第345話 トレジャーハンターの醍醐味
階下にいた解読組を呼び寄せる。謎が解けたから全員を集めるなんてミステリーでしかお目にかかったことないが、ちょっと快感だな。癖になりそうだ。
「で、一体何がわかったというんだ」
床にぶつけた鼻をさすりながらファナティが不機嫌そうに言った。さっきまでの私ならもう一度床にキスさせてやるところだが、謎が解け、珍しく知識陣側に対してアドバンテージがあるせいか全く気にならない。負け犬の遠吠えを聞いている気分だ。
「あなた方が解読できない原因が分かった」
「どういう事?」
プラエが目を見開いた。良いね。良い反応だ。
「今のままでは、解読できるわけがなかった。なぜなら、下にある模様は形が不完全だから。まずは模様を完全にしなければならない」
「もしかしてぇ~、先ほど床が動いたのは~」
ティゲルが両手で口元を押さえた。頷き、その通りと言わんばかりに彼女に人差し指を向ける。
「ええ、魔道具によってこの祠内に魔力が巡らせたことで、この台座の十字架で床を動かすことができるようになった。そうすれば」
十字架の横棒をハンドルのように握り、左手側を押し、右手側を引く。時計回りに回転した十字架と合わせて、光で区切られた床の三つの円の内、真ん中が時計回りに回った。
「下の床も動く。すると、それまでつながってなかった模様が」
床を見ながら回していく。不自然に途切れていた一番内側の円の模様に。
「「「つながった・・・」」」
一緒に見ていた三人の声が重なる。彼女らの反応に満足し、次の工程に映る。
「で、おそらくだけど」
十字架を、今度は上に引く。多少の引っかかりがあったが、想定通り引き抜くことができた。台座に刺さっていた十字架の下部は歯車がついていた。リムスで少しずつ普及している歯車は、大昔には当たり前のように存在していたようだ。それを台座の右側にある穴に差し込む。少しゆするとガコッと確かな手ごたえが伝わってきた。同じように十字架の横棒を掴んで時計回りに回すと、今度は一番外側の円が回る。ゆっくり回していくと、真ん中の円と模様がつながった。
「これで、下の模様を解読できるんじゃない?」
どうだ、とばかりに下を覗いたままの三人に声をかける。最初にプラエが振り返り、喜色満面で私の両頬を両手で挟んだ。
「凄いじゃないアカリ!」
「どょ、どょうぼ」
両頬をぐにぐにされながら返事をする。
「流石です団長ぉ~」
「やるではないか。先ほどの発言を撤回してやろう」
ティゲルが抱きつき、ファナティが気安く肩を叩いてきた。
「では、模様の解読の続きをお願いします」
任された、とばかりに三人は頷き、階下に降りていく。とても徹夜したとは思えないほどの元気さだ。目の前の謎に活き活きしている。
「解けたー!」
「早くない?!」
プラエの歓声に慌てて降りていく。想像以上の速さだ。
「もう解けたんですか?」
「ええ。全部知っている図柄ばっかりだったから」
彼女が模様を順番に指さしていく。
「頂点側から時計回りに、白ウサギ、御使い、大蛇、騎馬、羊毛、類人猿」
「で、こっちからだと、獅子、雄牛、長寿ネズミ、牙ある豚、狼、朱の鳥だな」
反時計回りにファナティが読み上げた。
「内側に書かれているのは何なの?」
「東、南、西、北、と書かれています~」
ワスティの質問にティゲルが答える。
「その外側にあるのは?」
「数字、ですね~。零から二十三まで順にあります~」
「もしかして、これがヒントにあった?」
「四と十二と二十四だと思う」
尋ねると、プラエが頷いた。ティゲルが言っていたヒントを思い出す。
四と十二と二十四を正しく揃えよ。基点は船乗りが知る。
此方は三、故に十五が彼方と知れ。さすれば道は照らされる。
「正しく揃えよというのは、この円を揃えることではないか、と推測できる。船乗りが知る基点と言えば何がある?」
独り言とも、こちらに質問しているともとれるプラエの話し方に、思いついたことを返してみる。
「もしかして、北極星?」
「それだ。東西南北の方位が書かれているから、関係あるはず。自然界に存在する真北を示す北極星が基点だと思う。ワスティ、北がどっちかわかる?」
「え、北、北ですか? ええと、はい。わかると思います。このホールから祠の入り口の方角が、確か丁度南西に当たるかと。ですので」
ホールの真ん中に来たワスティが指さした。
「いま二十一と書かれている文字が南西を向いているので、六と書かれている方角が北に当たるかと」
「なるほど。じゃあアカリ。悪いけど、もう一度円を操作してくれる?」
「ちょっと待っててください」
階段を再び駆け上がり、操作台の前に立つ。
「台の前にいます。どうします?」
「一番外側の円をゆっくり時計回りに動かして」
指示通り、ゆっくりと円が動いていく。
「ストップ! 次に、真ん中の円を同じようにゆっくり動かして揃えていくわよ」
同様に最も内側の円を動かし、模様を揃える。
「どう? これで、方位通りに動かしたことになるんだけど、何か変化とかある?」
プラエが叫ぶ。変化、と言われても、目に見える範囲で変化は・・・。
「ん?」
祠の中で、髪の毛が風で揺れた。振り返ると、真後ろの壁に三十センチほどの穴があいており、遠くに外の景色が見えている。
「まさか、壁も一緒に動いてたってこと?」
模様が揃い、正しい位置に配置されることで、外につながったのだ。
「外につながる穴が出来てます。多分、円と一緒に周囲の壁も動いていたみたいです」
階下からプラエたちが上がってきて、穴から外を見る、が。
「外が、見えるだけね」
プラエの言う通り、島に自生する木々が見えるだけだ。この方角にある、ということか?
