第370話 その傲慢を打ち砕く

 剛拳が唸る。レギオーカの顔面がくぼみ、金属片が飛び散る。

『もう、ひとぉおおおつっ!』

 カルタイが駆るラケルナがめり込んだ拳を腰をひねりながら引き抜き、流れるように逆の拳を放つ。弧を描いた拳がレギオーカの胴体に叩きこまれ、四つ足が地面から浮いて離れた。ラケルナが拳を振り切ると、レギオーカは吹き飛び、後方から迫っていた別の個体に衝突した。

 絡み合って転倒したレギオーカ二体を飛び越えて、新手のレギオーカが飛び掛かった。その体が宙で止まる。左右から飛んできた鎖がレギオーカの手足に巻き付いたのだ。ビン、と鎖が張り、レギオーカが落下してくる。それに合わせて、ラケルナが下から上へと腕を振り上げた。綺麗なアッパーカットが突き刺さり、巨体が縦に一回転して地に伏した。倒れた相手の頭を全力で踏み、地面を陥没させる。レギオーカが動きを止めたのを確認し、カルタイは鎖が飛んできた方向を見る。

『良い働きだ! 褒めて遣わすぞアスカロン!』

 鎖型の魔道具カテナでレギオーカの動きを止めたイーナたちに、カルタイがサムズアップを送った。

『この調子で押し返す! 我に続け!』

 

 別の場所では、レギオーカがラケルナの不意を突き、背後から襲い掛かった。気配に気づき、振り向いたラケルナが、すんでのところでレギオーカの腕を掴み、剣による致命傷を防いだ。しかし、突進の威力までは押さえきれず、そのまま二体は倒れこんでしまう。馬乗りになったレギオーカの手首が回転し、剣の刃が断頭台のようにラケルナの喉元に向く。そのまま剣を押し込もうと力が籠められ、そうはさせじとラケルナは掴んだ腕を突っ張り耐える。倒れた二体に他のレギオーカが接近する。

 馬力ではラケルナが上回っている。しかし、馬乗りという体勢の不利もあり、すぐには抜け出せない状況だ。ラケルナは必死で足搔くも、他のレギオーカが到達する方が速い。ラケルナ搭乗者が死を覚悟した、その時。

「どぉおおおらぁあああっ!」

 レギオーカがビクン、と体を震わせる。見れば、胸から刃が突き出していた。裂ぱくの気合を乗せた槍の一撃が、レギオーカを背中から貫いたのだ。

 驚いたのもつかの間、力が抜けたレギオーカの拘束からラケルナが抜け出す。すぐそこまで迫っていた敵の刃は空を切り、地面を穿つにとどまった。

 胸を突かれ、一瞬動きが止まったレギオーカだが、すぐに再起動して体を起こした。背中に槍が刺さったまま。胸を貫かれただけでは、機能停止には至らなかったのだ。

「お、おお!? 急に起きんじゃねえ!」

 背中にいる槍の持ち主ロガンが宙づりになる。レギオーカが背中の異物を取り去ろうと体を左右に回転させるたびに、ロガンがぶんぶんと左右に振り回される。

 その背が、再び止まった。

 すさまじい衝撃音と共にレギオーカの背に、地面と平行の姿勢で降り立ったのはアポスだった。彼の槍はレギオーカの後頭部を貫いている。今度はレギオーカが動く気配はない。

「ばかもんが。一撃必殺、確実に急所を貫けと言っただろうが。生物と違い胸を貫かれようが手足がもげようが動くとわかっているだろう」

「う、うるせえ。ちょっとずれただけだ」

「そのちょっとが生死を分けるのだ。貴様が生きようが死のうがどうでもいいが、貴様が死んだ後の負担がこっちに回ってくるんだぞ。私たちに迷惑をかけるな」

「何だとこのクソジジイが。そっちこそ、この程度の戦いで負担を感じるようならさっさと隠居しやがれ!」

「貴様の様な若造の尻ぬぐいをしなきゃならんせいで休む暇がないんだ」

『お二人とも!』

 まだ続きそうなロガンとアポスの口論に、ラケルナからの悲痛な声が割って入った。

『続きは、後にしてもらえないだろうか!』

 二人が視線を向けると、声を発したラケルナが新手と交戦中だった。

「見てろよジジイ、今度こそやってやらぁ!」

「二度手間だ。私がやる」

 二人は同時に飛び降り、ラケルナに加勢する。レギオーカに狙いを定め、二人は同時に吠えた。

「「その首、頂戴する!」」

  

