第339話 悪党のルールブック
東屋にて、私たちは二人の王とテーブルを囲んでいる。自分でも何を言っているかわからないが、事実なのだから仕方ない。
「依頼をしたいのは、我が領内にある島の調査なのだ」
プロペーがテーブルに地図を広げた。テオロクルム全土が描かれた地図の端を彼は指さした。
「沖へ十キロほどの場所に、ハーエレシス島という島がある。外周二十キロほどの島で、普段は無人島だ。ここには古い遺跡群がきれいな形のまま残っていてな。年に一度精霊に感謝を捧げる感謝祭や、王族の結婚式などの重要な式典が執り行われている」
「失礼ですが、自国内の遺跡で、かつ式典を何度も執り行われているような場所、依頼を出すまでもなく既に調査されているのでは?」
王族が向かう場所なのだから、毒見ではないが事前に調査をするだろうし、何度も式典をしているくらいだから安全性も問題ないのではないのか。私の疑問は想定内だという風に、プロペーは「まあ聞いてくれ」と話を進めた。
「君たちに依頼したい理由が二つある。まず一つ目は、君たちには古代文明の依頼を受けたことがある、という点だ。かつて砂漠に存在し、優れた魔道具技術を誇り、その技術によって滅びた国を調査したはずだ」
ジュビアのことを言っているのか。以前、時間を操る魔道具の捜索依頼を受けたことがあるが、なぜ遠く離れた国の王が、たかが傭兵団の依頼を知っている?
少し考え、もしかして、という考えが浮かぶ。
「アーダマスの連絡係に化けていた男は」
ジュビアの依頼は、アーダマス王家の使いを名乗る男からもたらされたものだった。が、実はその男は、本物の使いを殺し、なり替わって私たちや他の傭兵団を手玉に取っていたのだ。最後は協力関係になったが、いつの間にか消えていたあの男、アーダマスでないとするなら、すでにその頃より暗躍していた『虐げられし者たち』、おそらくは十三国同盟のスパイの可能性が高い。
「ご明察だ。君たちの活躍は『彼女』からもたらされた」
プロペーが鈴を鳴らす。影が動き、光が当たる。すっとプロペーの後ろに控えたのは、金髪の可愛らしい女性だった。
「やあ、お久しぶりですね。アカリ団長。元気にしてました? またお会いできて嬉しい限りです」
声も姿も全く違うが、この口調、まさか。
「グリフ、なの?」
私たちが見たグリフは老齢の男性だった。ムトもジュールも、自分たちが持つ記憶と目の前の女性の姿との違いに驚いている。
「はい。殴られた顔が二、三日腫れて痛みましたが、治ったのでもう恨んでません」
「痛んでいる間は恨んでたのね。いや、そうではなくて」
女だったのか。しかし、魔道具の助けがあったとはいえ。
「見事な変装技術をお持ちで。すっかり騙されたわ」
「悪名高き魔女殿にお褒め戴き、光栄至極に存じます」
まったく存じてなさそうだが、まあいい。
「君たちは見事、古代の暗号を解読し、ジュビアに隠された魔道具『砂の蓮』を発見した。その君たちなら、私たちが気づかなかった遺跡の暗号や仕掛けを解けるのではないかと思ったのだ。また彼女、ワスティからもたらされたのは、ジュビアのことだけではない。つい先日、モンスで遺跡から復活した古代兵器と交戦し、破壊したようだな」
プロペーが話を戻した。マキーナのことも、彼らの耳に入っていたのか。
「そんなことまで・・・。あの事件は表立って公表されてないから、結局はモンスが隠ぺいして、無かったことになったと思っていたのですが」
「隠ぺいはされましたが、そこはほら、僕が上手く潜り込んで、情報を盗み出したってわけです。僕これでも優秀なものですから。そちらのイーナ女史にも引けは取らないと自負しております」
グリフ改めワスティが胸を張る。
「君たちだから話すが」
カルタイが口を開いた。
「我々十三国同盟は、当時の五大国に抗うために同盟を結んだ。だが近年、その同盟が危ういものになってきている」
大きな敵に対して団結した十三国だが、大国カリュプスを滅ぼし、併呑したことで残りの四国をしのぐ力を手に入れた。
