第340話 城塞国家と呼ばれる所以

「ちょっと待ってください」

 頭を手で押さえながらプロペーの話を遮る。

「敵の戦力はどの程度ですか?」

「そうだな。我が軍が有する船は長さ四十メートル、幅六メートル、乗組員は漕ぎ手合わせて百名から二百名だ。敵も同サイズの船を有しており、現在発見しただけで三隻の船が近海をうろついている」

 二百名を乗せた船が三隻、上陸したら一個大隊クラスが布陣することになる。とても傭兵団が対応できる規模じゃない。小規模な戦争だ。

「私たちが遺跡を調査し終えるまで、敵の上陸を押さえておいてくれるんですよね?」

「最善は尽くす」

 言外に無理だと言っているようなものじゃないか。

「そんな顔をされても、気休めな嘘をつくわけにもいくまい。さっきも言ったが海の上では連中の方が一枚上手なんだ。こちらがいくら防衛ラインを張っても越えられる可能性は高い。かといって陸上で待ち構えれば、全面戦争が待っている」

「じゃあ、どうやってこれまで海賊の上陸を防いでいたんですか」

「相手が様子見、ということもあるが、彼らの活躍のおかげであろう」

 プロペーがカルタイの方へと視線を向ける。カルタイが話を引き継ぐ。

「十三国同盟を結ぶ前から、我らカステルムとテオロクルムは同盟関係にあった。互いの国の危機には馳せ参じる、という盟約が古より交わされていてな。これは、互いの国の位置も関係している。どちらかが攻め滅ぼされると、もう一つは背後を取られることになるからだ。加えて、我らの軍の強さは、テオロクルムが無くては実現しない」

 カステルムは、五大国が存在した時から実力にて自国の権利を保てていた唯一の国だ。その国の強さにテオロクルムが関与しているというのは、どういう事だろうか。

「その疑問には、これを実際見てもらった方が良いだろう」

 カルタイが片手を上げて合図を送る。

 ずん、と足元が揺れた。月明かりに影が差す。巨大な何かが、カルタイの後方でゆっくりと起き上がった。私たちは、それを呆然と見上げる。

 体長は三メートルから四メートル、人型をした何かだった。人間と龍を外科手術か何かで強引につなぎ合わせたみたいなこの存在を、私たちは知っている。

「まさか、これは『マキーナ』!」

 ファナティが叫ぶ。彼の言う通り、以前戦った古代の兵器マキーナに似た何かが顕現した。

「君たちが遭遇、破壊したマキーナは、おそらくはコレの完全体なのだろう。空を飛び、口から炎を吐き、見境なく人を殺す化け物。そして、おそらくは龍神教の教えにある神の御使い。我々が有する『ラケルナ』は、そのマキーナの使える部分を修繕したものだ」

 カルタイの言う通り、私たちが見たマキーナとは形状が少し異なっている。マキーナの胴体は人体模型のような、皮膚がなく筋肉がむき出しのような不気味な形状だったが、このラケルナは胴体に鎧や篭手などを装着している。そのためか、私たちが知るものよりも一回りほど太く見えた。

「我々の祖先が発見したのはマキーナの残骸だった。鋼の翼は折れ、手足は朽ちて失われていた。胴体にも無数の傷が穿たれた状態だ。比較的無事だったのは頭部とそこから伸びる配線部分だけ。誰が見ても壊れていてもう動かないと思われた。だが、当時のテオロクルムに奇妙な魔術師がいた。失われた部分を修復すれば、ある程度の機能が回復するのではないか、と我々に訴えたのだ。おそらくだが、その者は君と同じ異邦人、ルシャだったのではないかと見られている。魔術師は我々の想像もしない発想でラケルナを修復し、動かせる状態まで復活させた」

 ぶしゅう、と空気の抜けるような音が響き、ラケルナの胸部が観音開きになった。中から男が一人姿を現し、こちらに向かって頭を垂れた。

「彼はラケルナの操縦を担当している。魔術師の残した記録では、本来は自動で動くものだそうだが、その動くための命令を出す部分、人でいう脳みそが失われている。なので、代わりに人が乗り込み、体を操作する必要があるとのことだ。本来の機能の八割が失われているが、馬数頭と綱引きをしても負けない力、軟弱な魔道具では傷すらつけられない強固な体は、敵からすれば十分な脅威となった」