 カステルム軍が合流したことで、戦況は五分以上に戻った。中腹に居たレギオーカの数が減少し、テオロクルム中腹の支配率が下がっていく。

 ラケルナの登場が、戦況に好循環をもたらしていた。理由はレギオーカを上回る戦闘力だけではない。レギオーカに与えられた指示は動くものを積極的に追いかける探索モード。つまり、人より目立つラケルナを優先的に追いかけまわす設定となっていた。

 レギオーカの視線がラケルナに向けば、人間の兵士たちはレギオーカの目を盗み、弱点がある背後に回りやすくなる。隙を狙いやすくなり、アポスたちのような実力者が数を減らす。それでもレギオーカに見つかり、人間が追われれば今度はラケルナが割って入り、レギオーカを粉砕する。レギオーカの数が減ればラケルナの負担が減り、破壊されるリスクが下がる。ラケルナが無事であれば、人間が狙われるリスクが下がり、サポートもやりやすくなる。

 レギオーカに与えられた命令とラケルナの登場が上手くかみ合ってしまい、彼らにとって有利な状況が生まれてしまったのだ。

 その戦況を上空で見つめるアドナ内部で、柏手を打つ乾いた音が司令室に反響していた。

「残念だ。カステルム軍が合流してしまったな。いくら古くからの同盟相手とはいえ、今回は見捨てると思ったが見込みが甘かったようだ」

 しかしそれは悪手だ。マルティヌスの余裕は崩れない。

「ファナティ。つなげ」

 唐突にマルティヌスが言った。何を言われているのかわからずファナティは困惑した。

「私の声が奴らに届くようにつなげと言っているのだ。さっさとしろ」

「は、はい。ただいま」

「そのくらい察することも出来んのか。使えない奴め」

 もはや反抗する元気もないのか、ファナティは「どうぞ」とだけ促した。鼻を慣らし、マルティヌスが立ち上がる。


『テオロクルム軍、カステルム軍に告ぐ』

 アドナから声が降ってくる。戦いの最中、皆が空を見上げた。

『貴様らの戦いぶり、見させてもらった。敵ながら天晴れ、神も矮小な人の奮戦に驚愕したことであろう。私も驚いている。たかが人が、ここまで抗えるとは。それだけに、惜しい。非常に惜しいな。貴様らの様な者を、滅ぼさねばならないことが』

 誰かが、海の異変に気付いた。風もないのに波が立ち、海面が粟立っている。

「まさか・・・」

 誰かが呟く。この場にいる全員が、同じような光景を一日前に目撃していた。

 海面を割って、何かがせり上がってくる。規則的に砂地を鳴らしながら、四本の足が並ぶ。

 新たなレギオーカの軍が、砂浜を埋め尽くした。

『カステルムからの援軍が来て、いい気になっているのではあるまいな。テオロクルムの諸君。ラケルナがあれば、負けることはないと。確かに、ラケルナ擁するカステルムは、長きにわたりその力をもって中立を維持してきた。だが、なぜ中立どまりなのかと考えなかったのか? その強大な力がありながら、リムスに覇を唱えられなかったのか。無知な貴様らに、私自ら教えてやろう』

 それは数だ。マルティヌスは優しく告げた。

『カステルムが誇るラケルナの絶対数が足りなかったからだ。たった十体、いや、今はあの愚かな裏切者が死んだせいで九体か。それでは自国は守れても、他国に攻め入ることはできん。攻め込んでいる間に他の国に滅ぼされるからだ。さて、ここで問題だ。確かにレギオーカは、ラケルナに出力で劣る。しかし、その数の差は見ての通りだ。また半端に人の手が入ったラケルナと違い、半永久的に動き続けることができる。この場合、どちらが勝つと思うかね?』

