第354話 知らないという幸せ

 時間は少し遡って、島の地表。敵から奪った鹵獲品を保管している場所で海賊が三人たむろしている。島周辺の見回りを命じられていたが、あまりに何もないのでさぼっていた。そもそも敵側は、自分たちの味方だと思っているラケルナに異常がなければ問題ないと思っているのだから攻めてくるわけがない。自分たちがやっていることはただの徒労だ。緊張の糸など張る意味がなかった。

「おい、見ろよこれ」

 海賊の一人が、銀の籠手を右腕に填めている。

「魔女が填めていた魔道具だ」

「よせよ。魔女の持ち物にはやばい呪いがかかってるって言うぜ?」

 けらけらと籠手を見せびらかせはしゃぐ海賊に対して、仲間が窘める。

「呪いなんぞあるわけねえよ。見ただろ。ただの女だ。手配書に書かれていた奴とは似ても似つかねえ別もんだ。まあ、手配書の奴の方が見てみたかった気もするがな」

「身長三メートルで火を吹く女になんか遭いたくねえよ」

 まあな、と仲間内で笑いが起こる。

「しかしさあ、魔女の一団だからどんなおっかねえ女が揃ってるのかと思ったら、存外上玉が揃ってたな」

「確かに」

「魔術師は良い体してたなぁ。気が強ぇのもいい。ああいうのを押さえつけてキャンキャン泣かせてえ」

「メイドっつうのか。あいつもいい。上流階級っぽくて。澄ました面をどろどろにしたいところだ」

「俺は船に乗せて帰っちまった女かなぁ。涎が出る程いい女だったのにもったいない。こんなに暇になるなら、俺たちのために残しとくべきだぜ。何で返しちまったんだ?」

「まったくだ」

「あのどんくさそうな、田舎者っぽいのも良かった。ああいう何も知らねえ初心な女に男の味を教えこんでやりてえぜ」

「お前の粗末なものじゃ無理だっつの」

 何を抜かしやがる、と下品な話で盛り上がる。

「で、肝心の魔女はどう思う? お前らはどうだ?」

 一人が聞くと、途端に二人の反応は鈍った。

「面は、まあ、嫌いじゃない」

「そうだな。体つきも、悪くない。体も引き締まってそうだから、抱き心地は良さそうだ。だが、なあ」

「ああ。人もドラゴンも殺し過ぎて、全身に呪いとか怨念を纏ってるらしいじゃねえか」

「聞いた話によれば昔、魔女を捕えて手込めにしようとした連中のモノが呪いで二度と勃たなくなったとか」

「俺は、噛み千切られて殺されたって聞いたんだけど」

 三人の股間がひゅっと寒くなった。

「どれだけイイ女でも、それじゃあ抱く気はならねえな」

「その籠手つけてたら、お前のナニも二度と勃たなくなるかもな」

「やめろよ縁起でもねぇ」

「おい、そろそろ異常なしの報告に戻ろうぜ。あのコンヒュムの将軍気取りがうるせえぞ」

「わかってるよ。ちょっと待っててくれ。籠手を戻してくる」

 海賊は籠手を外し、元の場所に戻す。振り返り。

「あれ?」

 仲間が二人、消えていた。

「あいつら、どこに」

 探そうと視線を巡らせていた、瞬間、首に何かが巻き付く。何者かの腕だ。

 絞められる。とっさに手を入れようとしたが、首に巻き付いた腕は自分の首に張り付いたかのようにぴったりと密着し、爪すら入らない。必死で足掻くも拘束はほどけず、首の圧迫感が強まっていく。さほど時間はかからず鈍い音が鳴り、海賊の目がぐるんと回って白くなった。死体は森深くへと引きずられていく。そこには、海賊が見失った仲間二人が倒れていた。

