第350話 三つの門

 階段を降り切った先、辿り着いた場所は四方を無機質な壁に覆われた場所だった。昔の映画を思い出させる光景だ。SFホラージャンルであるそれに出てきたスプラッター場面をなぜか思い出した。なぜ今そんな不吉な光景を思い出すのだ、首をぶんぶんと振って頭から追い出す。

 その映画と違うのは、私たちのいる丁度真正面に門扉があることだ。周囲の壁がごつごつとした石づくりに対して、その扉は表面がつるつるで光沢がある。門の上には考える人よろしくこちらを見下ろす人の顔の石像があった。

 マルティヌスの部下である僧兵が扉に近づき手で押した。かなり力を込めているようだが、扉はびくともしない。扉の僅かな隙間に指を入れ、左右に開こうとしたが、扉に変化はない。ついには手持ちの剣や斧を叩きつけているが、破壊するどころか傷一つついた様子がない。

「力任せでは駄目なようだ」

 マルティヌスが部下を下がらせ、私たちに視線を向けた。

「貴様らの出番だ。この扉を開けたまえ」

「開けたまえと言われて、素直に言う事を聞くとでも?」

 噛みついたプラエも言う事を聞かなければならないのは理解しているが、感情を抑えきれなかったようだ。

「素直に聞いた方が身のためだ」

「言う事聞かなきゃ殺すって?」

「お望みなら殺してやるが、そんなもったいない事はしない。謎を解いてもらわねば困るからな。代わりに貴様らの仲間が乗る船を沈めてやる」

「監視役の、そちらのお仲間だって船に乗ってるのに?」

「彼らは殉教者だ。目的のためにいつでもその命を投げ出す覚悟がある。あー。あー。聞こえるかねアポス将軍」

 マルティヌスが私たちから奪った通信機を取り出した。アポス将軍率いるコンヒュム軍の大半は、テオロクルム軍が上陸してきた時のために島の表層で警戒任務に就いている。

『マルティヌス司教、どうなされた』

「船に乗っている殉教者に指示を出してくれ」

『・・・本気か?』

「私の本気を見せつけないと、彼女らが本気になってくれないようなのでな」

『わかった。ではこれから合図を送る』

「待った!」

 プラエが両手を上げた。

「降参。降参よ。調べるからちょっと待ってなさい」

「無駄な時間を掛けさせるな。時間は命そのものだ。一秒たりと無駄には出来んのだぞ」

 さっさと行け、と私たちは扉の前に突き飛ばされる。

「さて、ここからどうする?」

 プラエ、ティゲル、ファナティ、ワスティと輪になって小声で話す。

「こちらの現在の状況は、武器類は奪われた。味方は五人。対して向こうはマルティヌス合わせて十名、全員武器所持。ちょっと勝てる気はしないかな」

 しかも、まともに戦えるのは私とワスティだけ。相手は通信機ですぐに遺跡前に陣取っているアポスに連絡を取ることができる。あの将軍は武器があっても戦いたくない。

「引くのが無理なら、進むしかありませんねぇ」

 ワスティがこの期に及んで他人事みたいに言った。

「それしかないわね」

 プラエも賛同した。

「先に進めるのはチャンスでもありますよ~。先行して~遺跡を掌握して~奴らより先に古代文明の遺産を入手すれば~、新たな交渉材料が手にはいるわけですから~」

 ティゲルがポジティブな発言をした。

「マルティヌスに従うのは業腹だが、仕方あるまい」

 ファナティが渋い顔で頷いた。さっきのマルティヌス様はどこへ行った。

 ともかく、満場一致で遺跡を進むことになった。

「それで、この門扉のことは資料に書かれてた?」

「おそらくは、三つの門の一つかと~」

 ティゲルが説明してくれた。

「遺産に至る道は、三つの門が隔てています。虚ろの門、無知の門、怒りの門です。さっき解除したのが、地下へ通じる道を塞いでいた虚ろの門。そしてこれが、おそらく無知の門です」

「無知、ってことは、知識を持たない、ということ?」

「そのままの意味ではなかろう。おそらく逆だ。無知な者は通さない、という事ではないだろうか」

 見ろ、とファナティが指さしたのは、門の縁だ。

「柱に『信仰篤き者にのみ門は開く』と書かれている。で、右の柱には手が描かれた箇所がある」

 柱の下の方に、有名人の手形を取ったサイン色紙みたいな黒いパネルがある。

「信仰篤き者がそこに手を当てれば良い、けど」

「ああ、どうやって信仰篤き者だと証明しなければいけないかがわからない。それこそが、無知でないことの証明だ」

 揃って首をひねる。信仰が篤いこと、目に見えないものを、どう証明すればいいのか。

「どうした。何をもたもたしている」

 待ちくたびれたのか、マルティヌスが苛立った声を出した。黙っていると良からぬ考えを巡らせていると勘ぐられる可能性もある。ここは正直に答えておこう。

「この門を開けるには、信仰篤き者が、そこの柱にある手形に手を当てる必要があるそうよ。でも、残念ながら私たちの中に信仰篤い人間がいなくてどうしようかと思って。そちらにいる、我こそは敬虔なる神のしもべ、という方。罪深い私たちに代わって門を開けてくれない?」

 マルティヌスが近くにいる部下の一人を見て、顎で指した。先ほど門を開けようと必死だった僧兵だ。名誉挽回のチャンスとばかりに門に近づき、しゃがんで手を当てる。手形から僧兵の魔力が流れ込んでいるのか、門の柱が触れている個所が淡く輝き、光は上へと広がり、石像に到達した。石像が神々しく光り輝く。

「おお・・・」

 神秘的にも見える光景に、僧兵が声を上げた。自分の信心が神に通じていたと証明されたとでも思ったのだろうか。


 その思い違いは、文字通り吹き飛ぶことになる。


 石像の瞳が、突然赤く発光した。瞬間、僧兵に向かって赤い光の筋が走る。僧兵が纏う白い布に赤色の線が入る。

 ずるり、と僧兵の体が斜めにずれた。左肩から右腰に掛けて、斜めに入った赤い線に沿って、体の上半身が重力に引かれてずれ落ちていく。ぼたりと体が落ちると、その反動か下半身が倒れた。倒れた衝撃で床に積もっていた砂埃が渦を巻いて少し舞い上がる。

「ひぃ、ひゃああああっ!」

 ティゲルが悲鳴をあげた。彼女と死体の間に割って入り、視界を遮る。

「騙したな」

 マルティヌスが抜刀している。仲間を殺された僧兵たちも私たちに怒りの眼を向け、刃を向けていた。

「騙したつもりはない。私たちは真面目に謎を解こうとしていた」

「では、ファナティ。貴様の文字の解読が間違っていたのか」

 怒りと剣先がファナティに向いた。

「そ、そんなことはありません! 私の解読に間違いはなかったはずです!」

「はず?」

「ない、ないです! 間違ってません!」

「司祭の言う通りよ」

 プラエがファナティを庇うようにして前に出た。

「私の解読でも、あの柱に書かれている意味は司祭と同じ」

「だったらなぜ、信仰心に満ちた我がコンヒュム兵が殺されるのだ。それとも貴様らは、彼の信仰心を疑っているのか?」

「少なくとも私たちよりはあったのは間違いないでしょうよ。多分、考え方が違うんだわ。少し待って」

「いいや、待てない」

「え」

 マルティヌスの剣がプラエの腹部を貫いた。

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