反動で重量のある体を弾ませながら、正面の個体に迫る。

 正面の個体の腕が伸びる。先ほどから、伸縮性のある腕を駆使してこちらから距離を取る動きをしている。このままだとまた距離を取られてしまう。

 トスナーはそれを先読みした。敵が腕を伸ばした方向に、持っていた斧を投擲した。斧は敵が掴もうとしていた格納庫内にある支柱に命中し、そのままねじ切った。

 理想としては、敵の腕ごとねじ切ってしまえればよかったのだが、こちらの動きを察知したか、寸前で掴むのを止め、元に戻している。だが、これで次の逃げるための一手が遅れる。トスナーにとってはそれで充分だ。

 再び敵個体に肉薄する。斧を手放しても、まだ剣と槍、メイスを所持している。合わせてレーザーの準備も行う。今度こそ仕留める為に、トスナーは持ちうる全ての兵器を敵に向けた。

「大盤振る舞いね」

 面前で死を待つだけの個体が呟いた。トスナーに顔の表情認識機能があれば、相手が笑ったと判断しただろう。笑うということは、そこに何か考えや企みがあるという事だと勘ぐって、警戒したかもしれない。

 ただ、トスナーにそんな機能はなかった。敵が、何らかの音を発した。ただそれだけを理解していた。それ以外の情報は不要。敵までの距離、残りわずか。その距離が詰まれば、敵は死ぬのだから。

 小さな物体が目の前に浮いている。敵がこちらに向けて放ったものだ。トスナーの脳内で二つの選択肢が生まれる。回避か、構わず攻撃か。

 トスナーは攻撃を選択した。目の前の小さな物体が、自分に致命的なダメージを与えられる物だとは考えられなかった。ならば回避行動や防御行動を取って敵を逃がすよりも、強引に敵を倒す方が今後のためにも良いと判断したためだ。

 確かに、目の前の物体はトスナーを倒せるような攻撃力を持っていなかった。代わりに、強烈な閃光を放った。正面の映像が白で埋め尽くされる。

 トスナーの首が回転する。強烈なフラッシュによって前面のモニターに不具合が生じたため、サブモニターに切り替える。代わりに正面に来たのは、右後ろ側の顔だ。トスナー自体の視界は、残り二百四十度。

 左側の個体に、動きがあった。監視カメラからの映像では、奴らはこちらの左側が見えなくなったと判断し、動き出したようだ。トスナーは迎撃態勢を取ろうとして、固まる。

 左にいる個体たちは、武器で狙いをつけていた。トスナー本体ではなく、監視カメラに向かってだ。

 乾いた音が何発も響き、格納庫に設置されていた監視カメラの三分の一が破壊された。トスナーの視界が三分の一、これで塞がれた事になる。敵は、こちらの視界を奪おうとしている。

 トスナーは攻撃対象を左側にいる個体に変更する。体の向きを変え、コンテナ裏にいる敵へと襲い掛かろうとした。

 その瞬間を狙っていたか、右側の個体たちも動き出した。おそらく、同じように監視カメラを破壊し、視界を奪おうとするだろう。トスナーは反転、すぐさま右側へと向かおうとする。

「どこへ行こうってんだよ!」

 トスナーの腕に再び鎖が巻き付く。鎖はコンテナと繋がっていて、トスナーはそれ以上右側の敵に近づくことはできない。

「今!」

 敵の合図によって、突如、新たな敵個体が後方に現れた。トスナーの視界から逃れていたということは、何かの中に隠れていたということだろう。

 新手はアドナ後部側にある壁の、レバースイッチを下ろした。途端、振動と共に格納庫の床が傾いていく。同時に強い風が格納庫内に吹き込んできた。

 がくん、とトスナーの体が傾く。強い力で腕が引かれている。回復した正面モニターが捉えたのは、鎖と、それにつながっているコンテナだった。コンテナは、傾いた床を滑って空へと放出されていく。

 トスナーは気づいた。監視カメラを破壊していたのはこちらの視線と意識を誘導するためのミスリード、本命は格納庫を開き、トスナーを外に追い出すのが本命だったのだ。

 今度はトスナーの足に、新たな鎖が巻き付く。その鎖の反対側にはやはり滑っていくコンテナが繋がれていた。

 コンテナの重量に引かれ、トスナーがのけ反り、後退する。コンテナ一つの重さであれば難なく耐えられただろう。しかし、複数のコンテナ、しかも直接繋がっているコンテナだけではなく、コンテナ同士が鎖でつなげられて重さを増している。トスナーの力をもってしても、持ち堪えられるものではなかった。コンテナが一つ落ちるたびに重力による加速が生じて、それがトスナーを更なる力で引きずり込もうと働く。

 トスナーは足掻いた。床に剣を突き立て、槍で鎖をちぎろうとした。

「させるな!」

 敵が総がかりでトスナーの前に現れる。けん制の為に槍やメイスを振るうも、制限された可動域では敵に届かない。

 最初にトスナーに到達した敵が、武器を構えた。短い剣を二本。それを、トスナーの腕に突き刺した。トスナーの腕は高い出力に耐える硬度を有している。人間の力だけでは傷をつけるのも困難なはずだった。だが、敵はいともたやすくトスナーの腕に剣を突き立て、刺した場所からくるりと回転させて腕を切り取った。

 敵の刀身に組み込まれた魔道具が期待通りの能力を発揮している。刀身を包むのは風の膜。魔力を送り込むことで鋭さを増す魔道具だった。

 トスナーは知る由もないが、これこそ若き鍛冶師の欲望と執念が生んだ結果である。

 かつてウェントゥスという風を纏う魔道具があった。しかしその魔道具は戦いの最中失われた。ウェントゥスの装飾と機能に惚れこんでいた鍛冶師は、失われたと聞いて嘆き悲しんだ。もう二度とあの魔道具に触れられないのかと。

 そして、鍛冶師は思いついた。無いのなら、作ればいい。ウェントゥスに変わる、ウェントゥスを超えるものを。ちょうど仲間の若い傭兵も、刃を弾くような硬い敵と遭遇し、今後のためにも鎧や鱗を貫く鋭さを武器に求めていた。優れた武器は、仲間を守る事にもつながる。試行錯誤を何度も繰り返し、ようやく完成したそれが、まさに持ち主の傭兵を守り、敵を貫いた。

 『ウェルテクス』

 ウェントゥスが持っていた刃を伸ばす機能を取っ払い、鋭さと硬度に特化した新たな風の魔道具。

「期待以上だよ、ゲオーロ」

 敵の驚嘆の声が遠のいていく。腕と剣の支えを失ったトスナーは更に後退し、遂に足が空中に投げ出された。かろうじて手で床の段差になっている箇所を掴む。上半身だけ這いつくばった状態だ。

 トスナーが大きく口を開けた。攻撃手段はまだある。レーザーによる砲撃だ。拡散させず、一点に集中した高出力による砲撃なら、たとえ躱されてもアドナを貫き、墜落させることができる。トスナーは、敵を殲滅する、その命令をまだ遂行しようとしていた。

 三つの顔の前に光が集まる。まもなく、アドナごと破壊するレーザーを発射する、その直前。

 トスナーの面前に、武器が突き付けられた。これまでトスナーの攻撃を避け続けた個体だ。トスナーの動きが封じられ、とどめを刺すこのタイミングを計っていたかのようだった。

「アスタ・ラ・ビスタ」

 瞬間、高火力の砲撃がトスナーの顔を吹き飛ばした。

 床を掴んでいた手から力が抜け、トスナーの体は重力に引かれて海へ向かって落ちていく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る