第344話 謎眠る孤島
ハーエレシス島に到着した私たちは、まず二手に分けた。というか、分けざるを得なかった。船酔いから回復していないのがまだいるからだ。なので、船酔い組とその介抱組にはキャンプ設営と回復次第島外周へのトラップ設置と監視を頼み、私とプラエたち不眠不休の解読班は、案内役であるワスティと一緒に島中央部にある遺跡群へと向かった。調べる場所は判明しているのだから、解読班だけで充分事足りると判断したためだ。
祭事に使われるというだけあって、遺跡までの道はある程度舗装されている。とはいえ、数か月も放置していれば雑草は石畳の隙間から光に向かってたくましく葉を伸ばしていた。それらをかき分け、道を作りながら進むのは意外に大変だ。
「まあ、これまでの山とか森とかよりは幾分かマシよね」
疲労の色が濃いプラエが言った。彼女の言う通り、これまで私たちが踏破してきた場所には、野生動物はじめ、人食い植物とか毒針を吐き出す奇怪な不思議生物とかゾンビとか巨大な節足動物とか果ては上位のドラゴンが生息していた。環境も湿度が高く不快感が高かったり砂漠地帯だったり火山だったりと人間に優しくないレパートリーにも富み、今思い返してみても良く生きて帰れたなと感心する。
危険な植物も動物もいない、体力を削り命を奪いかねない悪辣な環境でもない、ちょっと草木が生い茂っているだけの場所など歩いて五分の近所の公園だ。
「マシどころか、最高じゃないですか~」
ティゲルが疲れを見せるどころか、目を輝かせながら言った。彼女は道の途中に時々見かける柱に触れたり、そこに刻まれている模様を楽しそうに見たりしていた。
「古代の人々が残したメッセージが、謎が、私たちの前にあるんですよぉ~。私に解いてくれと訴えているんですぅ。テンション上がりますねぇ~」
そう言えば、ティゲルは冒険家になるのが夢なんだったか。気持ちはわかる。古代遺跡や迷宮を踏破し、古代の謎を解き明かし、未知を、ロマンを追う。非常事態じゃなければ、私だって心が躍り、テンガロンハットをかぶって鞭を振り回したいところだ。
「気楽なものだな」
そんなティゲルを見て、ファナティが言った。
「私たちの足元に、災厄が眠っているというのに」
「おやあ、そんなこと仰ってる割に、司祭さんだってうきうきしているじゃないですかぁ~」
「そ、そんなわけ」
言葉を続けかけて、いや、とファナティは首を振った。
「認めよう。うきうきではないが、研究者としての知的好奇心と神職としての使命感が私を滾らせているのは間違いない。目の前に神話が、龍神教開祖ウィタの足跡があるのだからな」
「やる気があるのは結構だけど、そのやる気を発揮する場所はまだなの?」
プラエが先頭を歩くワスティに愚痴る。
「間もなく見えてきますよ。もうひと頑張りです」
「あ、あれじゃないですか?」
ティゲルが指さした先には、これまでの柱よりも一回りは太い柱が二本建てられていた。柱の上部には二本をつなぐように柱が一本横向きに取り付けられていて、神社にある鳥居のようにも見えた。鳥居の向こう側には山肌と、そこに掘られた洞窟の暗い入り口があった。
「ふむ、山をくりぬいた祠だな。自然にあるものをそのまま神殿、もしくは教会としたタイプか。コンヒュムの龍神教総本山や、古いタイプの教会によくある形だな。建築技術が未熟だった当時、高い建物を建設するよりも、こういう山や洞窟を利用した方が都合がよかった」
顎をさすりながらファナティが鳥居に近づく。その後ろをティゲルが続く。
「もしくは、テオロクルムの精霊信仰が関係しているのかもしれませんねぇ~」
「なるほど。精霊は自然に宿るものだ。であるなら、むしろ逆に自然と一体となる祠のほうが教えに適っている、ということか」
「議論もいいけど、本来の目的を忘れないでね」
違う方向に興味が向かい出した二人に釘を刺し、祠に入る。先に入ったワスティは手に松明を持ち、道中の壁に点々と存在する松明の残りに火をつけながら進んでいる。
洞窟を五十メートルほど進むと、広い空間に出た。直径十メートルほどのホールのような場所だ。きれいに円柱状にくりぬかれており、見上げれば遠くに光が差し込んでいる。山の頂上まで穴は続いているのか。
左を見れば、階段があった。円柱に沿って、螺旋が天へと続いている。頂上まで続いているのか?
