第355話 お前なんかワンパンですよ

 島の中央方向へ進んでいくラケルナをムトたちが追ってほどなく、開けた場所に出た。

 二人は物陰に潜んで様子を伺っていると、僧兵たちが整列し、その横でラケルナが少しずつ地面に沈んでいく。

「遺跡は地下にあったのか・・・?」

「みたいだな。しかし、あのデカブツが降りられる階段とか、地下どんだけ広いんだよ」

 話している間にもラケルナは完全に地下に降り切ってしまい、僧兵たちは一部が地下へ、残りは方々に散開していく。体を引っ込めた二人の傍を通り過ぎた僧兵の一団は、海岸線へと向かっていったようだ。しばらくして、鳥の鳴き声に代わって剣戟の音が島のあちこちから響き始めた。ところどころで怒声が合いの手を入れている。

 僧兵たちの気配が遠ざかった頃合いでロガンが草木の影から顔を覗かせ、辺りを見渡す。

「一体全体、どういうこった? あいつらは誰と戦ってるんだ?」

「僕たち以外に争う相手と言ったら、多分海賊連中なんだろうけど」

「仲間割れ、ってやつか。遺跡の財宝の取り分でもめたとか」

 あり得る話だ。ラケルナの焦りっぷりも、もしかしたら中で僧兵と海賊がもめていて、それで救援をラケルナに頼んだ、というところか。

「あいつらが焦ってるってことは、こっちにとっちゃチャンスだろ? まあ、この変装はあんまり意味がないものになっちまったが」

 パツパツの服の襟元を引っ張りながらロガンは言った。僧兵と海賊が敵対してしまったことで、どちらにせよ僧兵と出くわせば敵対することになるからだ。

「そうだな。混乱に乗じて中に入ろう」

 階段に足を踏み入れかけた、その時。階下から何かが飛来する。ムトとロガンは左右にそれぞれ飛び退った。

 彼らがいた場所を通過したのは、己が身を一つの槍とした男だった。二、三メートル飛び上がり、階段の前に槍と、その持ち主は着地した。

「通さんよ」

 槍と一緒に落下してきたのはアポスだった。左右に分かれた敵を見据える。

「先ほどよりも、貴様ら海賊の数が少ないと感じていたところだ。ネズミのように意地汚い連中が。大方遺産を狙ってきたのだろうがそうは・・・ん?」

 別の理由でアポスは目をしかめ、そして大きく開いた。

「貴様らは、傭兵団の・・・。島から追い出されたのではなかったのか?」

「船に乗り遅れちゃったみたいで」

 おどけた口調だが、ムトは内心焦っていた。最も遭いたくない人物と鉢合わせてしまった。まともにやり合うのは勝率的にも時間的にも避けたい。

「そちらの口ぶりや周りの騒ぎから類推するに、どうやら海賊連中が裏切って島や遺跡で暴れているようじゃないか。どうだい? ここは敵の敵は味方ということで、一時休戦しない?」

「断る」

 にべもなく断られる。

「連絡してきたのも貴様らの団長だった。この事態、貴様らの仕業であったか」

「何のことを言っているのかわからないな。うちの団長があんたに何て言ったんだ?」

「マルティヌス司教を死なせたくなければ、ラケルナを遺跡内に送れと。最初は海賊どもが我らの目を盗んで遺跡に入ったのかと思ったが、なるほど、貴様らを島に招き入れるための魔女の芝居であったか。であるならこの同士討ちは貴様らの策略か」

 一杯食わされたわ、とアポスが苦い顔つきで吐き捨てる。

「知らないところで勝手に罪を擦り付けられても困る。こちらには全く身に覚えがない。それよりもよく考えろ。ラケルナを呼べなんて、自分の不利になるようなことを、団長が騙すために言うわけないだろう。そっちの方がリスク高いんだから。なら、本当に司教たちにも危険が迫っているって考えるべき・・・」

「黙れ! 魔女の部下の甘言など聞く耳もたぬ!」

 アポスが槍を構える。

「たった二人で乗り込んでくるとは、勇気と無謀をはき違えた蛮勇に他ならぬ。死んで後悔するがいい」

「ああ、くそっ」

 こんなところでもたついている場合ではないのに。ムトも小太刀を構える。

「俺としちゃ、好都合だ」

 ロガンが頭上で槍をくるくる回転させ、掴み、構えた。

「今度は負けねえぞ、クソジジイ!」

「ん? 誰かと思えば、あの時の青二才ではないか」

 ロガンに気づいたアポスが嗤う。

「幸運にも生きながらえたようだが、二度同じ幸運が起こるとは思わぬことだな」

「何が幸運だ。てめえが耄碌してとどめを刺し忘れただけだろうが」

「口の減らぬガキめ。余程死に急ぎたいらしい」

「はん。無駄口叩いてんのはどっちだ。言葉に出す暇があるならさっさと殺すべきだぜ?」

 ロガンが自分の首に指を当てて、搔っ切る仕草をして見せた。

「ならば、言葉通りにしてくれる!」

 アポスは槍と盾を前面に構え、大地を蹴った。軽く蹴ったように、反対側にいたムトには見えた。しかし、アポスの体は信じられない速さで飛んだ。ドラゴンの突進を思わせるその一撃は、ロガンの体を跳ね飛ばした。

