第341話 過ちを正す者

「二国の王から直々の依頼だなんて、これほど名誉なことはありませんよ。断るなんてどうかしています」

 ぷんぷんとワスティは口を膨らませている。

「生憎、腹の足しにもならない名誉よりも明日のご飯が大事なタイプなのよ」

 内心を見透かされたのを隠すために、軽口を返す。

「おっと想定外のお返事。ですが、あなたらしいですね。うんうん。ですが、こちらもここまで情報を開示して、はいそうですかとお帰しするわけにはいかないんですよ」

「なら次は脅しでもする?」

「いいえ。脅しなんて野蛮な方法取りませんよ。取引です。報酬と言い換えてもいい。傭兵を雇うなら当然の話ですよね」

「私が考えを変えるだけの報酬を用意できるというの? それも、二国の王を差し置いてあなたが交渉するつもり?」

「お二方より、最初からあなた方に対する交渉の全権を任されておりますのでご安心を。さて、私たちがあなた方に提示できる報酬ですが、まず一つ目は、テオロクルムに残る文献を閲覧する権利です」

「なぜそれが報酬になると?」

 一瞬身を乗り出しかけたファナティを手で押しとどめて尋ねる。

「そちらの司祭さんは勘づいているかもしれませんが、龍神教に残る龍の書、あれは内容が不完全です」

「やはり、そうか」

 ファナティが呻いた。

「ところどころ、不自然な虫食いがあるのだ。だが、団長が聞いた通りこの国が裏切り者であるモルスーが逃げ延び、興した国であるなら、彼から見た龍神教の歴史があるはずなのだ。それを合わせることができれば、歴史に隠されていた真実が明らかになるやもしれん」

 興奮気味にファナティが喋る。精霊信仰と龍神教、元は一つの教えだとプロペーが言っていた。古代の遺物、遺産に関する情報も得られ、それはひいては元の世界の戻る情報が手に入るかもしれない、ということでもある、が。

「申し訳ないですけど、これだけでは首を縦には振りませんよ」

「おい、嘘だろう! 目の前に宝の山があるんだぞ!」

「宝が手に入っても、死んだら持ち腐れになりますよ」

 私たちの言い合いをワスティが楽しそうに見つめている。

「焦らすのが上手ですねえアカリ団長。わかってます。わかってますよ。もちろん、報酬はまだあります。二つ目は、カステルム王より、ラケルナに関する資料です」

 プラエたちがよだれを垂らして欲しがる報酬だ。魔道具改良の点でもありがたい話ではある、が。

「本気ですか?」

 思わずカルタイの方を向いた。ラケルナは国防を担う重要機密のはずだ。それを他人に見せるなど正気の沙汰とは思えない。

「もちろんだ。我々がこの依頼をどれだけ重要視しているか、その本気度もわかってもらえるはずだ」

「どうしてです。失礼な物言いになりますけど、たかが古い遺跡の一つや二つ、国と天秤に比べるべくもないのではないのですか。そりゃ、もしかしたらそこにマキーナのような兵器が眠っているかもしれませんが、無い可能性もあるんですよ」

「それはあり得ない」

 カルタイは断言した。

「あそこには、必ず何かがある。蘇らせてはならない何かがな」

「断言しますね。でも、これまで見つからなかったんですよね」

「それが、三つ目の報酬、ということになるか」

 プロペーが言った。どういう意味か分からず、彼の方を向いて言葉を待つ。

「我々は、君が来るのを待っていた。長い間待っていた。そう、最初に言ったのを覚えているか?」

「え、ええ」

 突然話が変わり、戸惑いながらも答える。確かに、その言い方も気になってはいた。まるで私が来るのをわかっていたかのような言い草だった。

「予言、というものを信じるか?」

「何ですって?」

「予知や神託、とも言えるだろうか。未来に起こる出来事を言い当てる力だ。古来より、精霊の声を聞き、予言として人々に伝える役割を担う巫女が、わが国には存在する」

「魔女と巫女、相性悪そうですねぇ」

 ワスティが茶々を入れてきたが気にならないほど混乱していた。予言、未来予知ときた。にわかには信じがたい。

「信じるかどうかはそちらに任せる。が、テオロクルムは巫女の予言により多くの国難を乗り越えてきた。我々にとって、巫女の予言は絶対と言っていい程の影響力を持つ。その巫女が、新しい予言を我々に伝えた」

 プロペーが一枚の紙をテーブルに広げ、書かれている文字を読み上げていく。

「簒奪者の遺志継ぐ者、災厄眠る島に降り立つ。

 深き海の底から、鳥が飛び立つ時、悪夢の種蒔き大地を濁す。

 萌芽せし災厄、命ある者を食らい、大地を侵略する。

 人々の嘆きは空を満たし、やがて静寂が塗り潰す。

 屍の上に、天使と門の旗落ちる」

 どこの世界でも、予言ってのは抽象的でよくわからない。もう少しわかりやすく表現できないものか。それとも、誰にでも、何にでも当てはめられるようにわざと抽象的にしてるのかと勘繰る。

