第353話 モテ過ぎて御免

 主導権がパッシオたち海賊に移った。海賊たちは僧兵よりも更に多く、二十人近くいた。魔道具の力もあったとはいえ、バレずによく尾行できたものだ。

 私たちとマルティヌスたちが横並びになり、その背後から海賊たちが武器を突き付けている。

 硬質でリズムの悪い足音が飲み込まれていく。ちらと手すりから下を覗いたが、底が伺えないほど深く暗い。足元から二、三メートル下で、微かに波紋が生まれた。海水がそこまで満ちているようだ。円柱状にくりぬかれたホールの上部だけに空気が満ちているイメージだろうか。

「ん?」

 一瞬、何かが暗闇の中で光った。

「おい、どうした。何を立ち止まってやがる」

 後ろにいた海賊が、立ち止まった私を小突いた。

「何かいたような気がしたもので」

「魚かなんかだろう。こんな海の底に何がいるってんだよ」

 魚、だったのだろうか。気にかかるが、下手に逆らうこともできない。塔への歩みを再開する。

 塔の入り口が見えてきた。扉はなく、代わりに階段が見える。やはり本命は最上階だろうか。そう思い、上を見上げる。

 影があった。瞬きしても影は消えず、さりとて頭上の水中に浮かぶ魚影でもない。影が飛んだ。私たちと塔、その真ん中に落ちてきた。

「な、んだ、こいつ」

 誰かが呻いた。足元の頼りない明かりが影を照らす。

 奇妙な生物だった。いや、これを生物と呼んで差支えないだろうか。体長は三メートル前後。頭部は以前遭遇したマキーナに似て、ドラゴンの頭蓋骨に人間の下あごを引っ付けたような作り。しかしそこから下が異なる。両腕の先端は手や五指の代わりに右には剣が、左には盾がついている。下半身は更に異なり、二足歩行ではなく四足歩行で、これまた以前お遭いした巨大サソリのような作りとなっていた。両腕に四本足、ケンタウロスか昆虫の一種かと間抜けな考えが頭に過ぎった。多分、こういうふざけた事でも考えてないと恐怖で思考が停止する。無意識の防衛反応みたいなものだ。

 マキーナ改(仮称)が剣を無造作に振り上げ、振り下ろした。とっさに隣のティゲルとワスティを引っ張って通路の端に逃げる。まっすぐに振り下ろされた武骨な剣は、逃げ遅れた僧兵と、その後ろにいた海賊を叩き潰していた。だが、橋は傷はつけども壊れることはなかった。マキーナ改が飛び降りてきても無事だったことをみるに、かなり丈夫に出来ている。

 汚い悲鳴が不協和音となってホールに響く。誰もが我先にとマキーナ改から距離を取ろうと走る。腰の抜けたティゲルをワスティと二人がかりで引っ張りながら門へと逆走する。

 バシャンと下の海面から何かが飛び上がった。二体目のマキーナ改が門の前に立ちふさがった。

「怒りの門、力の試練ってこういう事?!」

 力づくで、虎や狼が泣いて逃げ出しそうなこいつらを排除しろって言うのか? 橋の中央で立ち止まった私たちに、二匹のマキーナ改がじりじりと距離を詰めてくる。

 装備はない、味方もいない。勝てる要素が流石にない。どうする? どうすればいい?!

 視界にマルティヌスが入ってきた。私たちと同じく立ち止まり、マキーナ改を見上げている。

「マルティヌス!」

 彼を掴み、引き寄せる。

「何をする、貴様!」

「やかましいこの非常時に敵も味方もないだろうが!」

 黙らせ、目当ての物を奪う。通信機と軟膏だ。

「聞こえるかアポス将軍! すぐにラケルナを遺跡に寄越せ!」

 なぜこんな簡単なことを思いつかなかったのか。味方が居ないなら呼べばいい。呼ぶ方法があるのだから。通路の大きさから、ラケルナの巨体でも問題なく通ってこられるはずだ。

 ・・・え。いや、まさか、もしかして。

『何だ、まさか魔女か? 司教はどうした!』

 アポスの声が思考に沈みそうになっていた意識を呼び戻した。集中する。余計な考えは、生き残ってからだ。

「その司教を死なせたくないなら、すぐにラケルナを含めた応援を遺跡に急がせろ!」

 二匹のマキーナ改の間合いに入った。マルティヌスを後ろのマキーナ改の方へ突き飛ばし、前にいた海賊のケツを蹴り飛ばしてマキーナの視線を誘導する。

 海賊の悲鳴が木霊し、剛腕により剣が床に叩きつけられた音と一緒に消えた。

 ティゲルを抱え走る。床の染みになった海賊の方へと向けていたマキーナ改の視線が、こちらに向く。

「目を瞑って!」

 隠し持っていた閃光手榴弾をマキーナ改に向かって投げつける。マキーナにも閃光手榴弾は有効だった。こいつにも効くはずだ。効いてもらわなきゃ死ぬ。

 目の前で閃光が弾け、マキーナ改が顔を背けてよろめいた。その足元を潜り抜ける。

 出口に向かって三人で走る。ガン、ガンという音につられて、ちらと首だけ振り向くと、マキーナ改が器用に四本足で方向転換している。ここから逃がさない、という気概が無機質な目から読み取れた。

「急げ!」

 ティゲルの腕を引く。もつれて倒れそうになるのを無理やり立たせる。死の足音が近づいてくる。門まであと少し。あれさえ越えれば・・・。

 いや、駄目だ。ラケルナが通れるなら、当然このマキーナ改も通れる。迷いが足に出たのが悪かったか、速度が一瞬落ちた。このペースでは門を潜る前にマキーナ改に追いつかれる。直観的に理解した。逃げきれない、と。

 ならば。

「ティゲル、行って!」

 彼女のバックパックに軟膏を入れ、門の方へと押す。反対に自分は急ブレーキを掛けて止まる。予想通りマキーナ改は止まり、頭が私とティゲルの間で揺れる。

「団長!?」

「止まるな! ワスティ!」

 心得たとばかりにワスティがティゲルの腕を引く。それを見届け、マキーナ改と対峙する。離れていく私たちを、マキーナ改がどちらから仕留めるか視線をさ迷わせた。だから、こちらに向いたタイミングで、唇に手を当て、奴に向かって投げキッスを放った。ウインク付きで。

 マキーナ改が私に目標を定めて剣を振り上げた。私の魅力が人外にも通用することが証明されてしまったようだ。あっはっは・・・虚しい。柵に向かって走る。

 剣が横薙ぎに振るわれる。柵を一段、二段と蹴り上がり、背面を下にして飛び上がる。背中すれすれを大木のような剣が通過していく。巻き起こった風だけで体が切り刻まれそうだ。

 一回転して着地し、門の方へと振り返る。そこにティゲルとワスティの死体はなく、彼女たちは門の向こう側にいた。

「行け!」

 こくこくと頷き、ティゲルは再び走り出した。私に気を取られていたマキーナ改がティゲルを追おうとする。もう浮気か? 嫌われるぞ。最初から大嫌いだが。

「ワスティ、赤のスイッチを押せ!」

「了解です!」

 マキーナ改の前で門が閉じた。これで、軟膏はプラエのもとに届けられる。不安材料が一つ減った。が、やれやれ、と一息つくにはまだ至れない。

 ガン、ガンとマキーナ改が方向転換する。

「飛んだり、レーザーを吐かないだけマシかぁ」

 追い掛け回されるのに慣れてきた自分が、ちょっと嫌だ。

 再び繰り出された剣を躱して、生きるために逃走する。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る