 誰も答えることができない。それに気をよくしたマルティヌスは鼻を膨らませる。

『わかりきった問題だったな。だが、わざわざ言ってやらねば、人間は己の愚かさに気づかないものだ。そして、気づいた時にはもう手遅れ。その傲慢を、私は涙を拭きながら打ち砕こう。リムス中に教訓を与えよう。神に逆らうことの愚かさを』


 マルティヌスの演説が終わり、後続のレギオーカたちが動き出した。それを後方、テオロクルム城から見ていたテオロクルム王プロペーが呟く。

「上手くいっている、ということで良いのだな」

 絶望に彩られているかと思いきや、彼、そしてテオロクルム・カステルム両軍の意気はまだ保たれている。

 プロペーの周りは臨時の救護所となっており、傷ついた兵士たちが運び込まれていた。体が魔術回路の代わりをすることで、一つの魔道具でも様々な効果を生み出すことができる『魔法使い』の一人である彼は、救助者の治療にうってつけの人物だった。近くではティゲルやボブたち非戦闘員も怪我人を救うために奔走している。

 彼が語りかけているのは手元の通信機だ。

『ええ。一応は』

「一応では困るんだがな」

『上手くいっているイコール、そこにアドナからの砲撃が飛んできていない、という事ですよ』

「まあな。あんなものが飛んで来たら、この国は消し飛んでしまう」

 そう。それこそが今回の作戦において最も気をつけなければならないことだった。上手く行き過ぎているのも良くないのだ。なぜならそれは、アドナが出張ってくることを意味する。レギオーカによる侵略がうまくいかないとマルティヌスが判断してしまえば、アドナからの砲撃に切り替えてくる。それはまずいのだ。

 通信機の相手の言葉を借りるなら、この〝地上戦〟はショーでなければならない。マルティヌスの余裕を崩さない程度に善戦し、もう少しで倒せると思わせて目を欺き、引き付けるための命がけのショーだ。

「しかしだな。このままではジリ貧なのはわかっているだろう。カルタイのおかげで持ち直したが、この拮抗がいつまでもつかわからんのだぞ。マルティヌスたちだって、我らのギミックにいつ気づくか」

『大丈夫です。捉えました』

 向こうの声に、途端に雑音が混ざり始める。強い風が吹いているようだ。

『これより、作戦を開始します』

「頼んだぞ。過ちを正す者」

『・・・その呼び名、やめてもらっても良いでしょうか?』

「ならば、私の願いも込めて、こう呼ぼうか。数多の戦場で、絶望的な状況を覆し続けてきた君を、歴戦の猛者たちが畏怖を込めて呼ぶように」

 プロペーが空を見上げた。空に浮かび国を影で覆うアドナの巨体の、その更に遥か上空で、陽光を反射して煌めくカモメが飛んでいた。

「魔女よ、勝利をもたらしてくれ」


 猛烈な風で暴れる髪を手で押さえながら、視線を下に向ける。真っ白な甲板が眼下に広がっていた。

 あの中枢に、マルティヌスがいる。私たちの大切な仲間を殺した奴らがいる。

 神々の遺産、災厄の鳥。御大層な玩具を貰って、大空を支配した気になって、さぞ気持ちが良い事だろう。誰も手の届かない、手が出せないと思っているのだろう。神様気分に浸ってしまうのもわからなくもない。

「ねえ、占いって信じる?」

 隣にいるムトに声をかけた。彼は初めて訪れた上空千メートルの高さにまだ慣れないようなので、気がまぎれるかもと話を振ってみた。

「それ、今答えなきゃダメですか?!」

 泣きそうな顔で彼は答えた。今は駄目そうだ。

 私はそこまで信じてはいないが、良い結果なら、まあ気分が良くなるし、信じても良いかと思っている。

 過ちを正す者。災厄の鳥を落とすという、予言に記された者。

 占いも予言も似たようなものだろう。

「今だけは信じてやる。だから、私に鳥を落とさせて」

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