第373話 風が泣いている
アドナからの監視が緩くなった連絡を受け、私たち潜入組は防衛戦線から後方に退き、ラルスに乗り込んだ。帰りはワスティとファナティをピックアップしなければならないため、ラルス潜入組は私、ムト、テーバ、ゲオーロ、そしてジュールの五名だった。
潜入組を決める際、私は彼は来ないと思っていた。どころか、アスカロンから離れていくことも覚悟していた。プラエを失った悲しみが誰よりも深い彼は、これ以上戦うことが出来ないと思っていたからだ。だから、声をかけられた時は驚いた。
「団長、さっきはすまなかった。あんたを責めたりして。あんたが一番辛いはずなのに」
「いえ、辛いのは皆同じです。皆、プラエさんの事大好きでしたから」
「ああ、そうだな、そうだよな」
「だから、私は彼女を奪った連中を絶対に許しはしません。アドナは必ず落とします」
「それなんだが、団長。俺も、行かせてもらえないか。俺にもプラエの仇を、取らせてくれ」
「・・・大丈夫ですか?」
そう尋ねたのは、彼の体調を慮っての事だけではない。大切な人を失って、自暴自棄になっているのではないかと危惧したのだ。
「安心しろよ。命と引き換えにしてでも、なんて事は考えていない。そんな弱気な考えだと、あいつに怒られそうだからな」
「ですね。成功させて、一緒に生き延びて、彼女に報告しましょう」
ラルスはセスナと輸送機を足して二で割ったような形をしていた。両翼が胴体に対して長めで、翼の前にプロペラ、後ろにエンジンが二基ついている。メインエンジンは胴体の後部につけられている。
百メートル足らずの滑走路と七十キロという低速で離陸が可能なラルスだが、問題は人間が乗ることまで考慮されていないという点だった。確かに理論上は一トンまでの重量を乗せることができる。しかし、運転席以外の人を乗せる場所までは流石のゲオーロも用意できなかったのだ。
運転席は唯一操縦できるゲオーロが乗るとして、他のメンバーは翼の上に申し訳程度に作られた風よけに、手すりと台に腹ばいになって掴まり、大空へとテイクオフすることになった。潜入チームが振り落とされないようにとベルトで翼に固定している間、やめときゃよかった、とか、何でこんな目に、とか、もっと労われ、とか、様々な泣き言が聞こえた気がするけど、多分気のせいだと思われる。だって、ラルスが発進したら途端に聞こえなくなったからね。疲れのせいで風の音を聞き間違えたに違いない。
アドナの監視の目を掻い潜るために、テオロクルム城で陰になる場所から発進、離陸し、大回りで旋回飛行し、とうとうアドナの背後につけた。
アドナの真っ白な背中から煙が上がる。場所は三角形の底辺付近。鳥ならお尻があるあたりだろうか。墨が零れたように、一点だけ黒く染まっている。爆発により壁が吹き飛び、内部が露出しているためだ。あれが入口か。
「ゲオーロ君!」
運転席に向かって怒鳴る。
「こちらでも確認しました! 接近します。掴まっててください!」
ゲオーロが操縦桿を倒すと、ラルスが傾き、旋回しながら高度を落としていく。悲鳴のような風の音が聞こえる。きっと、愚かな人間たちの争いに、風が泣いているのだな。そうに違いない。
アドナの巨体が徐々に視界を埋めていく。
開いた入口から、人の頭が二つ飛び出した。ワスティとファナティだ。きょろきょろと周囲を見渡し、接近してくるラルスを見つけたファナティが、こちらに向かって手を必死になって振っている。
『下がって!』
通信機から警告が聞こえ、手を振っていたファナティが中に引きずり込まれた。すぐ後に剣戟の音が通信機に入り込む。目を凝らすと、入口の近くで戦闘が行われている。同じ鎧を着ているが、一人はワスティ、他三名が敵だろう。
ワスティはかなり苦戦していた。多勢に加え、後ろのファナティを守りながらでは満足に戦えない。
「ゲオーロ君、確かラルスにはカテナと同じ鎖のついたアンカーあったわよね!」
