第343話 人であることの幸せ
船首が海を割るたびに船が上下し、水しぶきが上がる。空からは燦燦と陽光が降り注ぎ、時折海鳥の影が甲板に映る。船が向かう先に島があった。近づくにつれ、白い砂浜と桟橋も見えてきた。
「バカンスなら、楽しめるんだけど」
太陽、砂浜、海の三拍子が揃っていようと、背後で呪詛と金属音と苦悶の呻き声が飛び交い響き渡ればバカンス気分も一瞬で消し飛ぶ。
ちなみに、呪詛をまき散らしているのはプラエ。言葉を発する体力も気力ももったいないと無心で槌を振るうのはゲオーロ。唸っているのは昨夜プロペーから提供してもらった資料とにらめっこしているティゲルとファナティだ。
「プラエさ~ん。助けて~」
「ちょっと待って、ゲオーロ、ここにこれ組み込める?」
ガン カッ
「おし、良い感じね。その調子でこれもお願い。・・・どしたのティゲル」
「ここの解釈が司祭さんと合いませ~ん」
「貴様、私の解釈が違うと言うのか?!」
「違うとは言ってないじゃないですかぁ~」
「もめないでよ。どこよ」
「ここですぅ。この鳥を象った文字なんですけど」
「だから、それはコウノトリで間違いないはずだ。意味するところは新たな命、誕生。これが後の単語にかかってくる」
「いや、おっしゃっていることはわかりますけど、それだと全体の流れ的に意味がずれてませんかってことを言いたくてぇ~」
「やっぱり間違っていると言いたいんじゃないのか?!」
「喧嘩しなさんなよもう。ええと、ああ、コウノトリ、確かに新しい命って意味だと私も認識してるけど」
「ほら見ろ」
「でもその後にあるこれ、山、だけど、ただの山じゃなくて、墓、カタコンベを表してるんじゃなかったっけ。ほれ、この次のページにある壁画の写しだと、山の麓で膝をついてる人間が大勢いるじゃない。多分これ、死者を奉っているってことだと思うのよ。新しい命を埋葬するって、意味としては確かに変よね」
「ですよねぇ~」
「じゃあ何だというのだ」
「二人の解釈はどっちも合ってる。でも、そこだけ切り取ると足りないパーツがあるわけ。文章の行間を読むのよ。だから」
ベキン
「・・・ゲオーロ、ゲオーロ? 今の不吉な音は何?」
ガン ガン ガン
「焦んなくていいから! 大丈夫だから! 修復可能だから! ちょっと待っててすぐそっちに」
「おい、だから、なんなのだ。途中で止めるな」
「や、だからちょっと待っ」
ガキュ
「ぎああああああああああ! もう、時間が足りなぁあああああい! 誰よこんな無茶苦茶な依頼受けて来た団長はよぉおおおおお!」
キレた魔術師に睨まれたので、目を逸らした。青い海に白い雲、気持ち良い天気だ。うんと伸びをする。
さて、他の団員たちはというと、ほとんどがグロッキー状態になっていた。原因は船酔いだ。皆が交代で船べりに駆け寄り、胃の中の物をキラキラと吐き出し、フラフラになって甲板で横になっている。イーナをはじめとした無事な団員数名が水やスルメイカを渡すなどして彼らを介抱して回っている。ガムなど噛んだ方が酔いに聞く、と昔聞いたことがあったから、実地で試している。
プラエたちが酔ってないのは、酔う暇もないためだ。
「気持ち悪い人はなるべく遠くをみて。少しは楽になるから。近くばっかり見つめてると余計に酔うわよ」
「何で、団長は、平気なんですか」
うぷっと手で口元を押さえながらムトが言った。
「元は島国育ちだからかなぁ。小さいころから船に乗る機会は多くて。それも、こういう帆船じゃなくて、もっと早い、エンジンで進む奴。潮も早く波も高かったのも相まって、もっと揺れが酷いこともあったから。それに比べれば穏やかなものよ」
向こうから「その話後で詳しく」と求めてないのに返事があった。潮風に乗って地獄耳に届いたようだ。
「大丈夫なのか、本当に」
心配そうな顔つきで近づいてきたのは、カステルムの軍服を着た男、オルディ少佐だ。見た目はムトと同じか、更に若く見える。カルタイといい、カステルムは童顔ばかりなのだろうか。もしくは、アンチエイジング技術が発展しているかだ。
オルディ少佐は会談の時にラケルナを操縦していた操縦者だ。島に到着後、十二時間ラケルナで島や私たちを警備する役目を担っている。
「ご心配をおかけして申し訳ありません。なんせ船に乗るのも初めてな団員もいるものですから。地面に足がつけば、大丈夫だと思いますので」
「本当に頼むぞ。全ては貴殿らにかかっているのだからな」
「もちろん、受けたからには成功させられるよう全力で頑張ります。・・・しかし、驚きです」
手すりから体を乗り出し、これ以上の追及から逃れるように話と視線を船尾の方へと変える。
「ラケルナって、浮くんですね」
船尾から数本のロープが伸び、その後ろには背泳ぎのような形でラケルナの巨体がけん引されている。朝、港に到着したときに見たのがラケルナ自ら海に飛び込むところだった。そのまま仰向けになり、船から投げられたロープを器用に自分の胴体に括り付けているさまは、なかなかシュールだった。