残るヒントは、此方は三、彼方が十五、道が照らされる。照らされる、はこのつながった穴のことだと思う。三とか十五とかは、下の数のことだろう。穴の方角は三で、反対側が十五で祠の入り口に繋がっている。
「ティゲルさん、さっき教えてもらったヒント以外に、何か関係するようなものはなかった?」
「暗号っぽいものはあれだけでして~。あ、そういえば~」
彼女が何か思い出したように言った。
「同じページに、お祈りの言葉がありました~」
「お祈りの言葉?」
「もしかして、精霊に感謝を捧げる祝詞のことかな?」
ワスティが言う。
「『災いの門と門の間に鎮座まします大いなる精霊、その広く深き恩恵を賜り、人は安らかに生を受け、国はますます栄える。これより後も変わらず、永久に、我ら精霊への感謝忘るることなし。もし我らが精霊への感謝忘るることあらば、その報いを受けん。精霊は去り、封じられし門開き、破滅へ通ず』」
「何か、それって、祝詞というよりも」
プラエも私と同じ感想に行き着いたようだ。祝詞というよりも、それはしてはならないことに対する、注意喚起ではないだろうか。
また、その祝詞で気になるのは門と門、という表現だ。災いの門は一つじゃないのか? たくさんあっても困るのだが、この表現に何か意味があるのか。門が破滅、つまりこの場合は古代の遺産に繋がっている、ということなのではないのか。
下を覗き込む。改めて模様を見ると、東西南北が方位通りに当てはめられていることになる。当然、動物を表す模様も移動して、白ウサギが東に移動していた。代わりに、北に移動してきたのは長寿ネズミだ。長寿ネズミ、雄牛、獅子、白ウサギ、御使い・・・、御使い?
隣にいたファナティの肩を叩く
「ねえ、あの円の模様って動物ばかりなんですよね」
「ああ、そうだが?」
「御使いって動物は何?」
「は? 貴様、本気で聞いているのか? 御使いと言えば、龍、ドラゴンに決まっておろうが」
やはり先ほどのはまぐれだったか、という馬鹿にしたようなファナティの口調も気にならない。
「・・・あ」
何故ピンとこなかったのだろうか。この動物の並びに見覚えがある。もしかしてと思い、ホールへと向かう。そして、ある動物の模様に触れる。模様の部分が凹む。壁の穴のように、床も特定の並びすることで、仕掛けが作動する仕組みなのだ。
「粋な仕掛けをしてくれるじゃない」
たしか、テオロクルムを興したモルスーはルシャだという話だが、もしかしたら私と同じ文化を持った建築関係の人間だったのかもしれない。
二階の皆を呼び寄せる。
「ちょっと皆、私の言う通りに動いてもらえますか?」
プラエを『牛』に、ティゲルを『虎』に、ファナティを『羊』に、ワスティを『猿』に、それぞれの模様の上に立ってもらった。予想通り、模様部分が踏み込まれて全員が驚いている。
「なにこれ、アカリ、一体どういうこと?」
「鬼門です」
プラエの質問に答える。
十二の動物は、リムス版の十二支だった。それに気づけたとき、方位と祝詞がつながって答えに辿り着けた。鬼門とは、陰陽道とか風水で、不吉な方角と呼ばれる方位だ。鬼門は丑寅、裏鬼門は未申と呼ばれている。三と十五は、まさにその方位だ。
「災いの門と門は鬼門と裏鬼門のこと。そして、精霊はその間に鎮座ましますだから・・・」
ホール中央、みれば、他の床よりもわずかに浮いて飛び出していた。先ほどまでは平たんだったはずだが、四つの動物を踏むことで現れたのだろうか。最後のカギを踏み込む。
ガチャン
何かがはまった。続けて地鳴りが起こる。祠が震え、砂埃が舞う。
「地震か!?」
ファナティが叫ぶ。
「いや、どうやら違うようです」
ワスティが言った。
「壁が動いています。それに、上を見てください」
彼女の言う通り上を見ると、天井に空いていた穴が、徐々に大きくなっている? いや、違う。天井が近づいているのだ。壁の方を見る。壁はずっと同じ方向に動いていた。私たちのいるホールを中心にして、ぐるぐるとボルトのように回転しながら地中に埋まっているのだ。
ついに壁は全て地中へと埋まり、祠を形成していた山は幻のように消えた。
「まさか、壁以外の山だった部分は、全部魔道具が見せていた幻だったってこと?!」
プラエが驚嘆した。
「で、でも~、触った感じは、完全に山肌でしたけど~」
自分の触感が信じられないという風にティゲルが言う。幻を見せる魔道具は私たちも持っているが、触感まで誤魔化せるものではなかった。とんでもない技術だ。
「そんな些細なことよりも、ほれ、見ろ」
ファナティが示した先。二階に上がる螺旋階段に、下りの階段が生まれている。
「破滅に通じる道があるぞ」
言葉とは裏腹に、その声は喜びと興奮に満ちていた。
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