「お前らはある意味幸せだったかもしれないな」

 海賊の衣服を剥ぎながら、彼の命を奪った人物、ムトが言う。

「彼女たちの表面的な美しさに囚われて、彼女たちの本性を、恐ろしさを知らないまま死ねたのだから」

「何言ってんだお前」

 隣で、同じく倒した海賊の衣服を剥いでいたロガンが言った。

 こっちの話だ、とムトは言いながら、過去を振り返る。

 無理無茶無謀の棺桶で足湯をしている通常運転がすでにおかしい団長だけでなく、我がアスカロンは危険人物の宝庫だ。到着してすぐ宿の部屋を汚染、破壊してもちっとも悪びれず欲望のままに実験を繰り返す魔術師。顔色一つ崩さず男を幸せの絶頂から絶望の底に叩き落とし、誰もがあまりのおぞましさに怯んだゾンビの首をあっさり斬り落とせる暗殺者。いくつもの顔を持ち四つの傭兵団と一つの国家を手玉に取った詐欺師。ティゲルだけは別か、と思いかけて、いや、彼女も知識のことになると大概か、と考え直す。アスカロンが誇る狂気の女性陣は、たかが海賊に御せるものではない。いや、ワスティは協力者か。

 もちろん賢明なムトは、口が裂けてもそんなことは言わない。一度酷い目に遭っているからだ。


 船上から海に飛び込んだ二人は、島に接近してからは敵に発見されないよう海中を進んだ。ラケルナが見張っているからか、島の見張り連中は油断していてほぼ機能しておらず、二人は難なく上陸に成功した。さぼりに向かう海賊を追跡し、押収品が保管されている場所を発見。味方を呼ばれると厄介なため、可能な限り迅速に、かつ血液などの痕跡を発見されないように倒し、今は衣類をはぎ取っている。

「ちょっと小さいなこれ」

 はぎ取った衣服に袖を通しながらロガンが言う。無理やり羽織ったシャツのボタンは、筋肉によってはじけ飛びそうになっていた。

「海賊なんだ。無理にすべてのボタンをしなくてもおかしくないだろう。どうせ上から胸当てを装着するし」

 同じく海賊の服を着用し、その上から革の胸当てを装備する。彼らの胸当ては貫頭衣のように頭からかぶり、横をひもで縛るタイプだ。これなら多少サイズが違っても装着することができる。これでコンヒュムの僧兵相手や仲間内でも遠目からは騙せるだろう。

「団長たちの装備は回収したけど、・・・通信機はないか」

 押収品を確認しながらムトが呟く。

「奴らに奪われたままみたいだな。便利だもんなあれ」

「敵が持つとこの上なく厄介だということも良く分かった」

 出来れば全て回収したいが、これから潜入という時に身が重くなるのは避けたい。団長の籠手とナトゥラ、銃と弾丸を回収する。

「これからどうすんだ」

「遺跡に向かう。団長たちも敵もそこにいるはずだ」

「その遺跡はどこにあんだよ」

「遺跡が島の中央にあるのはわかってる。とりあえずそこを目指して・・・」

 ムトが話している途中で、地面から振動が伝わった。何かが近づいてくる。二人はすぐに木陰に潜む。

 地面を揺らすほどの歩行を見せつけながら、ラケルナが近づいてくる。

「まさか、俺たちの潜入がバレた?」

 ロガンの心配は杞憂に終わった。彼らの目の前をラケルナが横切っていく。何かを探している、という風には見えない。それよりも急いで目的地に向かっているように見受けられた。

「何か、焦ってるみたいな感じだな」

「もしかしたら、遺跡で何かあったのかもしれない」

 監視、というよりもテオロクルム側に異変がないように配置されているはずのラケルナが動くからには、よほどのことがあったに違いない。テオロクルムにばれるのもやむなし、というリスクを背負ってでも行かなければならない理由が何かわからないが、なんにせよ好機だ。

「追いかけよう。多分、奴が向かったに遺跡がある」

「デカい目印で助かるぜ」

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