第367話 想定通りに事が運ぶほど甘くない

 レギオーカの足が砂に刺さり、ザン、ザンと規則的な音を立てている。四本足のレギオーカの軍が砂煙を巻き上げながら迫ってくる様は、騎馬隊の突撃のようだ。

 騎馬隊であれば馬防柵で防げるが、迫ってくるレギオーカはその柵を引き抜き破壊する力があるから更にたちが悪い。

「来るぞ!」

 櫓の上のテオロクルム兵が叫ぶ。レギオーカの先頭集団が、野戦築城の麓、一段目に積まれた土嚢に足をかけた、瞬間。

 激しい爆発音と煙が上がり、レギオーカの巨体が衝撃で仰け反りひっくり返った。その隣でも同じように、レギオーカが足場にした土嚢が爆発し吹き飛ぶ。ドン、ドンと爆発音が鳴るたびにレギオーカが後ろにノックバックし、後続と衝突して渋滞を起こしている。

「手足の一本くらい吹っ飛んでくれたって良いんだぜ」

 仕掛けた爆弾の効果を確認しながらテーバが言った。

「苦労してありったけを全部仕掛けたんだ。遠慮せず全部喰らって・・・ん?」

 潮風に煙が流されていく。レギオーカの被害状況を確認し、彼は舌打ちした。

「クソ、伝令! 爆弾による効果は小! 期待したほど得られてねえ! やっぱ足や正面は装甲が固ぇかぁ!」

 テーバのやけっぱちな声が飛ぶ。何体かのレギオーカは足の関節部分から下を失っていたり、胴体に凹みが出来ていた。しかし、大部分は正面に構えた盾が衝撃を防ぎ、緩和したか、黒い焦げ跡がついた程度で健在だった。後続は転倒しているレギオーカを避け、もしくは乗り越えて再び進軍を再開する。爆弾を食らったレギオーカも起き上がり、ぎこちないながらも進軍に加わる。多少の損害では止まる事はないようだ。この辺りも人間をはじめ生物との違いが出ている。

 人間なら、負傷した兵士は仲間の手によって戦線を離脱するから、負傷した本人プラス一名以上の敵を減らすことができる。

 しかし、レギオーカは仲間を助けるという概念がなく、多少の負傷は活動に支障をきたさなかった。

 爆発は、一つの爆発音の残響が消える前に新たに発生していた。罠としてはしっかり機能していると言って良いだろう。しかし、レギオーカの進軍は鈍りはすれど止まらない。

「このままじゃ一段目が突破されるぞ!」

 テーバたち偵察部隊の悲鳴のような報告を聞いて、総指揮官であるテオロクルム将軍ジオは決断する。アスカロンから貸し出された通信機を取り出し、指示を出す。

「中央に布陣しているアポス殿。聞こえるか」

『こちらアポス。ジオ殿。どうかされたか』

 事前に試してわかってはいたことだが、この便利さに驚く。離れている味方と連携が取れるというのは、軍事行動にとって革命が起きたといっても過言ではない。軍隊は大きくなれば大きくなるほど身動きが取りづらくなり、細かな連携が難しくなる。そのくせ指揮を一つ誤れば大損害を出してしまう。

 しかしこの通信機さえあれば、伝令無しで逐一味方の状況を確認できるからミスの修正も容易で、挟撃、包囲、反転、順次撤退などをスムーズに行うことができる。

 惜しむらくは、数が少ない事だろう。通信機を開発し、調整できるアスカロンの魔術師は、先の戦いで亡くなられたと聞いた。優秀な魔術師を失ったこと、それ以上に大事な仲間を失った彼女たちの悲しみ、苦しみはいかほどのものだろう。