「簒奪者の遺志継ぐ者というのは、海賊の血を引く者、ピラタの連中のことだ。災厄眠る島はハーエレシス島。鳥や悪夢というのが、いまいちよくわからないが、眠っている災厄のことを示していると思う。それらが命ある者を食らい、大地を侵略するということだろう」

「我々は国家の危機に相当すると危惧し、ラケルナを配備した。五大国時代ですら、ラケルナをテオロクルムに配したことはないんだぞ」

 五大国時代、テオロクルムはヒュッドラルギュルムのほぼ属国のような位置だった。いつ飲み込まれてもおかしくない状態だったはず。

「もちろん危ない橋を何度か渡ったが、予言が示した危険度も中の上ほどで、わが国だけでも対応可能だった。今回はそれを上回る危険度が示されたのだ」

 それがこの部分だ、とプロペーの指が予言の書かれた一節に置かれる。

「天使と門の旗落ちる、とある。天使は我がテオロクルムの国旗、門はカステルムの国旗だ。この旗が屍の上に落ちるというのは、二つの国が災厄のせいで陥落することを意味している」

「我々が陥落するということは、二つの国が滅びるだけにとどまらない。十三国同盟には間違いなく大きな傷が残るし、その隙を大国連中が見過ごすはずもない。また、我々を滅ぼした何かが我々だけで活動を止めるとは考えにくい。きっと、いや、間違いなくリムスは滅茶苦茶になる。平たく言えばこの世の危機だ」

「そんな大げさな」

「あながち大げさではないぞ。予言が外れたことはない。対処しなければ、最悪の場合カルタイが言った通りになる」

「これで、もうおわかりですね」

 楽し気にワスティが言った。

「三つ目の報酬は、アカリ団長たち自身の命です。傭兵は生き残ることが最大の報酬であるなら、私たちは最高の報酬を提供できるってわけですね」

 ふざけとんのか、と怒鳴りたくなるのをすんでのところで飲み込んだ。つまりはリムス中の人間の命が危機で、全員なのだから私たちの命も勘定に入っていて、成功すれば命が助かるからそれが報酬ってことで良いですよねと言っているのか。脅しはしないんじゃなかったのか。

「ふざけんな」

 飲み込み切れず、口から出てきた。

「そんな責任しかない大仕事を、国からのバックアップもなくやり切れと? ジョークにしては笑えないわ」

 それほどの災厄が迫っているなら、国を挙げて防衛するべきだ。軍隊でも派遣して力で島を守りつつ、外交で海賊行為を止めるように働きかける。この方が確実だ。

「それが出来るならとうにやっている」

 むっとした顔でカルタイが言った。

「出来ないから、依頼を出しているのだ。ピラタにいくら言っても知らぬ存ぜぬ我が国とは無関係の一点張り、他の同盟国に訴えかけても日和見を決め込み、まともに話を聞いてくれたのはプルウィクスの王女くらいだ。だが彼の国はここから離れすぎているためどうにもならん。それに」

 カルタイが悔しそうに歯噛みする。

「我らが動くより先に各国に根回しをされている。おそらく、モンスで事を起こし、マキーナを欲した連中の同類だろう。軍が不用意に動かせないのはこのせいでもある」

「下手に動かせば、逆に気を引いてやっぱり何かあると思われるし、不穏な動きありとみなされて連中がここぞとばかりに結束し、いちゃもんつけてテオロクルムに侵略してくる、と?」

 ラケルナが二体しか持ってこれなかったのは、本国を守る意味もあるが、配備しすぎても相手を刺激するからだろう。

「そうだ」

 前門に虎、後門に狼がいて、足元に毒蛇、左右に鷲と鮫がいる。四面楚歌も驚きの包囲網だ。

「詰んでるじゃないですか」

「いいや、君がいる。君が間に合った」

 プロペーは断言した。

「あのですね。腕を買ってもらえるのはありがたいですが、私たちは小さな傭兵団にすぎないんですよ」

 団員たちの能力を、私は高く評価している。ここにいるムト、ジュールは戦力としても、こういった交渉の場でも頼りになる。プラエは間違いなく天才だし、彼女の発想を形にするゲオーロの技術力はトップクラスだ。幅広い知識を有するティゲルにはいつも助けられるし、イーナは変装や潜入、人心掌握術に長けたジェームス・ボンドも驚きのスパイ。他にもテーバ、ボブと、皆高い実力を持つ人材ばかり。それでも、私たちは一傭兵団に過ぎず、出来ないことの方が多いのだ。

 しかしプロペーは、私の訴えを無視して告げた。

「予言は生き残るための助言も同時に伝えられる。それが、この紙に書かれている後半部分だ」


 東方より来たる龍の眼を持つ女、鳥を落とし、災厄を鎮めん。其は過ち正す者。


 彼の目が私を見据え、確信をもって言った。

「君こそが、過ちを正す者だ」

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