第375話 アドナの守護神

「また閉じられてる」

 ワスティが少しムッとした様子で目の前の扉を小突いた。

「さっき逃げてきたときはこんなのなかったのに」

「道が違うんじゃないのか?」

 テーバがそう言うと、ワスティは口を膨らませた。

「私がそんな初歩的な失敗するわけないじゃないですか」

 指令室から先ほどの脱出口までは、ほぼ一直線だったと彼女は言った。ここにいる間、隙を見て通路を歩き、アドナの通路を網羅していた、と。彼女ほどのスパイが道を間違うとは考えづらい。

「彼女の言っていることは正しい」

 意外なところからワスティに助け船が出た。

「確かに先ほど、逃げるときにこの道を通った。間違いない」

「ほら、司祭もそう言ってるでしょ」

 ふふん、と彼女が胸を張った。

「おそらくだが、これは連中の妨害だな。私も資料でしか見てないが、アドナの内部は、事故などによる火災が他の場所に回らないように細かく扉で区切れるように出来ている、らしい。おそらくそれを、我々の足止めに使っているのだ」

「扉を開けることは可能ですか?」

 尋ねると、ちょっと待っててくれ、とファナティが扉の周辺を探り出した。

「あった、これだ。確か、目と手でアドナの乗員であることを承認するタイプだ。念のために私の情報をアドナに登録しておいて正解だった。この時も、時間がかかりすぎてマルティヌスに睨まれ、殺されるかもしれないという恐怖と戦いながら工作していたんだぞ」

「ええ、流石はファナティ司祭です」

 ちらとムトとゲオーロに視線を送る。彼らは頷いた。敵本陣に近づいているのだ。危険なのに変わりはない。その事実に気づかない、もしくは気づいても気にならないほど、気分よく仕事をしてもらおう。

「よっ、仕事ができる男!」

「やるときゃやる人だと思ってました!」

「だろう、ふはははは!」

 二人のよいしょに上機嫌のファナティが壁に手を当て、顔を近づけている。生体認証なんてものをこの世界で見ることになるとは思わなかった。これで開くかと思いきや。

「おい、開かないぞ」

 ジュールが文句をぶつける。

「む、まさか番号まで入力しなければならないのか」

「二重のロックですか?」

「そのようだ。生体認証後に、暗証番号を求められているな。ちょっと待っておれ」

 数字を入力するもブー、と何度か拒否され、私たちの視線が少し冷ややかになった頃、ようやく扉が開いた。

「どうだ、開いたぞ」

 少し額に汗を滲ませながらファナティが振り返った。

「それは助かるんですが」

 開いた扉の先には、また閉じた扉が待ち構えていた。全員がうんざりして同時にため息をついた。

「この調子だとまずいな」

 ムトがポツリとこぼした。一つの扉を開けるのに時間がかかりすぎる。その間にレギオーカ、もしくはアドナの主砲によってテオロクルムが滅ぼされたら元も子もない。走って扉に近づき、ファナティが解除を試みるも、やはり時間がかかってしまう。

「どうやら連中、暗証番号を扉ごとに変えているようだ」

「番号まではわからないから、総当たり、ということですか?」

「いや、完全に新しい番号を登録するのは無理のはずだ。この扉は私が指令室で確認し、こうしてメモに取っておいた十個あった暗証番号のうちの一つで開いた。その前のは別の番号だ。おそらく、扉ごとにそのどれかを設定しているのだろう」

「地味に面倒ですね。その都度一つ一つを試さないといけない」

 こうしている間にも時間は残酷なほど正確に、誰にとっても平等に減り続けている。

 突然、けたたましいアラート音が鳴り響いた。次いで、警告、と抑揚のない電子音声が流れる。

『警告、通路にて大規模火災が発生したため、通路全体の酸素供給を一時停止します。乗員は速やかに近くの部屋に退避してください』

 何ですと? そんな図書館かSFの宇宙船みたいな火の止め方するのか?