「浮き輪とかつけてるわけじゃないですよね」
「もちろんだ。詳しくは解明されてないが、ラケルナの外皮には何か特殊な塗料か魔術回路が仕込まれていて、浮くような働きをしている。と魔術師たちは言っているが」
以前戦ったマキーナは空を飛んでいた。あの巨体で、ジェット噴射だけで滞空してバランスをとっていたのだから、そんなカラクリがあっても不思議ではない。
「一つお伺いしてもよろしいですか」
ラケルナの性能以上に、個人的に気になっていることがあった。
「なんだ」
「カステルム王も少佐も、とてもお若くいらっしゃいますが、何か秘訣でもあるんですか?」
「どうしてそんなことを?」
「私も、いつまでも若く見られたいものですから」
少し考えた後、「そんな良いものではないぞ」とオルディは言った。
「ラケルナについての資料を成功報酬で得るんだったな。では俺から少し、前払いではないがラケルナについて話をしよう。ちなみにだが、貴殿には俺が何歳に見える?」
唐突に、おそらく男性が女性に聞かれて困る質問トップテンに入りそうなナンパな質問が投げかけられた。
「え、と。二十歳から二十五歳、くらいですかね」
答えると「良い読みだ」とオルディは答えて。
「今年で四十五だ」
何で良い読みなんて言ったのだろうか。
「いや、良い読みだ。俺の時間が止まったのが、大体そのあたりだ」
「どういう意味です?」
「ラケルナに乗る代償だ。ラケルナに乗るには、操縦技術以上に搭乗適性が必要になる。ラケルナに認められなければならないんだ」
これを見ろ、とオルディは右腕をこちらに出し、袖をめくった。小指側の手首横から肘にかけて、三か所穴が開いている。穴には深さと同じ長さの金属製の円筒が埋め込まれていた。
「これは?」
「ラケルナの接続端子を入れる穴だ」
反対の腕にも同じようにある、と彼は続けた。言われてみれば、イヤホンなどの端子を入れる部分に似ている。
「ラケルナは、元は単独で動く自立型の魔道具だと言われている。ああ、これについては貴殿の方が詳しいか。実際に遭遇したのだからな」
「ええ。マキーナの事ですね。そして、マキーナの残骸を加工して、ラケルナが生まれたと」
「そうだ。その際、一番苦心したのはどのようにして操縦するか、だった。最初は操縦者は外からコントローラーと呼ばれた装置で操ろうとしていたようだが、操縦者が無防備になってしまう問題があるために早々にお蔵入りになった」
頭の中で格闘ゲーム用のコントローラーと繋がるラケルナが想像できてしまった。
「なので、中から操縦する方向で固まった。動かすことはすぐにできるようになった、が、次は反応速度の鈍さがネックになった。コントローラーでは、例えば前進しようと操作すると一拍のずれが生じる。戦いにおいてはかなりの痛手だ。どれほど強い力を持っていようと、相手に届かなければ意味がない。そこで、動きを司る配線を操縦者に直接つなぐことを思いついた」
驚くほどその手術は上手くいった。人間の体を流れる電気信号をラケルナにも伝えることに成功し、タイムラグ無く動かすことが可能になったという。
「だが、人間と人間ではないものがつながると、同じ性質の物になろうとするらしい。ラケルナと接続した人間は、その時から年を取らなくなった」
「年を?」
「これも、魔術師の受け売りだが、ラケルナ、元はマキーナだったか。こいつに優先して組み込まれている命令は、可能な限り長く戦い続ける、というものだ。だから、新たに組み込まれた人間という部品を長く使えるようにするために、人間を自分たちに都合良く変質させてしまうとのことだ」
俺は二十歳の時に手術をされた、とオルディは言う。
「では、カステルム王も?」
「国王は率先してラケルナに乗る義務がある。十五歳の時に手術をしたとお話を伺った。本来なら、テオロクルム王と同い年だそうだ」
お二人は竹馬の友らしい、という話を聞きながら、老紳士と子どもの姿が脳裏に浮かべた。彼らが同級生とはにわかには信じられない。
「ラケルナは国防の要だ。それに乗れることを誇りに思っている。家族も皆喜んでくれた。だが、喜んでくれた両親はすでに亡くなり、妻は先に老い、息子は俺の手術時の年齢を超えてしまった。皆が、俺をおいていってしまう」
少し寂しそうに彼は笑った。
「その、再び年を取り始めるというのは、ないのですか?」
「あるさ。俺たちは部品だからな。どんな道具も、使っていれば摩耗して使えなくなるだろう? それと同じで、ラケルナに乗って活動していれば、いずれラケルナから弾かれる。活動量が激しければ更に部品として摩耗していくことになる。部品でいられなくなったその時から、再び人間に戻れるようだ。だが、ここ数十年、ラケルナが本格的に戦闘するような機会はほぼなかった。だから、今回の任務は俺にとって都合がよかったんだ」
少しでも早く人間に戻るために、オルディはそう言って目の前に浮かぶ島を見つめた。
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