「牽引と機体固定用のやつですか?!」
「今、打って!」
「どこにです?!」
「アドナの入口付近に!」
「了解しました!」
ラルスの底から一本、鎖のついた杭が射出された。重力による加速もあって、杭は見事にアドナの甲板に突き刺さる。それを確認し、私は翼と体を固定していたベルトを外す。
「団長、団長? 何してるんですか? 何をなさってらっしゃって!?」
泡食ったようにムトが叫んだ。
「あのままでは二人が危険よ。着陸まで待てない。ちょっと先行します」
アレーナをフックのように変化させ、鎖にひっかける。
「何で飯食いに行くような気軽さで無茶するのこの人?!」
落下。ムトたちの制止の声が後から追い抜いていった。アレーナと鎖がこすれて火花が散り甲高い音が空中に広がる。みるみるうちに入口が近づき、中の様子も確認できた。タイミングを計り、反動をつけ、鎖から飛ぶ。
一瞬の浮遊感、すぐ後に再び重力を思い出し、落ちていく。敵の顔に私の影が映った。それに気づいた敵が、こちらを見上げる。目が合った。ナトゥラライフルモードを構え、撃つ。敵の額に穴が開いた。力が抜けていく敵の遺体を踏んで着地の衝撃を和らげる。
こちらに気づいた敵が振り返る。その時にはすでにナトゥラを剣モードに切り替えて、目の前の敵を逆袈裟に斬り上げる。これで二人。
「貴様、どこから?!」
三人目がようやくこちらを警戒したが、それは悪手。私に気を取られたら、今まで対峙していた人間がフリーになる。
ズブリ、と、敵兵の胸から剣が生える。信じられないものを見た、といった様子で彼は自分の胸の剣を見て、血を吐いて倒れた。
「お待ちしておりました」
言いながら、ワスティは敵兵の胸を貫いた剣を抜き、軽く振って血を拭い取った。
「どうです? 私、良い仕事するでしょう?」
ワスティが自慢げに胸を張った。否定する理由がない。貴重な情報を入手できたのも、潜入できたのも彼女のおかげだ。
遺跡が敵に制圧され、不利な状況に陥った時。私の信じて良いのか、という問い対して彼女は、自分を信じる味方を裏切ったことはない、と言った。私はそれを信じて、イヤホン型の通信機を彼女に渡しておいた。
ワスティは見事に敵の内部に潜入し、私たちを誘導する役目を果たした。
「ええ。期待以上です。信じてよかった」
そう率直に伝えると、意外そうな顔で私の顔をじろじろ見てきた。
「素直な評価で少々面食らってます。もっと何か、到着する前に制圧しとけよ、的なことを言われるかと」
「私を何だと思ってるんですか。見事に仕事をやり遂げた人に対して、そんなこと言うはずないでしょう」
「そうですかぁ? アカリ団長には前例がありますからねぇ」
「まだ砂漠での一件を根に持ってるの?」
「持ちますよ。持たいでか。人は受けた痛みを忘れないものなんですよ」
「ちょ、おい、おい! のんきにしゃべってる場合じゃないだろう!」
ファナティが会話に割り込んだ。
「私がどれだけ大変な思いをして、攻撃の手を遅らせていたと思っているんだ。急いで止めてこい! アドナの主砲『鉤爪』が放たれたら、私の努力も屈辱に耐えた時間も全てお終いなんだぞ!」
一瞬、影が真上を横切る。少しして、がりがりと音が響いた。アドナの甲板とタイヤが接触している音だ。少しして、メインエンジンがブレーキのために逆噴射した音が続いた。
「わかっています。ファナティ司祭。あなたの戦いを無駄にはしません。本当にお疲れさまでした」
「お、おう。わかっているなら、構わんのだ」
タイヤが止まり、こちらに足音と気配が近づいてくる。
「これで、距離という城壁は砕けました」
上からどさどさと、道具の入った荷物が私の足元に放り込まれる。見上げれば、少しげっそりとしたムトたちが恨みがましい涙目でこちらを見下ろしている。理由はさっぱりわからない。
「後は、敵を討つだけです」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます