第368話 空城計風味
ぎょろぎょろと動くレギオーカの目が、動体を捉える。黒い煙の隙間から、白い鎧がちらと覗いた。動く者を追跡する命令を、レギオーカは忠実に実行。奥へと逃げていく白を追う。時々がりがりと体を壁に擦らせながら、一直線に対象の元へ。
「追ってきたか」
白い鎧をまとった男が、レギオーカを見上げながら言った。
「本当に、命令を実行するだけの化け物なのだな。これなら猛獣どもの方が賢いやもしれぬ」
レギオーカを猛獣以下と評する男の方こそ、歯を剥き出し、猛獣の様な笑みを浮かべた。男に向かってレギオーカが剣を構え、突貫する。
男の言葉を聞いて怒ったわけではない。レギオーカに人の言葉を解する能力はない。必要ないからだ。アドナからの指令を受信し、実行する。それ以外の機能を持ち合わせていない。視覚から送られてくる情報と指令をすり合わせて、アクションを起こす。この場合は動く者の情報と、動く者を攻撃するという指令がかみ合ったから行動に移した。
がりがりと両肩が擦れ、嫌な音を響かせる。意に介さず、レギオーカは男に近づき、剣を振り上げた。
ガツンッ
レギオーカの頭部が揺れる。突然視界が塞がれたと思ったら、側頭部に衝撃が走る。視線を巡らせると、巨大な剣があった。
レギオーカの剣だ。もちろん、自分のものではない。隣にいるもう一体のレギオーカの、だ。突然の事にレギオーカの頭脳が状況を処理しきれず一瞬フリーズする。さっきまで隣に他の個体は居なかった。だが、今は肩がぶつかり、擦れるほどの距離にいる。別個体の個体もまた、同じくフリーズして自分を見ている。
その一瞬を男、アポスは見逃さない。槍を携え、地面を強く踏み込む。足裏に仕込まれた魔道具『アケスパ』が起動。
空気の壁を瞬間的に発生させるこの魔道具は、パレード時に興奮した信者から要人を守るため、またその信者を可能な限り傷つけず要人から引き離すための、交通規制を兼ねる盾として開発された。故に本来は盾や胴鎧部分に組み込まれる。
しかし、アポスはそれを足裏に組み込んだ。何もないところに突如別の何かが発生すると、それまで空間にあった空気が一気に押し流され、一種の衝撃波を生む。その衝撃波を推進力へと変更したのだ。
一瞬であれば群衆雪崩すら押しとどめる空気の壁を、自分の足裏に一点集中させれば、その衝撃は並大抵のものではない。常人であれば体の骨が砕けてもおかしくない力を、アポスは耐え、どころか指向性を持たせて自在に繰り出し、あり得ない機動力を実現する。
レギオーカの目の前からアポスが消えた。次の瞬間には二体のレギオーカの背後に回り、百八十度のターンを決めている。
再度アケスパが起動し、アポスを斜め上に飛ばす。彼自身が一本の槍となり、敵の急所に向かって飛翔。狙いは寸分たがわず、槍の穂先はレギオーカの頸椎に突き刺さり、そのまま口から飛び出した。ガクガクと痙攣して後、両腕が垂れさがり、四つ足が折れて機能停止した。
アポスは倒した功績に満足することも誇ることもなく、淡々と槍を引き抜いてその場を離れた。もう一体のレギオーカの剣が、アポスのいた場所に振り下ろされる。穴が開き、脆くなっていたレギオーカの首が、その一撃で完全に切り取られ、宙に舞った。
完全に置物と化した同胞の死骸を盾で押しのけ、レギオーカが着地したアポスに迫る。回避行動に移ろうとしたアポスの目が、レギオーカの背後から迫る影を捕捉した。
「おおおりゃあああああああっ!」
声を発して影が飛ぶ。レギオーカが声の方へ振り返ると、面前に投擲された槍が回転しながら迫ってきた。振り向きざまに剣を振り、槍を叩き落とそうとする、が、弾いたはずの槍は剣に引っ付き、取れそうもない。
「行くぜぇ!」
影が槍に引き寄せられる。振り上げた剣のその先にある槍に影、ロガンは手を伸ばし、柄を掴んだ。しっかり引っ付いていたのが嘘のように剣から槍が剥がれる。ロガンの槍に組み込まれた魔道具『マグルーン』は、魔力を込めることで刃が相手に引っ付く機能と、一対になっている篭手と槍とで引き合う機能がある。その二つの機能を駆使して、自分より巨大な相手の懐へと一気に飛び込んだのだ。
