第342話 虎穴に飛び込む
「はっはっは、過ちを正す者ですと? こんな小娘が?」
ファナティが笑う。確かに人生経験の浅い小娘かもしれないが、なぜスダレハゲに小馬鹿にされなければならないのか。
「失礼ですが陛下。過ちを正す者とは、龍神教の聖典に出てくる救世主の別の呼び名ですぞ。人々の願いを聞き届けた神が、混迷の世を救済するために遣わす者。誤った方向へと進もうとする衆生を引き留め、正しい道へと案内する我々神職の原型となる者のことです」
「もちろん知っているとも。我が国の国教である精霊信仰は、元は龍神教から派生したもの。似通った教えも存在し、龍神教開祖であるウィタに関する逸話も数多く残っている。なんせ、モルスーが興した国だからな」
「同じ認識を持っていらっしゃるのは理解しました。であるなら、なぜ過ちを正す者が彼女なのですか。彼女はただの傭兵ですぞ。こう、神聖さとか、神々しさとか欠片もない、粗野で野蛮で無教養な女です」
いい加減にしろよとランプの明かりで油分輝く側頭部を固まった笑顔で睨みつける。無理に割って入らないのは、私がそんな大それたものではないというところを私の代わりにプッシュしてもらうためだ。ファナティがこれだけこき下ろしても、何故かプロペーの私の評価は変わらなかった。
「司祭、君の方こそ龍の書の内容を知らないのか? 彼女はドラゴン最上位種のインフェルナムと共にカリュプスを滅ぼしているのだぞ。ドラゴン最上位種が味方する者こそ、神に選ばれた者、過ちを正す者ではなかったか? 多くの伝説に語られる英雄、名君も同じ逸話を持っていると思ったが」
「いや、しかしですな」
「神話の検証は、今はどうでもいいだろう」
カルタイが二人の議論を切った。
「今重要なのは、依頼を受けてもらうほかない、ということだ。現状、君たち以外にこの依頼を成功させられる人材がいないのだからな」
勝手に期待と重圧をかけないでほしい。私にできるのは、私の手が届く範囲だけだ。そしてその範囲は、自分でも驚くほど狭い。
「私は、私に出来ることしかできませんよ。災厄を鎮めるとか、大層なことはできません」
「それでいいのだ」
予言を押し付けられるかと思いきや、プロペーはそう言った。
「君は、君の出来ることをやればいい。予言は後からついてくる」
はあ、と息を吐き、固く目を瞑る。
良いように利用されている気がしないでもない。しかも、私たちがやらなければ国が滅ぶとか訳の分からない言葉の脅し付きで、これで断るとか貴様には良心とか、人の心とかないのかと言外に責められているような妙な圧力まで受ける。正直厄介な臭いしかしない。しかし。
「虎穴に入らずんば虎子を得ず、か」
元の世界に戻るための手がかりがある。傭兵団を強固にするための情報がある。リスクと実利を天秤にかける。
「条件があります」
頭の中で整理しながら話す。
「正面衝突はできないという事ですが、それ以外での、可能な限りのバックアップは約束してください。まずは遺跡に関する文献、情報です。事前の情報がなければどこを調査していいかわかりません」
「それならここに」
ワスティが一冊の本を、ティーポットやカップを乗せていたサイドテーブルの下段から取り出した。
「王家に残る、遺跡に関する資料をまとめたものです。ただし、持ち帰りはご遠慮ください。複写とはいえ、貴重な文化遺産なので」
「用意が良いのはありがたいけど、文化遺産を水気の物の近くに置かない方が良いのでは?」
ツッコミつつ、ページを広げる。
「記録や模写は構いませんね?」
「他に漏らさない、という条件であれば」
プロペーから許可をもらい、スマートフォンを取り出す。
「ファナティ司祭、これでお願い」
「うむ。・・・本来なら、現物をじっくり見たいのだが、仕方あるまい」
ファナティに写真を任せ、他の要求を伝える。
「島までの船、魔道具作成のための媒体や鉱石、道具、武具類が必要です。明日島に渡るというなら、今から商店を開けさせて買い物出来るよう手配をお願いします。仮に予言にあった鳥やら災厄が出てきた際、これらを駆逐するため協力を惜しまないよう、家臣の皆さんに徹底しておいてください。後は金貨一万枚を追加報酬として要求します。もちろんかかった経費は別途請求で」
「なかなか吹っ掛けるじゃないか。追加で金貨一万枚ときた」
獰猛な笑顔でカルタイが口笛を吹いた。無礼に不敬なのは百も承知だが、今更だ。こっちも自分と団員の命を懸ける以上、引き下がれない。
「国が滅びれば一万枚どころの話ではないのでは? それに、これは成功報酬です。失敗したら請求しません。そもそも、失敗したら我々は死んでいるでしょうしね。駄目なら受けません。もちろん、今記録しているものは破棄しますよ」
どうです、と二人の王の顔を交互に見る。
「飲もう。その条件」
プロペーが言った。
「良いのか、プロペー」
「ああ。彼女が条件を追加することは想定内だ。時間がないのに受ける、受けないで時間を失う方が問題だった」
「そうか。・・・うむ。テオロクルム側に異存ないのなら、こちらも言う事はない。その代わり、報酬分は働いてもらうぞ」
「ええ、もちろんです」
「ちょっと失礼」と立ち上がって、テーブルを囲む皆から背を向けた。懐から通信機を取り出す。とんとんと軽く叩くと、向こうからも軽く叩く音が返ってきた。
「聞いていましたか?」
『ええ。あまり聞きたくない内容だったけどね』
プラエの呆れたような声が返ってきた。よかった。通信機の受信圏内だったようだ。少しの時間であっても、稼げるなら稼いでおきたい。ちらと肩越しに王たちに視線を向ける。特に慌てることも不快感を露わにしている様子もなく、お茶を飲んでいる。私が念のために音声を共有している可能性を考慮していたのか。
笑顔のワスティがこちらに向かって小さく手を振っている。そうか。彼女から通信機の話を聞いていたか。ならもう、こそこそとやり取りをする必要もない。
「色々と言いたいことはあるかと思いますが、この依頼、受けようと思います。皆に声をかけておいてください」
『わかった。色々と言いたいことはあるけど、その時間も勿体ないわ。早速不足している物を買いに行かせたいのだけど』
視線をプロペーに向ける。彼は頷き、部下に指示を出した。
「すぐに商店を開けさせる」
「助かります。・・・プラエさん。お聞きの通りです」
『雑用君たちを向かわせるわ。材料費はテオロクルム王家のツケで良いのよね?』
プラエがロガンたちを呼んだ。生意気な返事が遠くから聞こえる。
『準備を進めておくわ。さっさと戻ってきて』
「わかりました」
通信機をしまい、テーブルに戻る。
「司祭。写真は撮れましたか?」
「少し待て、これで・・・最後だ」
本を閉じ、礼を言ってワスティに返却する。
「では私たちはこれで」
「ああ。船は明日朝九時に出発する。それまでに港に来てくれ。兵たちには話を通しておく」
プロペー、カルタイにお辞儀し、踵を返す。
「私が目印です。港でお待ちしておりますので、案内はお任せください」
「今度は、騙さないわよね?」
「私が味方を騙したことなんて、一度もありませんよ」
心外、と言いたげな顔でワスティは言った。
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