「走って!」

 全員を急かす。くそ、こんな時に限ってボンベがない。

「酸素供給を停止ってどういうことだよ!」

 テーバが走りながら愚痴る。

「この中の空気が無くなるってことですよ!」

「んなもんわかってんだよ。向こうだって空気が無くなったら、まずいんじゃねえのか?!」

「指令室にいるから大丈夫なんでしょう!」

「部屋にいる分には問題ねえってことかよ!」

「そうです! こっちも早く何処かの部屋に移動しないと!」

 そうこう走っているうちにまた閉じた扉に出くわした。

「司祭!」

「わ、わかって、いる」

 ぜえぜえと荒い息を吐きながら、ファナティがもたつきながら認証をクリアする。急いで扉を潜る。

「こ、心なしか、息苦しく、なってきた」

 顔色も悪いファナティが舌を出していた。

「この先が格納庫だったはずです! 一応部屋ですよ!」

 ワスティが叫んだ。彼女が指差す先に、格納庫への扉が見えた。

「司祭、もう少し頑張って!」

「そうは、言っても、だな。足が」

 そう言っている間にもファナティはふらつき、転倒しそうになる。その彼の脇にジュールが腕を差し込んで支えた。

「仕方ねえ。ゲオーロ、担ぐぞ!」

「はい!」

 反対側にゲオーロが回り、二人でファナティの両脇を抱えて扉の前まで運ぶ。ゲオーロがファナティの手をタッチパネルに当て、ジュールが後頭部を押さえつけて無理やり網膜スキャンさせた。後は暗証番号だ。

「え、と、これなら、どうだ」

 ファナティが入力した数字は、幸運にも正解だったらしく、一発で扉が開いた。私たちは格納庫になだれ込む。私たちが通った後、扉はすぐに閉まった。

『火災鎮火中。再度アナウンスがあるまで、扉を開けないでください。終了予定まで、後十五分』

 格納庫内に音声が響く。

「助かったぁ」

 思わずといった風にムトが正直な感想を漏らした。私も、他の面々も同じ気持ちだ。

 格納庫はかなり広く、学校の体育館ほどの広さがあった。高さもあり、それこそレギオーカを十体くらい移送することが出来そうだ。今は幾つかのコンテナが散乱するばかり。

「あの扉の先が居住区で、その更に先に指令室があります」

 ワスティが示すのは、最も大きなコンテナの向こう側だ。

「あと十五分で消火活動が終わります。いつでも突撃できるよう、準備を」

 破裂音が私の言葉を掻き消した。

 扉前に移動しようとした私の真横を、巨大な鉄板が飛んでいった。目の前のコンテナの側面が吹き飛んだのだ。後方でコンテナと壁が衝突して派手な音を立てているが、そちらを振り向くことができない。

「皆、無事?」

 前にいる脅威から視線を離さず、ゆっくり後ずさりしながら安否確認の声をかける。

「一応、全員無事だ」

 テーバが答えた。最悪の事態になっていなくて胸をなでおろす。しかし、これから最悪の事態に突入するのは避けられそうもなかった。

 コンテナの中から、巨大な腕が見えた。一本がコンテナの天井部を掴み、もう一本が床に手をつく。更にもう二本が剣と槍を携え、中国拳法の掌底打のように前に突き出された二本の腕が、コンテナを突き破ったのだ。

 ゆっくりと、巨大な何かがコンテナから姿を現す。頭の上半分は龍、下半分は人の作りで、マキーナやレギオーカと類似している。違うのは、その顔が前と左右、正確には斜め後ろを向いた形で存在している。いわゆる三面六臂、国宝の阿修羅像に似た作りだ。ただ、こいつは悟りを開きそうな顔をしていない。

『気に入ってもらえたかな』

 憎たらしい声が天井のスピーカーから降ってくる。

『ここまで到達できたこと、素直に褒めてやる。たかが人間の分際で、神に逆らうだけの事はある。しかし、その快進撃もここまでだ。貴様らの目の前にいるのは、レギオーカなどとは比べ物にならない力を持ったガーディアン『トスナー』だ』

 ずん、とアドナが揺れる。トスナーの全貌が露わになる。阿修羅の憎悪や怒りは、体現しそうだ。

『悔い改めるがいい。魔女よ。鎮魂の祈りは捧げてやる』

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