ロガンはレギオーカの頭めがけて剣の上を走り、踏み込んで、槍をフルスイングした。
ズプッ
レギオーカの視点が九十度傾く。ロガンの姿が、その背景に映る建物が、地面が回転する。やがてレギオーカの目から光は失われ、胴体はその場に崩れ落ちる。
「は、どうってことねえな!」
ロガンが首を失ったレギオーカから飛び降りる。
「案外楽勝じゃねえのか、これ」
自分たちの作戦が上手くハマっていることを確信する。
爆弾の効果がさほどみられないと判断したアポスたちは、レギオーカを自陣に引き込む作戦に変更した。引き込む場所は、テオロクルムの街の中腹、様々な障害物を配置した場所だ。麓からの傾斜が一旦終わり、少しくぼんだ盆地となっている。最も低い場所と高い場所の高低差が四メートル近くあり、レギオーカの巨体すら頭まで収まってしまう。
その中腹に、テオロクルム軍は魔道具『メンダシゥ』によって幻覚を生み出した。メンダシゥはアスカロンが所持する魔道具であり、敵の視覚を惑わす光景を作り出すことができる。魔道具の扱いが優れたテオロクルムの魔術師がメンダシゥを使う事で、レギオーカにのみ作用する幻覚を作り出している。視覚情報に頼っているレギオーカにとって、中腹は建築物と幻覚、二種類の障害によって作られた迷宮と化した。
「馬鹿者。戦いが終わるまで油断するんじゃない」
ロガンをたしなめながら、アポスは周囲の戦況を把握する。ロガンの言う通り、現時点ではレギオーカを上手く押さえ込めている。アポスたちによって誘いこまれ、障害物によって身動きが取れなくなったレギオーカたちに、建物の影に隠れていたジオたちテオロクルム兵が襲い掛かっている。レギオーカの動きを押さえるために、ここでもアスカロンの魔道具『カテナ』が活躍していた。クロスボウで矢の代わりに鎖を射出し、相手を絡めとるこの魔道具は、ドラゴンなどの巨体を絡めとるのに使われているという。
正直、アポスは彼らの実力に懐疑的だった。
ドラゴンをはじめとした、人には到底抗えないような化け物を討伐し、多くの貴族や王族と友好的な関わりを持ち、遂には国を滅ぼしたなどと。
もちろん、目撃者もいるため、起こしてきた結果は事実として疑いようがない。だがどこかで、たまたま、偶然、運が良かったからだろうと考えていた。実力以上の何かが奇跡のように次々と重なったことで生まれた結果だと。
しかし、彼女たちの戦略や魔道具に触れ、認識を改める。
もちろん、様々な要因が重なったことによる戦果だろう。しかし、けして運だけの傭兵団ではない。小規模の傭兵団がいかにして勝利をもぎ取ってきたか。彼女らが足掻き続けた歴史と、何一つ無駄にせず積み重ねてきた経験がアポスには見て取れた。彼もまた、多くの経験を経て今の地位に就いているからだ。
死にそうになりながらも挫けず這い上がり、足掻き続け、戦い続けたからこそ、奇跡の様な結果に結びついた。
「お互い生きていたら、酒でも誘ってこれまでの話を聞いてみたいものだ」
後は人柄だ。それを知ることで、今後のコンヒュムの障害になるかどうかを判断しようとアポスは心に決めた。
「ジジイ、何ぼさっとしてやがる!」
ロガンの怒声につられて、視線を巡らせる。
「右翼が押され気味だ! このままだと突破されんぞ!」
「わかっておる。こちらで連中を引き付け、負傷者が退く時間を作る!」
メンダシゥを操っているテオロクルム魔術師に、アポスたちの姿に注目が集まるよう操作を指示する。また、負傷者を救助しているアスカロンの部隊にも連絡を入れた。
「楽しくなってきたな」
顎に伝う汗を指で拭い取り、アポスは迫りくるレギオーカたちを迎え撃つ。
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