第376話 三面六臂

 トスナーがコンテナから出た。武器を持った二本と、何も持っていない四本のうちの二本が背中側に手を回すと、斧とメイスを握って構えた。四刀流らしい。では、残った二本は何をするのかと言うと、答えはすぐに出た。

 空いた二本の手は合掌すると、仏像が組むような印を結んだ。その後に手を少し離して、ろくろを回すような形を作った。手と手の間、指の先から紫電が走り、多面体の様な画像が浮かんだ。何処かで見たような、妙な既視感が頭をよぎる。

「「あ」」

 私とムトが同時に口を開いた。

「全員すぐに隠れて!」

 恐怖と驚愕に縛られていた体を、自分の声で拘束を断ち切った。同じように混乱から立ち直った全員が、近くのコンテナの陰に飛び込んだ。

 格納庫内で光が明滅する。真っ白な直線が壁面に黒い蛇を描く。焦げた臭いや雨の時に臭うようなオゾン臭が室内に充満した。

「こいつも使うのか」

 思わず悪態をついた。マキーナも使った、拡散レーザーだ。マキーナの時は前方に散開しながら逃げていた村人たちの命を無差別に奪っていった。

 しかし、チャンスだ。マキーナは拡散レーザーを撃った後、一時的に動きが停止していた。コンテナの陰から首を出して、相手の様子を確認する。

 目が、合った。

 三面のうちの一つ、右側の顔が、確実に私の姿を捉え、その目を物理的に輝かせた。すぐに首をひっこめる。ファナティがレギオーカに出した指示は探索モード。視界に映らなければ・・・。

 暴風が傍らで吹き荒れる。私が隠れていたコンテナが打ち上げられ、天井に激突した。高々と振り上げられた斧が、ぐるりと刃を下に向ける。

「噓でしょっ?!」

 アレーナを必死に伸ばして鉄柱を掴み、縮めて緊急脱出を試みる。私の居た場所に刃がめり込み、周囲が陥没した。ぐらりとアドナ自体が揺れる。

 斧を力任せに引き抜き、トスナーがこちらを見た。その時にはもう、槍を持った手を後ろに引き絞っている。全身が総毛だつ。

 上を見上げた。貨物室の中を移動するための通路が壁沿いに作られている。アレーナを伸ばして、欄干を掴んだ。喉から悲鳴とも雄叫びともつかない声を上げながら飛び上がる。

 トスナーの前に、奴自身が打ち上げたコンテナが落ちてくる。槍を持っていた腕が霞んだ。完璧なインパクトで、槍がコンテナをスマッシュする。

 少しでもアレーナで逃げるのが遅れていたら、スマッシュで打たれたコンテナの軌道が違っていたら、逃れていてもバウンドでコンテナが跳ねあがったら。様々なもしもが即死の二文字付きで私を絡めとろうとして、命をかすめる。運が良かった。生き残れたのは、本当に、ただその一言に尽きる。

 欄干に掴まった私に、良くない情報ばかりが集まってくる。

 まず奴は、拡散レーザーを撃った位では止まらない。

 レギオーカと違い、見えていない相手でも探し出してくる。レギオーカとは違う命令系統で動いていると考えて良い。

 そしてなにより。

「団長!」

 ムトの声に思考を中断する。彼は無事だったか。

「生きてる! そっちは?!」

「僕と、ゲオーロは無事です!」

 声の方を見れば、二人が顔をのぞかせた。

「テーバさんと、ジュールさん、ワスティに司祭・・・はっ?!」

 トスナーがこちらに迫っていた。立ち幅跳びの要領でこちらにジャンプしたのだ。アタック直前のバレー選手みたいに全身をのけ反らせたトスナーの四本の腕が、叩き潰すボールを求めている。

 奴の間合いに入ってしまう。しかし、私はまだ次の回避行動に移れていない。妙にスローな視界の中、引き絞られた弓の弦が弾かれるように、四本の腕がしなりながら四方向から放たれる。後ろは壁。上下左右に逃げ場がない。

 逃げられない。

 トスナーの両足に、二本の鎖が絡みついた。ビン、と張られた鎖が、奴の飛距離に制限をかける。ぎりぎりまで壁に体を密着させた私の体すれすれを、四つの死が通り過ぎ、欄干を引き千切っていく。トスナーがビタンとうつ伏せで床に叩きつけられる。

「無事かオイ!」

 カテナを抱えたテーバがコンテナとコンテナの隙間から、同じくジュールが少し離れた壁際のコンテナ横から顔を覗かせている。彼らが射出したカテナの鎖が、トスナーを封じたのだ。二人も無事だった。まずそのことに安堵しつつ、礼を述べる。