 だが今は、その魔術師が残してくれた技術を駆使し、その仲間と共に仇を撃つ。それが供養となるはずだ。

「警戒しつつ、ゆっくり後退して敵を引き付けてくれ」

『ふむ、我らが囮となり敵を中央に引き込み、左右から挟撃するのだな』

 流石は歴戦の将軍だとジオは感心する。こちらの言いたいことをすぐに理解してくれたようだ。

「ああ。正面からではあの爆発でさえ損害を与えられない。だが、爆発やそれによって発生する煙はレギオーカの視界を塞ぎ、動きを止める効果がある」

『煙が視界を防ぐ中、唯一動いているのが見える我らに奴らの目が向き、より中央に引き寄せられるということか』

「その通りだ。レギオーカの隊列が縦に長く伸びたところを叩く。やってくれるか」

 囮となる人間にはかなりの負担がかかる。味方が作戦を成功させるまで敵の攻撃をしのがなければならないから、下手すれば全滅もあり得るほどの危険な役割だ。だが、通信機から返ってきたのは豪快な笑い声だった。

『ようやく、共に戦う同盟国らしいやり取りができたなぁ』

「アポス殿?」

『いや、すまない。最近面倒くさいことばかりやっていた自分に嫌気がさしていたところでな。気にしないでくれ。大役を任されるのは武人の誉れ。期待に応えてみせよう』

 よくわからないが、やる気になってくれているのは理解できた。コンヒュムのアポス将軍と言えば過去にカリュプス占領戦でも活躍した、名将として名高い男だ。期待に応えてくれるだろう。

『では、我らは準備に入る。ご武運を、ジオ殿』

「ああ。お互いにな。生きてまた会おう。アポス殿」

 続けてジオは別の部隊に連絡をつける。

「アスカロンのイーナ殿。聞こえるか」

『はい。ジオ将軍』

 とろけるような声音が耳朶をくすぐる。こんな時でありながらジオは背中がゾクゾクするのを堪えきれなかった。咳払いし、なるべく顔を合わせた時の彼女の姿を頭に思い浮かべないようにしながら言葉を発する。

「これより、アポス将軍が敵を引き付ける。我らは左右に展開し、報告にあった弱点である後頭部や首を狙い敵の数を減らす。イーナ殿たちには負傷兵の救助と、チャンスを伺い背面からレギオーカを仕留めてもらいたい」

『かしこまりました。兵士の皆様には〝あの情報〟が行き渡っているでしょうか?』

「もちろんだ。厳命し徹底させている。命に係わることだからな」

『よかった。生きていれば、助けられます。私たちが必ず、助けに行きますから』

「心強い言葉だ。貴女に助けられる者は幸せだな」

 負傷し、倒れた兵士に差し伸べられる温かい手。兵士が顔をあげれば間近に天女のごとき美貌があり、その女性が自分を助けるために尽力してくれている。それだけで死地から蘇れそうだ。

「貴女に近づきたいあまり、わざと負傷する者がいるかもしれんな」

『ふふ、御冗談を。それに私としては、怪我なく誰一人欠けることなく、勝利後の宴会でご一緒出来る方が嬉しいですわ』

 上品に笑いながら、しかし切なる願いを彼女は口にした。

「すまん。不謹慎だったな」

『いいえ。冗談を口にする事で不安を一緒に吐き出すことも出来ましょう。むしろ話していただけて光栄です』

 良い女だ、とジオは改めて感心した。見目だけではない。男の冗談に付き合える頭の回転の速さ、そして言葉の裏にある男の弱音を見抜く察しの良さと受け入れる懐の深さ。要所を任されるに足る技量と信頼を勝ち取っているわけだと納得した。

「ご武運を、イーナ殿」

『ジオ将軍も、どうかご無事で』

 通信が終わる。ジオは一つ息を吐き、目を瞑って祈る。

「精霊たちよ、ご照覧あれ。祖国を守る我らの戦いを」

 兵士たちの方を向く。

「この一戦にテオロクルムの、我らの存亡がかかっている。俺が諸君らに期待することは一つ。勝って、生きろ! この命令は絶対守れ! 敵を討ち果たし、必ず戻り、諸君らが守ったこの国で、共に祝杯をあげよう!」

 鬨の声が上がる。皆が胸に誇りを、手に武器を持つ。

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