第371話 スニーキングミッション
最初、それに気づいたのは、マルティヌスではなく部下の一人だった。
彼はメインのモニターではなく、六分割されたテオロクルム全体の監視をしていた。とはいえ、大事なのは戦況であり、衝突しているテオロクルム中腹部分を拡大して映しているメインモニターがあるので、彼の任務は本人も含めて重要視されていなかった。
特に何も変わらない映像を見続けるのに飽きてきた彼は、少し画面を操作しようと考えた。
ファナティほどではないが、彼自身も今回のマルティヌスの計画に参加するために龍の書や古代文字を学んだ。また、間近でファナティが操作しているのを見て、自分でもできそうだと思ってしまった。自分たちでは到底作れない、偉大な神の遺産を使ってみたいという欲にかられても致し方ない。
監視のためだ、と言い訳し、六分割のモニターのうち、自分に近い左下のモニターを拡大、上下左右に画面を移動させた。これが神の視点か、と感動していた彼の目に、一瞬何かが映る。動かしていた画面を止め、見えた方向へとゆっくり戻していく。何かが動いたような気がしたのだ。しかし。
「気のせい、か?」
人気のない場所だった。主戦場から離れた、街と山の境目で、傾斜も強くほぼ崖のような場所だ。流石にそんな場所には敵も人を配置していないし、人がいないからレギオーカもいるはずがない。やはり見間違いか。そうして、また画面を動かそうとした時、何かが光った。今度は間違いじゃない。光った場所を拡大する。
負傷した仲間を背負った兵士が、崖をロープで登っている所だった。反射したのは彼の鎧だった。枝葉に隠れて見えなかったのだ。なるほど、レギオーカの目を掻い潜って負傷者を搬送するため、このような手を使っていたのか。
この時点では、ご苦労なことだ、程度にしか彼は思わなかった。仲間を救うために必死になる兵士の心情は、彼にも共感できた。
彼は拡大したまま、画面を街の方へと近づけていく。彼らがどうやって戦場を抜け出せたのか確認しておくためだ。これを報告しておけば、勝手にモニターを使用していた件も不問になるはず、という思惑があった。
敵の方法は簡単に見つかった。メインモニターよりもさらに拡大して街の中を見ると、いたるところに塹壕が掘られている。彼らはそこを通って、街の両端のどちらかへと移動し、崖を登って城へと負傷者を搬送しているのだ。塹壕の幅は一人分ほどで、レギオーカが入り込む隙間がない。敵は通れず、味方は通れる、理想的な逃走経路だ。
破砕音が響き、家屋の破片が飛び散る。音につられてメインモニターを見ると、レギオーカの振り回した剣が、家ごと兵士たちを薙ぎ払っていた。操作していたモニターの画面は主戦場にかなり近づいていたのか、メインモニターの画面枠からはみ出した兵士が、一拍遅れて自分の捜査していたモニターに映りこんだ。
兵士たちは死んだのか、ピクリとも動かない。レギオーカは彼らを無視し、ラケルナの方へと走っていく。そこで、あり得ないことが起こった。倒れていた兵士の一人の首が動いた。まるでレギオーカが過ぎ去ったのを確認したようだ。兵士はそのままゆっくりと首を左右に巡らせる。周囲にレギオーカがいないことを確認した兵士は、じっと見ていなければわからないくらいの、ゆっくりとした速度の匍匐前進で塹壕へと転がり込んだ。もちろん、レギオーカは彼らに気づかず素通りで、目立つ動きをするラケルナの方へと向かっていく。
考えすぎかもしれない。しかし、敵のあの動きは。だがそう考えれば、色々と繋がってくる。いくらテオロクルム、カステルムと二国の兵士が合流しているとはいえ、増援として現れる兵士の数が多すぎるのでは、と感じていた。その答えがここにつながった。
「ほ、報告。報告します!」
挙手した部下に、指令室にいた全員の注目が集まった。そして、つるし上げが始まる。
「どういうことだ?」
マルティヌスが尋ねる。問われた方は答えろ、ただ俯いて震えている。
「なぜ黙っている。ファナティ」
「いえ、その」