「これは」
プラエが空間中央に足を進める。円状の床には、文字や絵が描かれている。プロペーに借りた資料で見たことがあった。
「ああ、写真で見た模様ですねぇ」
ティゲルがホール中央へと進む。
「つまり、第一の関門、というところか」
ファナティが頭をガリガリと搔きながら、スマートフォンの画面と床を見比べる。
「どういうことです?」
「ここには道があるらしい」
尋ねると、彼はスマートフォンから視線をそらさずに答えた。
「資料を私たちなりに解読したところ、古代文明の遺産が保管されていると思しき場所は海底にあるという結果が出ました」
解説モードのティゲルが言った。
「海底? でも、ここ島の中央で、しかも山の中だけど・・・」
彼女らの解析を疑うわけではないが、海とは真逆の場所に道があるとは到底思えないのだが。
「貴様がそう思うのも無理はない。我々でさえ最初、自分たちの導きだした結果に戸惑った」
「でも、何度見直しても同じ結果なので、これはもう実物を現場で見るしかないと思いまして~」
「その道のヒントが、ここに描かれている紋様なわけなんだけど」
プラエが床を指さす。
「何て書かれているんですか」
「それが、わからないのよ」
「わからない・・・?」
うちの解読班三名をもってしても解けない古代文字という事なのだろうか。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ」
流石のワスティが慌てたように私たちの会話に割って入った。
「ここにきてわからないって、どういうことです? あなた方古代文字の専門家でしょう?」
「わからないものはわからないと正直に言うしかない。こんな文字見たことないんだもの」
知ったかぶりが一番痛い目に遭うのよ、とプラエは言う。
「見たことない、というのは、まったく新しい文字、言語という事ですか」
「そうとも限らないのよ。ところどころ読み取れる文字や記号はある」
「見たことないと言いますか、似た文字なんだけどちょっと違う、みたいな感じなんです~」
ティゲルが言うには、例えば私たちも見たことがある「永」という文字。この「永」から二画目の立て棒と最後の払い部分が削れて、「点」と「フ」と「ノ」しかないので文字として意味を成さないのだという。
「経年劣化で文字部分が削れた、という事?」
「可能性は無きにしも非ずだが、他の部分がきれいに残っているのであれば、その可能性は低かろう。我々の知らない文字という可能性以外で考えられるとすれば、わざと文字を削ったか」
それこそ暗号のように、とファナティが言う。
「ちなみになんですが、資料には他に何が書かれていたんですか? それこそヒントとかはなかった?」
尋ねると、「多分ヒントだと思うんですけど」とティゲルが応えた。
「四と十二と二十四を正しく揃えよ。基点は船乗りが知る。
此方は三、故に十五が彼方と知れ。さすれば道は照らされる。
以上です」
「どういう意味なの?」
「それがわからんから、困っている。ここにその十二や二十四に関する何かがあると思ったのだが」
ううむ、と解読班が揃って首を傾げてしまった。こういう時、知識では私は三人に敵わない。だが、出来ることはある。彼女たちとは違う目線に立つことだ。
さっきから気になっている階段を上る。螺旋階段は上まで続くかと思いきや、途中で終わっている。ちょうど家の二階くらいの高さだ。螺旋階段の続きに見えたのは、規則的な階段状のくぼみだった。
階段の先に腰の高さほどの台座が備わっていた。台座にはこぶし大のくぼみと、そのくぼみを囲むように小さな穴が三つ、その真ん中の穴に十字架が刺さっていた。台座を乗り越えて下を覗き込むと、ホールの床に描かれた文字や記号が俯瞰できる。
「何かありましたぁ?」
私の後を追ってワスティが階段を昇ってきた。こんな風になってるんですね、と同じように下を覗き込む。
「確か、ここで祭事を執り行うのよね」
「ええ、王がここで精霊に感謝を捧げ、祝詞を上げます。そう、そこ」
ワスティがくぼみを指さした。
「祭事の時、ここに宝石型の魔道具をはめ込むんです。魔力を籠めると、この祠内に魔力が巡り、淡く光るんですよ。幻想的で、なかなか美しい光景ですね」
「へえ」
ちょっと興味がそそられた。すると、それを感じ取ったワスティが「気になります?」と人の顔を覗き込んできた。
「気になりますよね、ふふふ、こんなこともあろうかと」
彼女は懐から、こぶし大の宝石を取り出した。
「お借りしてきました。もしかしたら必要になるかもしれないとのことだったので」
「良いの? 国の祭事に使うんなら、国宝級の魔道具では?」
「可能な限りのバックアップが欲しい、と王に要求したのはアカリ団長でしょう? 祭事の時の状況を再現したら何かわかることがあるかも、と王が許可したので、遠慮なく使っちゃいましょう」
かちっとな。そう言ってワスティが宝石をはめ込み、魔力を流した。台座から光の線が走り、床に到達した。床に到達した光は三つの円を象り、床の文字を照らす。文字に集中していた三人が驚いていた。
「ちょっと、何したのー?」
プラエが下から叫んでいる。
「ワスティに頼んで、祭事の時の状況を再現してもらい、まし・・・」
あれ? 頭に引っかかる何かがある。
私、これをどこかで見たことがある。これそのものじゃない。似た何かだ。
「アカリー? どうしたのー」
プラエが固まった私に声をかけてきた。
「ちょ、ちょっと待ってください。今、何か思いつきそうなんです」
「我々にわからぬものが、浅薄浅慮な貴様にわかるとは思えんが」
ちょいちょいイラっとする事をいうファナティに、流石にカチンときたのでアレーナを伸ばそうと身を乗り出した。その時、台座の十字架に袖が引っかかった。十字架は何の抵抗もなくぐるりと回転し。
「おお?!」
ファナティが盛大に転倒した。彼の足元の床が突然動いたのだ。同時、記憶がつながった。
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