「今、そのうちの一体が島に常駐して海賊たちに睨みを利かせている」

 プロペーが補足した。こんなものが島にいるとわかれば、流石の海賊でも上陸をためらう。

「一つ不思議なのですが」

 質問よろしいですか、とジュールが挙手した。カルタイが頷いたのを見て、質問を続ける。

「これほどの力があれば、同盟は無くても大国を攻め落とせたんじゃないですか?」

 島に一つ、ここに護衛のために一つあることを考えれば、カステルムにはまだラケルナがあるはずだ。国を防衛するための戦力を残していなければ、安心して持ってこれない。

 そう考えるのも無理はない、とカルタイは言った。つまり、これから彼が語るのは反対の、攻め落とせない理由だ。

「ラケルナにも、デメリットが存在する。まず、数の問題だ。ラケルナは全部で十体しかない。いかに強靭な力を持とうと、大国に抗うにはあまりに少ない。次に稼働時間の問題。ラケルナは連続稼働時間が十二時間ほどだ。それを過ぎると、ただの置物になってしまう。再び動けるようになるまで同じく十二時間、エネルギーを充填させなければならない。しかも、稼働と充電を三回繰り返した後はテオロクルムの魔術師たちにメンテナンスしてもらう必要がある。これには最低一日かかる。最後に、ラケルナは防衛に向いていても、侵攻に向いていない。理由はあれだ」

 カルタイがラケルナの背後を指さした。ラケルナの威容に気づかなかったが、一メートル四方の箱が置いてあった。カルタイは私たちを手招きし、箱の方へと案内する。近づくと、箱からラケルナに向かって直径四、五センチほどの管が伸びていることが分かった。

「この管には触るなよ。管には高い電流が流れている。外に漏れないよう外皮を特殊な樹液を加工した皮で覆ってはいるが絶対ではない。触れば感電死するぞ」

 手を伸ばしかけたムトが、慌ててひっこめた。

「先ほど、ラケルナの稼働時間が十二時間と言ったが、それは魔術師が『バッテリー』と名付けたこの箱からエネルギーを受け取っている場合だ。もし管が外れてしまえば三分ほどしか持たん。この管の長さは最大で百メートルしかない。これだけでも、ラケルナが侵攻に向いていないのがわかるだろう?」

 管を切られれば三分でガラクタになり、切られなくてもバッテリーから半径百メートルしか動けない。もし仮に敵地に攻め入るとすれば、このバッテリーを一緒に持ち歩き、設置し、敵に破壊されないよう気を配る必要がある。敵を倒すための兵器を安全に運用するために、多くの兵を割かなければならないのなら本末転倒だ。しかも、十二時間以内に勝利しなければならない。

 反対に防衛であれば、城内など安全で堅牢な場所にバッテリーを設置することで解決できる。十体でも重要な拠点だけならピンポイントで守らせることができる。

「矛として、もしくは相手に撃ち込む矢としては問題が多いけれど、盾としてなら軍に勝る、ということですか」

「その通りだ」

 百人の敵兵に囲まれれば簡単に負けるが、十人しか戦えないような、細い道などで待ち構えて正面から戦えば、百回戦っても負けることはない。スパルタの戦い方と同じように、場所を限定すればいい。城塞国家の意味がよく分かった。

 話を今回の問題に戻すぞ、とプロペーが言った。

「今現在、島に常駐しているラケルナの残り稼働時間が六時間。交代としてここにいる充電したばかりのラケルナを明日輸送する。二体とも稼働時間を過ぎれば充電と、今回はメンテナンスを行う必要がある。ラケルナがいなくなれば、再び海賊どもはやってくるだろう」

「むしろそのタイミングを待っていたのかもな」

 苦々しい顔でカルタイが親指の爪を噛んだ。

「同盟を結んだことで、こちらの事情もある程度相手に知られてしまった。だから、無理に攻めてこなかったのだ。こちらが疲弊するのを待って、機を見て攻めてくる」

 最短で十八時間後には海賊が攻めてくる計算か。それまでに調査を終えなければならないことになる。

 正直な話、荷が勝ちすぎている。プラエたちの能力を過小評価するわけではないが、未知の遺跡に時間制限、二つも難題がある中でどれほど正確に解読ができるかわからない。しかも、何が埋まっているかわからないのだ。前のように辺り一面を砂で飲み込んでしまうような凶悪な魔道具かもしれないし、マキーナのような化け物が出現するかもしれない。リスクが大きすぎる。断るべきだ。

「断ろう、だなんて考えられていませんよねぇ?」

 ワスティが体を曲げて、私の目を覗き込みながらニタニタと笑みを浮かべていた。

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