第361話 だから、いきなさい

「プラエさん?!」

 閉じられたドアを叩く。

「大丈夫ですかプラエさん! 何があったんですか!?」

 何度も叩くが、向こうから応答がない。

「どうした?」

 異変に気付いたアポスが戻ってきた。

「通信機を、早く!」

 私の剣幕にただならぬ状況を察したアポスが、急いで通信機を取り出す。ひったくるようにして奪い、彼女を呼ぶ。

「プラエさん! 応答してください!」

『聞こえてるわよ』

 うるさいわねえ、と、のんきな返事が聞こえてきた。

「無事なんですか? 何故かドアが急に閉じたんですが」

『ええ、もちろん。だって、私が閉めたからね』

 言っている意味が分からない。

「何で、そんなことを。集中したいからって締め出すことないじゃないですか」

 意図せず声が震えた。良くないことが、これから起こる。そんな予感がした。

『アカリ、よく聞いて』

 問いかけを無視してプラエは喋り出した。

『さっき話した事だけど、少しだけ嘘を混ぜたわ』

「嘘?」

『三体のレギオーカの制御権を取った、と言ったけど、正確には取り合っている、よ』

 現在進行形でね、という声と共に、スイッチやキーボードを押す音が遠くから聞こえてきた。

『権利を奪い返されたら、敵対するレギオーカが増えてこっちを守る方がいなくなる。だから、奪われないように、もしくは他のレギオーカの権利を奪おうとしている所なの』

「待って、待ってください。何言ってるのか全然」

 理解できない。理解したくない。

『だからまあ、つまり。私はここから動けない』

 聞きたくない言葉が返ってきた。何度もドアを叩き、叫ぶ。

「開けてください! 向こうの方が人数多いんですから、たとえプラエさんでも苦戦を強いられるはずです。私が手伝えば」

『笑わせないで。門外漢のあなたが出張っても足手まといよ。それよりも、あなたにはやるべきことがあるはず』

「プラエさんを手伝う以外の選択肢はありません。時間がないんです! さっさとここを開けて!」

『落ち着きなさい』

 不気味なほど優しい声音が耳朶を打った。声に魔力でも宿っているのか、脳を支配し、体の自由を奪う。

『一時の感情で全員を危険に晒す気? あなたは団長でしょう。団員たちを守るためには大を生かすために小を殺す、その決断を下す覚悟がいる。今がその時よ』

 後ろを見なさいとプラエが言った。振り返れば、ムト、ティゲル、ロガンがいた。何事かと心配になり、階下から上がってきたようだ。

『あなたは団長として、あなたについて来た者たちを守る義務がある。そのための最善を尽くす必要がある。そうでしょう? 出来ることは全てやらないと』

「ついてきてくれた人の中には、プラエさん、あなたも入っているんですよ」

 だから、私はもう二度と誰も死なせない。そう誓ったはずなのだ。その誓いを守らせてくれ。お願いだから。

『ははっ、そいつはどうもありがとう。でもね、私も託されたのよ。未熟な団長を守ってほしい、という願いをね。悪いけど、こいつは譲れない。この願いだけはたとえあなたでも譲れないの』

 時間がない。プラエは言った。

『アドナをこのまま放置すれば、リムスはマルティヌスたちが支配してしまう。どれほど強大な国家でも、現状空を飛ぶ敵を倒す術を持たないからね。あんな勘違い野郎を救世主と崇めるなんて死んでもごめんよ。それを止めることができるのは、あなただけ。あなたにしかできない』

