第378話 箱の中身はなんじゃろな

「部屋に望遠鏡?」

 突然通信機からワスティの声が届き、驚いてトスナーへの対処が遅れて危うく死にかけた。彼女らが無事なことにほっと胸をなでおろしたものの、彼女の話は最初何を伝えたいのか要領を得ない世間話から入り、なかなか本題に入らず、イライラが募り始めていた。トスナーの攻撃の隙間を縫って、さっさと本題に入れと怒鳴り、ようやく聞き出せたのは、部屋の天井や壁際に小さな望遠鏡がいくつもある、という情報だった。見渡せば、確かに部屋の四隅と、四方の壁と天井の境目、その真ん中に一つずつ、計八個の望遠鏡が取り付けられている。

『もしかしたら、トスナーは格納庫全体をあれで見ている、ってことありませんか?』

 彼女の情報が、記憶と結びついた。

「なるほど、監視カメラか」

 合点がいった。むしろなぜ今の今まで考えなかったのか不思議なくらいだ。いけないな。リムスに来てからの人生が過去を追い越し始めたせいで、元の世界の知識が今に飲まれかけている。古代文明は元の世界よりも遥かに発達した文明世界だと類推できる。たとえ技術体系が違っても、人間が求めることは、考えることは大差ないはずだ。ならば、元の世界の知識に関連、類似することがあるはず。

 良い教訓を得た。教訓は次に活かしてこそ。だから、ここでは死ねない。

 そのうえで、改めてトスナーを見る。

 奴がジュールやテーバが隠れていたのを発見したのは、透視能力やマキーナと同じサーモグラフィの様な力ではない。おそらく、監視カメラの映像を共有しているせいだ。格納庫内という限定付きだが、全てを把握できる、まさに神の視点を奴は得ている。

 しかし穴もあった。コンテナ内に隠れている二人を見つけられないように、視界に入らなければ見つかる心配はない。

 これらをとっかかりにして、反撃に移りたい。突破口は見つけた。次は、どう討伐方法につなげるか、だ。

『ああ、あともう一つ、司祭さんから伝言が』

「伝言?」

 替わりますね、とごそごそ音がして、男性の声が通信機から聞こえる。

『おい、聞こえるか?』

「聞こえています」

 出来れば早く、と横目でトスナーとの相対距離を計りながら念じる。

『よし、では、私からのありがたい助言をしっかり耳に刻むがいい。そして感涙にむせび泣け。敵の中に長くいたからこそ、この情報を持ち出せたのだ』

 トスナーの口が光った。まずい、レーザーだ。照準はこっちに向けられている。

『おい、ちゃんと聞いているのか? あの化け物をどうにかするための情報なのだぞ? さっさと倒して貰わんと困る。私に何かあったらどうするんだ』

 ファナティの悪態に、答えることができない。現在私は体を大きくのけぞらせ、リンボーダンスのような体勢になっていた。潜ったのは落ちやすい棒ではなく、私の命を落としにかかったトスナーのレーザーだ。横薙ぎに払われたレーザーが、私のへそ上すれすれを通過した。逆さまの視界の中に、壁に焦げ付いた黒い線があった。どばっと嫌な汗が噴き出る。絶対二度目はない奇跡の避け方だ。

『おい、ちゃんと聞いているのか? こっちは見つかるリスクを犯しながらお前に離しかけているんだぞ』

 それが見つかっている人間に対する言葉だろうか。リスクどころか現在進行形で命の危機なんだが。怒りが疲労を押さえ込み、体を動かす。万歳の体勢でアレーナを伸ばし、一気に縮めて体を引っ張った。トスナーの追撃から自分を逃がし、ファナティに話を続けるよう促す。

「いいから、さっさと言え」

 我ながらとても低い、ドスの利いた声が出た。

『お、おお。聞いていたか。ならばいいのだ』

 いいか、とファナティは前置きして、敵から得た情報を話す。

『この格納庫は、外部から物資等を搬入する際に床が開く仕組みになっている』

「床が?」

『ああ、そうだ。マルティヌスたちは、この戦いの後降伏したテオロクルムから物資を略奪するつもりだった。その際、大量の物資をどうやって運び込むか、という話になり、その時見つけたのが格納庫の仕組みだ。確か、アドナ着陸時に後部側の床が開いて、そのままアドナと外部をつなぐ斜面のようになるはずだ』

 考えてみれば当たり前の話だ。この場にあるコンテナや、時にレギオーカも運ぶことになるアドナに、人間しか通れないような狭い入口だけなんてありえない。運び込む距離、労力を最小限に押さえるため、直接格納庫に荷物を運び込む合理的な作りになっている。映画で見た、輸送機の後部ハッチが開くような感じだろうか。傾斜が生まれるなら、それも利用できそうだ。

 腹は立つが、ファナティからの情報は有益だった。

 床を注視する。見れば、床に隙間が存在した。隙間はかなり長く、格納庫の三分の一ほどを区切っている。あそこが開く部分だろう。

「それで、格納庫はどうやれば開くの?」

『どこかに開閉スイッチがあるはずだ。おそらく、開く床部分の近くに、手動のレバーがある』

 床から壁へと視線を移動させる。後部側の壁の中央にレバー型のスイッチがあった。レバーは今上を向いている。あれを下におろせば、格納庫が開くのだろう。

 開く床、神の視点の穴。

 この二つを現在所持している武器と組み合わせて作戦を立てていく。

「全員、現在位置を教えて」

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