第372話 戦いに勝つために必要な八割
「アドナを仕留めなければ、我々に勝ちはありません」
時は遡り、決戦前日。
私たちアスカロンとアポス、テオロクルム・カステルム両国首脳陣は会議室にて作戦を立てていた。作戦を立てるにあたって真っ先に決めなければいけないのは、自分たちのゴール、勝利条件だ。私たちの条件はテオロクルムを守りきること。その条件を達成するためにはどうすればいいか。
目の前にいるレギオーカももちろん脅威だが、結局奴らを操っているのも、山一つ消す威力の砲台を持っているのも、敵の首魁がいるのもアドナだ。アドナを攻略できなければ私たちの勝利は無いし、アドナを攻略できれば全ての問題が解決できる。
「言うは易しだが、策はあるのか?」
アポスが天井を指差す。
「相手は空中に浮かんでいる。近づくことすら敵わないのだぞ」
「確かにな。矢すら届かない物理的な距離、これほど強固な城壁は類を見ないだろう」
カルタイも同意する。これまで多くの外敵を寄せ付けず守り続けたカステルム王も、攻略の糸口が見つけられずにいた。物理的に届かなければ破壊しようがない。
「一つ、策があります」
私は首だけ振り返り、目的の人物に目配せをする。彼は頷き、少しおっかなびっくり一歩進み出た。
「ゲオーロと申します。アスカロンの鍛冶師やってます」
「「「鍛冶師?」」」
首脳陣全員の目が彼に集中した。皆、なぜ鍛冶師が紹介されたのだろう、という顔だ。王をはじめとしたお歴々の視線に緊張しながらも、ゲオーロは説明を始める。
「我々が所有する魔道具『ラルス』なら、アドナまで人を送ることができます」
どよめきが会議室に広がる。
「なんと。アスカロンはアドナのような魔道具を持っているというのか」
プロペーが尋ねる。
「はい。プラエさんが、ルシャである団長の知識をもとに開発を進めていました」
「プラエとは、もしやこの度の件で犠牲になった・・・」
プロペーの視線が私たちに向けられる。その名前が出るたびに、傷口を抉られるような痛みがあった。本当に傷口を抉られているわけではない、幻痛のようなものが、私たちに否が応でも現実を突き付ける。
「ええ。遺跡で、私たちを逃がすために」
「すまぬ。元をただせば、事態を甘く見ていたテオロクルム王である私の失態が招いたことだ。出来る限りの報償を約束する」
「ありがとうございます。でも今は、戦いの方に注力しましょう」
「そうだな。話の腰を折ってしまった。続けてくれ」
ゲオーロが頷き、説明を続ける。
「ラルスは人を乗せて鳥のように空を飛ぶ事が出来る魔道具です。使われている魔道具の詳細は、プラエさんにしかわかりませんので、申し訳ありませんが割愛させていただきます。俺が説明できるのはラルスのスペックです」
少し言葉を湿らせつつ、ゲオーロは言った。彼女がいたら、嬉々として動力がどうの、浮力がどうの、離陸のためのエネルギーがどうのと説明していただろう。聞いていた時は本題を早く話してほしいとうんざりしたこともあったが、今はそれが恋しい。
「ラルスが到達できる高度は千メートル。最高速度は百キロです。そして搭乗できる重さは一トンが限界です」
「一トン、ならば、兵士が十数人しか乗れないか。いや、武器や鎧等の重さを考えるともっと少なく見積もらねばならんな。結局は六、七名ほどか?」
アポスの答えは、私たちが確実に飛べると考えた人数と一致していた。
「七名で、あの巨大なアドナを攻略できるか?」
空に人を運ぶ問題は解決した。ではその次の問題は乗り込んだ後の話だ。
「アドナは現在、マルティヌスを含めて十名程しか居ません。数の不利はそこまで大きくはないかと」
もちろん、内部に防衛機能がある可能性はあるが、今その可能性を指摘してもどうしようもないので、操っている人間さえ倒せば大丈夫、と信じるしかない。
「十名だと? たったそれだけの人数で、あんな巨大なものを運用しているのか?」
私の報告にカルタイが驚く。
「はい。アドナは指令室と呼ばれる、あの三角形の先頭辺りにある一室が全てを管理しているようです。しかも、操作をしているのはほぼ一人です」
「一人で動かせるものなのか・・・」
「残る問題は、内部への侵入方法だ。見る限り、入口のようなものは見当たらないぞ」
今度はプロペーが尋ねた。
「それに関しては、上手くいけば仕掛けが作動する予定です」
「仕掛け?」
頷く。
アドナが海底から浮上した時点で、飛び立つのは時間の問題だった。ラルスが完成していることも知らなかったから、飛び立つ前に手を打たなければならなかった。とはいえ、出来ることは限られている。
そこで、当初の目的である敵を全滅させるか、アドナが飛ぶ前に破壊する作戦が現状不可能であるので、内部に人を送り込むことに作戦をシフトさせた。内部に潜り込んでいれば、誤操作により地上に降ろす等、こちらの手の届く範囲にアドナを連れてくることができるかもしれない。手さえ届けば、まだ逆転の目はある、やりようはあるはずだ、と。
そして、こちらには潜入において最適の逸材がいた。
「どおりで、さっきから見かけないはずだ。彼女から、アドナ内部の情報を得ていたのか」
仰る通りです、と肯定する。
「後は、マルティヌスの考えを読んでみました。アドナを手に入れても、使えなければ意味がない。ファナティ司祭の証言から、奴は部下の手柄を横取りする才能はあるが、手柄につながる古代文字の解読はそこまで得意ではないと思いました」
「代わりに、優秀な部下が全部解読してくれるからな」
「ええ。ですが、奴直属の部下はかなりの数が遺跡内部で死に、数を減らしています。不足した人材を補充する為に、奴はファナティ司祭の身柄を要求してくるはず」
彼ほど操りやすく映る人材もいなかっただろう。ちょっと脅せば言う通りに動くとマルティヌスは侮っている。
「そこまで読んでいたのか」
当時、同じ場所にいて、私たちを連行していたアポスが顎を撫でた。
「連行されるとき、彼の服の中に、その時ムト君が所持していた爆弾を詰め込み、隠しておきました。とはいえ、アドナを落とせるほどの爆薬は所持していなかった。せいぜい壁や扉を数枚破壊出来る程度でしょう。でも」
「潜入するなら、それで十分というわけか」
勝算が出てきた。もちろん、アドナによる砲撃がない事、スパイの存在に気づかれないこと、入り口が爆弾で破壊できる程度の強度であることなど、運を味方にしなければならないようなか細い道だが、無いよりはましだ。
それにどうせ、いつもの事だ。
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