第348話 あっちこっち人質
「え、皆さん一旦戻るんですかい?」
驚くテオロクルムの船長に、私は説明を続けた。彼はエネルギー切れになったもう一機のラケルナをテオロクルムに運んだ後、ピストン運搬で資材を島に運んできたところだった。
「ええ。遺跡は発見しました。ですが、どうも破壊するしかなさそうです。運んできてもらった資材で、我々は遺跡を破壊するための仕掛けを作るだけなので、全員いる必要がないんです。むしろ海賊連中が街に攻めてこないよう念のため守りを固めておいた方が良いんじゃないかな」
『余計なことはしゃべるな』
「え?」
船長がきょろきょろと首を左右に振る。
「今、何か男の声が」
「え、そんな声聞こえました?」
とぼけながら、内心舌打ちをする。
今船長が聞いたのは、私が持っている通信機から放たれた声だ。そして少し離れたところから、マルティスがこちらの様子を監視している。
私たちを拘束したコンヒュム・海賊連合は、暗号解読に必要な人材だけを残して殺そうとした。もちろん、その中にはアスカロンの団員たちも含まれている。
「それは、お勧めしないわ」
それを阻止するために、唯一奪われなかった口先で対抗する。
「命乞いか? ならば頭が高いぞ。もっとへりくだり、頭を下げて言え」
「そいつは失礼」
私は五体投地の姿勢を取った。そのまま話を続ける。
「何故かって言うとね」
「おい、何だ貴様、ふざけているのか」
困惑したマルティヌスの声が後頭部に当たる。
「ふざけてなどいないわ。私がいた場所では、これは神仏にすら用いられる相手に対して最大限の敬意を払う礼の姿勢なんだけど」
「その姿勢のせいで話が入ってこない。やめろ。普通でいいから話を続けろ」
「頭を下げろと言ったり普通でいいと言ったり面倒くさいわね」
立ち上がり、説明を進める。
「先ほどエネルギー切れになったラケルナを運んだ船は、港に着いた後折り返しで資材を持ってきてくれる手はずになっている。その時、この場に応対する私たちがいなければ、不審に思うでしょう」
「そんなもの、勘繰られる前に取り押さえればいい。貴様らのように」
「水中を移動して、船を占拠する?」
マルティヌスが押し黙った。勘をぶつけてみたが、当たっていたようだ。
テオロクルム海軍が動いた様子もないのに、彼らがすでに上陸していた理由は、今ラケルナに搭乗しているオルディの裏切りもあるが、おそらくはもっと以前から、少しずつ上陸していたのだ。私たちが過去にカリュプスに潜入した時、酸素ボンベのように空気を出す魔道具を口にくわえて湖の底を歩いた。同じように、何度か繰り返し現れた海賊船は、海軍に追われるふりをしながら座礁しない程度の深さまで島に接近し、人員を海に飛び込ませた。その後海中を移動して、ラケルナの眼の届かない場所から上陸、島の中に潜んでいたのだ。何も知らない油断しきった、テオロクルムから暗号解読の情報を与えられたカモを待っていた、というわけだ。私たちをすぐに取り押さえなかったのは、油断させるためもあるだろうが、暗号解読の手腕を見ていたというのもあるだろう。解ければそのまま利用し、解けなければ情報だけ奪って殺してしまえばいい、といったところか。
先手は取られた。だが、そうそう思い通りになどさせてやらない。
「見たところ、船員は非常時に発煙筒のような狼煙を上げる魔道具を所持していた。全員を同時に制圧できるなら話は変わるけど、一人でも取り逃がせば警戒した海軍が上陸してくるわよ。かといって船を破壊してしまっても、当然気づく」
マルティヌスがラケルナの方に視線を向けた。
『事実だ。船員たちは笛、発煙筒を肌身離さず所持している』
オルディが答える。
「ならば、どうする」
再び私の方を見たマルティヌスが問う。
「せっかくの人質なのだから、上手く使うことをお勧めする。私たち暗号解読班だけを残して、他をその船に乗せて港に返せばいい。例えば、遺跡を破壊するだけなので人員はもういらない、とか理由をつけてね。それなら、危険があるから向こうも近寄っては来ない。あなた方は人質の数を減らせて監視しやすくなり楽になる。お互い損はないでしょう」
「馬鹿め。送り返した人間が報告するかもしれないだろうが」
「馬鹿はそっちでしょう。自分で工夫することもできないの? 自分たちの息のかかった人間を人質内に入れておけばいいでしょう。下手な動きをすればあなた方に報告し、私たちの命はないぞ、と脅しておけばいい。こっちはこっちで、下手な動きをすれば船に穴を開けて沈めるぞ、とでも脅せば、とても協力的になる。良い事尽くめじゃない?」
「脅される側の言葉とは思えんな」
「どのみち、気づかれるのは時間の問題なのはそちらも承知済みでしょう。であるなら、自分たちの消耗を防ぎ時間を稼ぐなら私たちを利用した方が得策だと思うけど」
良いだろう、とマルティヌスは部下たちに剣を引かせた。
「目障りな連中にお引き取り願おうか」
海上に浮かぶテオロクルム海軍の船を指さした。
「そいじゃあ、終わったら狼煙を上げてください。迎えに来ますんで」
船長が甲板から乗り出してこちらに告げた。お願いします、というと、彼は全員が乗り込んだのを確認し、船員に船を係留していたロープを係船柱から外すよう指示をだした。船員は手早くロープを外し、そのまま掴んだロープをするすると登って船に乗り込んだ。
離れていく船を見送り、背を向ける。ラケルナの威容が目に入った。船長たちから見えたラケルナは、さぞ頼もしく映ったことだろう。マルティヌスたちのところに戻るついでに、近くを通る。
「一つ伺っても?」
『なぜ裏切ったのか、か?』
聞かれることを想定していたのか、オルディが言った。
「地位があり、国中の憧れであるラケルナに乗り、愛する家族もある。その全てを捨てる理由、気になっても当然では?」
『貴殿も、二十年時が止まればわかる。移ろう世界に置いていかれる自分の孤独がな。変化が欲しかったのだ。憧れられつつも長い間その力を振るう機会のないラケルナの境遇が、そんな俺と重なった。わかるか?』
「申し訳ありませんが、さっぱりわかりません」
『まあいい。大事なのは俺が祖国を裏切り、貴殿たちの敵に回ったという事実だ。おかしなことをすれば、ラケルナが牙をむく』
「そんなおっかないものに歯向かおうなんて思いませんよ」
『気が済んだらさっさと行け。マルティヌスの目的さえ果たせば、貴殿らも命だけは保証されるだろう』
「だと良いんですが」
『どうあれ、今は従うしか手はあるまい』
そう言うラケルナを、オルディをふと見上げた。見られているのに気付いているはずだが、彼はもう喋る気はないらしい。ラケルナから離れ、島の中央部へと向かう。森に入った途端周囲を僧兵に囲まれる。
「武器を取り上げた女一人に、ずいぶんと厳重なことで」
「その武器のない状態の女が、国を一つ滅ぼしたのだ。警戒し過ぎで丁度いい」
さっさと進めと背中を小突かれた。遺跡の地下に向かう階段前に到着すると、不安そうなプラエたちと、マルティヌスたちがいた。私が到着したのに気付いたマルティヌスが、厭味ったらしく口の片端を吊り上げる。
「さあ、魔女と一緒に、地獄めぐりと洒落こもうではないか」
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