「ロガン!」

「がっ、ん、なろ!」

 当たる寸前で横に逃げて、掠っただけのようだ。

 しかし、掠っただけでロガンの巨体が弾かれるとは・・・。先ほども階下から飛び出してきたことといい、人間離れした突進力だ。何らかの魔道具の力か。

 そして、その突進した本人は。

「どこを見ている」

 ロガンの背後に立っていた。振り上げた腕の延長線上に、陽光を反射するアポスの槍があった。

 裁きが振り下ろされる。ロガンは咄嗟に、弾かれても離さずにいた自分の槍を頭上に掲げた。

 腕が消えた。ロガンはそう錯覚した。槍同士が衝突した瞬間、その衝撃が彼の腕から感覚を奪い去った。

「ぐ、ぎ、ぎぎ」

 顔を上げれば、腕はあった。視認した瞬間、その腕が自分の腕であると認識し、つながっている感覚が少しずつ戻ってきた。震える槍と槍の先に、冷酷な表情のアポスがいた。

 不意に、槍が離れる。麻痺はしていても力は籠っていたためか、ロガンが体勢を崩す。アポスは槍を構え直し、今度はロガンの背に槍を突き入れようとして、急遽払う。

 ギャリ、と金属同士が擦れ、彼の槍を掻い潜ってムトが肉薄していた。槍を下段から払うことで、アポスの右半身があらわになる。ムトのもう一刀が突き入れられる。

 ギャリ、と小太刀と槍の柄が擦れる。上に払われた槍で無理に防ごうとするのではなく、掴んでいる部分を軸に回転させ、柄を刃に当て、自身は体をのけぞらせている。だけではなく。

 突き入れ、ムトとアポスの距離がゼロになった。アポスが槍から手を離し、ムトの脳天目掛けて肘を振り下ろす。ムトは腕を曲げ、肘を受ける。

「づっ」

 骨身に響く痛みだ。たまらず体が沈む。動きが鈍る。そこを見逃さず、今度はアポスの足が振り上げられた。つま先がムトの腹に突き刺さる。口から涎をまき散らしながら後方へ吹き飛ぶ。

「当たる寸前で飛んだか。だが!」

 容赦のないアポスの追撃。手放した槍を蹴り上げた足に当て、掴む。距離が開いたムトのいる場所は、槍の間合いだ。ブラックアウトしかけた視界の中、ムトは勘で右腕につけた団長の魔道具、アレーナを盾形に展開する。

 突きがアレーナの真ん中に直撃した。当たる寸前、ムトはもつれそうになる足で何とか後ろに飛んだ。それでも盾は軋みヒビが入り、ムト自身は何メートルも弾き飛ばされた。何という剛力。痺れる腕を振って立ち上がる。

 強い。ドラゴン以外でここまで絶望的な気分になったのは初めてだ。口元の涎を拭い、相手を見据える。すでにアポスは突きを放った体勢から再び腕を引き、腰だめに槍を構えていた。先ほどロガンを吹き飛ばしたあの突進が来る。まともに当たれば潰される。だが、避けようにも足に力が入らない。

「終わりだ」

 ロガンが踏み込む。寸前。

「らぁ!」

 ロガンが槍を振るった。予期していたかのようにアポスの盾が防ぐ。

「甘い!」

 盾が払われ、ロガンの手から槍がこぼれて体勢が崩される。以前と同じように。

「貴様の願い通り、今度は仕留めてやろう!」

 腰だめに引いていた槍で突きを放つ。槍の穂先は隙だらけのロガンの右腹を刺し穿つ。

「ロガン!」

 ムトが叫ぶ。血しぶきが舞い、地面に落ちる。

「!」

 しかし、驚愕に目を見開いたのはアポスの方だった。

「学習しねえワンパターン野郎が」

 ロガンが刺さった槍を掴む。彼の頭には、船の中でゲオーロに言われたことが蘇っていた。

 敵は確実にロガンを葬るために動く。熟練者であればあるほど、確実に弱点を突く。ならば、弱点をこちらから晒せば、向こうは必ずそこを狙う。崩されたロガンの、隙だらけの右腹を、以前と同じように。そしてそこには、海賊二人分の革鎧で着膨れた体がある。来ることがわかっていれば槍の穂先の軌道から少しでも外すことができる。相手は着膨れた体を見ているせいで視覚情報に誤りがある。目測を誤り、しかも焦点をずらすよう動いた。

 その結果が、ここに出た。

「見え見えなんだよ。ジジイ」

「離せ!」

 盾で殴りつけようとしたアポスだが、動きが鈍い。盾を見れば、何かが引っ付いている。ロガンの槍だ。その柄にムトが伸ばしたアレーナが絡みついている。彼の槍に取り付けた、魔道具マグルーンの性能だ。所有者の意思によって、刃と触れた物とを接着する。所有者が離れるよう指示を出すまで、外れることはない。

 ありがとよ、ゲオーロ。

 ロガンが一歩踏み出す。槍が体を通過する。急所は外れているとはいえ、刃は体を裂いている。その痛みを無視して、ロガンはアポスの前に立った。足を前に出し踏み込み、拳を振り上げる。

「きさ」

 脅威に気づくアポス。だが、一手遅い。踏み込んだ足がつま先から回転する。回転エネルギーはふくらはぎ、大腿を通り、最も重要な腰へ到達する。強すぎるエネルギーの伝播が刺さっていた槍と革鎧と腹肉を引きちぎっていく。

 エネルギーは腰から背中の巨大な筋肉のビックウェーブを得て更に加速し、肩、肘へとエネルギーが繋がっていく。

 それらすべてが、拳に集約される。

「おおおおおおおおおおおおおお!」

 アポスの顔面に、ロガンの拳が突き刺さる。エビぞりになったアポスの頭部をそのまま下へと叩きつける! 地面に亀裂が入るほどの衝撃に、鳥が驚いて飛んでいく。

「俺は、もっと上に行くんだ」

 拳を引いたロガンは、息荒く少し体をよろけさせながらも、しっかりと両の足で踏みとどまった。

「負けてる場合じゃねえんだよ」

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