汗がファナティの顔に沿ってつつっと伝っていく。目だけで左右を見れば、マルティヌスの部下たちが抜刀した状態で自分を取り囲んでいる。逃げ場がない。唯一開いている頭上から、高みにいるマルティヌスの視線が向けられている。
「貴様は私に言ったな。『レギオーカはテオロクルムの奴らを、一人残らず殲滅する』と。なのになぜ、レギオーカは敵兵にとどめを刺さない!」
「あ、いえ、そのう、私がお伝えしたのは『視界に入った、動く者全てがいなくなるまで戦い続ける』と」
「なぜ、そんな事になっている! 貴様はどんな命令をレギオーカに下したのだ! それだけではない。本当の問題は、奴らが、動かなければ襲われることはない、というレギオーカに下された命令を知っていることだ! そのせいで、おそらくは生き残った兵士は治療を受け、再び戦線に復帰している。敵の数が減らないのはそのためだ!」
部下の一人が前に出て、ファナティの首筋に剣を当てた。ひい、とひきつった声がファナティの喉から漏れる。
「奴らに情報が洩れているとしか考えられない。ならば、この中に裏切者がいる、ということになる。部下たちは私に忠誠を誓っているからありえない。であるなら、残りは貴様だ、ファナティ」
「そ、そんな。お待ちくださいマルティヌス様。一体どうやって、私が遠く離れた敵に情報を流すというのですか。それに、私はずっとここで作業をしていました。不審な動きをすれば必ず見つかります。皆さんの目を盗むことなど、私には不可能です」
「そういえば」
ファナティの弁明を無視して、部下の一人が言った。
「ファナティがレギオーカの説明をするとき、妙に声を張っていたような気がします。普段はそんな声なのに」
「それは、き、緊張と、恐怖のためと申しましょうか」
「レギオーカの説明の時、妙に『動く者全てが』というくだりを強調していたが、もしや、アドナの外部に声をつなぐ機能をこっそり使って?」
「そんなことをすればばれてしまいますって! マルティヌス様、私は」
「黙れ!」
一喝に、ファナティが震えあがる。
「貴様以外に裏切る者がおらず、しかも今、部下から疑わしい言動があったと証言が出た。それだけで貴様を殺す理由には充分だ」
「お待ちください! 私を殺せば、アドナやレギオーカの操作方法が」
「侮るなよファナティ。貴様程度にできること、部下が出来ぬと思ったか? 既に大まかな操作方法はこちらで把握できた。貴様はもはや用済みだ。生かしておいてやったのは、わずかではあるが私に貢献していたからに他ならない。しかし、その恩を仇で返されるとは。もはや勘弁ならぬ。その罪、死んで償うがいい」
「ま、待って、待ってください!」
「問答無用。やれ!」
ファナティに剣を突き付けていた部下の一人が剣を振り上げる。ファナティは固く目を瞑った。
「なんちゃって」
可愛らしい女性の声が、ファナティの耳朶を打った。
ファナティの首の代わりに、丸い物がマルティヌスたちの前に転がった。一拍ののち、激しい閃光と音が弾ける。
「な、何だ!」「何が起きた!」
突然のことに部下たちが混乱する。ファナティが瞑っていた目を開くと、白い煙が指令室内に充満していた。
「うごっ!」「なんぐふぉっ!」
彼の前で野太い悲鳴が発生し、どさりと何かが床に崩れた音がする。
「ほら、こっち」
手を引かれ、つんのめりそうになりながらファナティは走る。途中、柔らかい何かを踏んづけると「ぐえ」とカエルの鳴き声の様な声が足元から聞こえた。
手を引かれるがままに走っていると、煙が唐突に途切れ、視界が明瞭になる。そこでようやく、自分の手を引いていた者の正体を見た。纏う装備はマルティヌスの部下たちと同じ、コンヒュムの僧兵と同じだが、それを纏ういかつい男の顔がどろどろと溶けていく。変装用の魔道具だ。変装が溶けた顔に向かって、ファナティは非難をぶつけた。
「死ぬところだったではないか! ワスティ!」
「生きてるから良いじゃないですか」
そう言って、時にメイド、時に諜報員であるワスティは笑みを浮かべた。
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