 出来るわけがない。団員を、仲間を、姉のように慕った人すら守れない者に、何ができると言うのか。

『いいえ、出来るわ。私、予言とか占いの類は信じないけど、今だけは信じる。あなたこそ、予言に記された災いの鳥を落とす女。過ちを正す者よ』


 だから、いきなさい。


 プラエが指し示した。命がけの願いを、私は。

 がり、と奥歯がなった。口の端から血が伝う。口元を拭い、指示を飛ばす。

「ムト君、下に降りて待機してて。私の合図で出発するから、皆を先導して」

「え、は、はい。しかし、プラエさんは?」

「彼女は仕事中よ。邪魔できない。ロガン、ティゲルさんを背負って脱出して」

「は? 何で俺が」

「ああ、ごめんね。そんな傷だらけじゃ自分一人で精一杯よね。わかった、誰か他に」

「できらぁ!」

「お願い。ティゲルさん」

「はい~、ロガン君、重くてすみませんが~」

「あんたくらい楽勝だっつの」

 彼らはこれでいい。プラエのことを伝えるのは、後回しだ。生き残らなければ、それすら伝えられない。それこそプラエに怒られてしまう。

 続いてアポスに話しかける。

「アポス将軍。以降、アドナをどうにかするまでは私たち、ひいてはテオロクルムとカステルムの二国と共同戦線を張っていただきたい」

「そんなことを一介の傭兵が勝手に決めて良いのか?」

「良いも何も、私たちのやることなすこと全て二国の王のお墨付きです。全ては国を守るためですから文句はないでしょうし言わせません。それに、そちらとしても私の申し出は受けた方が良いでしょう」

「そうだな。コンヒュムが他の同盟国と敵対していた、という構図から、マルティヌスたちを止めるためにコンヒュムも動いていた、ということにすれば、苦しい言い訳だが、少なくとも同盟関係は維持できる。肩身は狭くなるが、これはマルティヌスの野心を見抜けなかったせいであり、甘んじて受け入れよう。まあ、丁度いい生贄もいる。裏切り者には全ての罪を背負ってもらうか」

「ええ、あのクソ野郎には必ず報いを受けさせましょう」

 全員が階下に降りていく。

「プラエさん。こちら、準備できました」

『了解』

「お願いします」

『任せて。・・・あと三十秒で一体目が起動する。うろついているレギオーカは、動く物に反応するから、そちらに向かうはず』

 カウントダウンを開始する。

『あと十秒・・・九・・・八・・・七・・・六』

 プラエとの思い出が頭に過ぎる。苦しいこともあったし、喧嘩したこともあった。それでも、彼女との記憶は楽しいことが多かった。多すぎた。

『五・・・四・・・三・・・二・・・一』

 嗚咽を噛み殺し、滲んだ視界をこすって、前を見る。

『ゼロ』

 同時、水柱が立ち、新たなレギオーカが橋の上に飛び乗った。三体のレギオーカの意識がそちらに向く。

「ムト君!」

「出ます!」

 ムトが塔から飛び出した。続いてロガン、そしてアポスたちが続く。

『アカリ、走りながら聞いて』

 プラエの声が通信機から届く。

『戻ったら、ゲオーロに大番号十三番を仕上げろと言って。部品は全て揃えておいたから、後はしっかり組み立てろ、ってね。必ず、アカリたちの役に立つ』

「わかりました」

『頼んだわよ』

「プラエさん」

『何?』

「ありがとう」

『・・・泣かさないでよ』

 六体目のレギオーカが飛び出した。三対三の様相を見せる戦いを横目に、出口に向かって走る。門を潜り、そして、スイッチを押して門を閉める。これで、レギオーカたちは追ってこられない。

「団長・・・?」

 私の行動を不審に思ったムトが立ち止まった。

「プラエ、さんは?」

「振り向くな」

 固い声で彼を遮る。

「進んで。前に。塔の爆発がどこまで影響するかわからないから」

「ま、待ってください~、プラエさんが、いないん、ですけど~」

 ロガンに担がれながら、ティゲルが問う。声が震えているのは、状況を理解しているからだ。

「彼女は、来ない」

「ど、どうし、て」

「私たちを守るために、レギオーカを操っていた。だから、塔から動けない」

「そんな、それじゃ、プラエさんは、プラエさんを、助けに行かないと」

 ふらふらとスイッチの方に駆け寄るムトの腕を掴む。

「どこへ行くの?」

「団長、だって、プラエさんが」

「彼女が命を懸けて稼いだ時間を無駄にする気?」

 走りなさい、と彼の腕をグイと引っ張り、スイッチから引き離す。

「仕事の邪魔をしないで。あの人は天才なの。これまで一度だって任された仕事を失敗したことがない。そんな彼女の経歴に、私たちが泥を塗るわけにはいかない」

 ムトが目を固く瞑り、歯を食いしばっている。ティゲルが両手で顔を覆っている。

「命令よ。全員走れ! 反論は許さない!」

「「はい!」」

 振り返らずに長い通路を進む。遺跡地表の入り口から出た時、ドン、と大きな音が後方から届いて、少しして暴風が階段から吹き上がった。

 天を見上げる。災厄の鳥がちっぽけな人間たちを見下ろしていた。

「叩き落としてやる」

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