「助かりました!」

「今のうちにぶち壊すなり逃げるなり」

 テーバの言葉の途中で、トスナーが起き上がる。足に絡まった鎖を掴み、力任せに引っ張る。ビン、と鎖が張った。

「馬鹿が。固定したらドラゴンすら絡めとる鎖だぞ。力任せで引き千切れると」

 そう話すテーバの前で、トスナーが鎖に槍の柄をひっかけ、くるくると回し始めた。鎖は柄に絡まってどんどん巻き付いていく。ギシ、ピシ、と巻き付いている鎖が悲鳴を上げる。

「ちょ、おいおいおいおい。道具使うなんて卑怯だぞ」

「言ってる場合ですか! すぐ逃げて!」

 パァン、と鎖が弾けた。引っ張られていた反動で、鎖が暴れる。うお、と慌てて頭を下げるテーバの頭上を鎖が通過。壁を叩き、ひっかき、耳障りな音を反響させた。

 トスナーは、そのまま片足を無造作に振った。鎖の真ん中がコンテナの角に当たり、直角に曲がる。千切れた鎖の先端が、コンテナの裏側を叩いた。

「なんでぇええええ!」

 ジュールの野太い悲鳴が上がる。這う這うの体でジュールが陰から飛び出して、うつ伏せになって倒れた。そんな彼に向けて、トスナーが再度足を振った。鎖がウェーブしながら襲い掛かる。

「「どああああ!」」

 横から走ってきたムトとゲオーロがへたり込んでいるジュールを抱えて飛ぶ。彼らの居た場所で火花が散り、床が抉れた。間一髪だ。すぐに体勢を立て直し、狙いをつけられないよう三人は陰に隠れる。いつの間にかテーバも身を潜めている。

「やっぱりだ」

 先ほど、もしかしたら、と思っていたトスナーの機能だが、確信が持てた。

 トスナーは陰に隠れていたジュールの居場所がわかっていた。その前は私の居場所もわかっていた。あたりをつけて探し出しているわけじゃない。明確に、そこに私たちがいるとわかっている。

 こうなると、隠れるのは得策ではなくなる。相手はこちらが見えているのに、こちらは相手の動きを確認できない。だから今のように不意を打たれてしまう。

 だが、奴はどうやってこちらを見ている? マキーナはサーモグラフィのような、体温によって人を見つけていた。

 今回のトスナーと私たちの間にはコンテナや鉄柱があった。コンテナが何で出来ているのかは知らないが、鉄や、何らかの合金製ならそれを越えて熱を感知したとは考えにくい。

 ならば透視能力でも持っているのか? ただ、拡散レーザーの一部はコンテナを貫通はしたが、私たちに命中はしていない。見えているなら、命中、もしくは近くをかすめているものではないのか。拡散レーザーによる点ではなく広範囲にわたるランダムな面の攻撃だから狙いをつけられなかったとも考えられるが。

『どうした? さっきまでの威勢は』

 マルティヌスの声が響く。

『物陰に隠れて、トスナーから逃げ惑う事しかできないのか? 貴様らの無様で滑稽な姿を見るのは楽しいが、いささか飽いてきたぞ。愚者は愚者らしく、もっと笑いを誘うように踊ってくれ』

「野郎、見世物じゃねえぞ」

 天井に向かってテーバが吐き捨てる。また、コンテナとコンテナの隙間に身を潜めている。彼の言う通りだ。マルティヌスは、こちらの様子を見ている。『物陰に隠れて』『無様に逃げ惑う』とも言った。

 頭に電気が流れたような感覚。

 点と点が電気によって繋がり、答えの輪郭が見えた、気がした。しかし電気は一瞬で流れてしまい、頭に浮かんだ答えも同時に消えてしまう。まるでフィラメントが切れた電球のよう。何かもう一つ。もう一つ点と点の間に中継点があれば、繋がる気がする。

 ぎりぎりとトスナーの顔がこちらを向いた。自分の動きを阻害したジュールたちを追い払い、また標的をこちらに変えたようだ。

 思考を、逃走経路を考えるために切り替える。答えが出そうで出ない時は全く出ないものだ。別の事を考えているときほど、意外なところから出てくる。探し物と同じ理屈だ。探しているときは全く見つからないが、掃除をしていると出てくる、あの感じ。

 迫る刃を掻い潜り、足元をすり抜けて、奴の背後に出る。 

「今は、私が掃除されないようにしないと」

 振り返った奴と対峙する。三面が一斉に口を開き、吠えた。逃がさない、と叫んでいるようだった。

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