大きな力は人を狂わせる。カルタイは言った。
「まずは大きく二つに分かれた。残り四つの大国も攻め落とし、リムスを統一するべきだと鼻息を荒くする強硬派と、徐々に落としどころを探り、外交にて小競り合いを鎮め、現在の状況をさらに安定させようとする穏健派だ。同盟会議で真っ先に上がる議題だが、いまだに決着はつかず、平行線だ」
関係がぎくしゃくし始め、足並みが揃わなくなってきた。今では各国が他の国に対してスパイを送り込んで、互いに互いの行動を監視しているらしい。一枚岩は、すでにバラバラに剥がれ落ち始めている。
「プルウィクスの第二王女が彼らの間を上手く取り持っているが、いつまでもつかわからない。いや、すでに生まれ始めた歪みや溝が、君たちに依頼する理由、その二つ目にあたる」
カルタイがプロペーに視線を向けた。引き継いだプロペーが話を引き取る。
「君たちのように、太古の遺跡には凄まじい力を秘めた魔道具、もしくはそれに類するものが隠されていると知ってしまった者がいる。彼らはこう考えた。『この力さえあれば、自由の利かない同盟を無理に続けなくても良いのではないか』とね。いつまでも平行線の会議を長々と続け、賛成を得る努力をするよりも、その方が話は早い。いや、力さえ手に入れればむしろ十三国同盟の主導権を握ることができ、ゆくゆくはリムスを統一できるのではないか」
どうして、古今東西果ては異世界でも、力を手に入れた連中が目指すのは世界征服なんだ。そういうルールブックでもあるのか?
「彼らは、我がテオロクルムにも遺跡があることを知った。龍神教開祖ウィタの残した龍の書に関係の深い場所だ。しかも最近、解読班の一人が、遺跡には強力な魔道具が封印されていると解読し、実際にモンスで起動させたというのだから、当たりの可能性は非常に高い。彼らの野望が現実味を帯びてきたわけだ」
ちょっと待て。ということは、だ。私はゆっくりとファナティの方へと視線を向けた。私の他、ムト、ジュールも視線を向けている。けして友好的ではない視線だ。焦点にいるファナティは、額から大量の汗を流して震えていた。彼が解読しなければ、後のこの苦労はなかった、という事に他ならないのではないのか。
「彼を責めてやるな。解読が進めば、いずれ誰かが同じような解釈をしていただろう。時間の問題だった」
「そ、そうだぞ。私は仕事に真摯に向き合っただけだ。責められる謂れはない」
プロペーの擁護に調子に乗るファナティ。彼に、私たち三名の調子に乗るなよ的視線が突き刺さる。
「しかし、これで私以外にテオロクルムやモルスーたちの記述を調べていた理由が分かったな、うん。私のおかげだ」
ファナティが必死に自分の話題を終わらせようとしている。
「その通りだ。君たちがテオロクルムに来る前から、我々はその者たちのせいで頭を悩ませている」
「その者たち、とは一体」
「海賊だ」
聞けば、少し前から船籍不明の船がハーエレシス島沖で発見されているらしい。プロペーも船を拿捕しようと軍を派兵するが、彼らの船の方が速く、捕らえるには至っていないらしい。
「正体の見当はついている。海洋国家ピラタの連中だ」
カルタイが鼻から荒く息を吐き出しながら言った。
「元は海賊が興した国だからな。船の練度ではどうしても奴らが一枚上手だ」
「今のところ被害はないが、いつ強硬手段を取ってくるかわからん。強硬手段を取ってくれば、こちらとしても抗わねばならん。戦いが起これば、同盟関係にひびが入るかもしれん」
今の平穏を維持できているのは同盟あってこそ。同盟が失われれば、再び四つの大国に自国が蚕食されることに等しい。大国も、二度と同盟等結ばせないよう、今度は徹底的に叩き潰しに来るだろう。かれらはいつでも、同盟のヒビから突き崩すチャンスを窺っている。
「だから、今、君たちの力が必要だ。彼らを出し抜き、遺跡の謎を解いて魔道具を取得、困難であれば破壊してほしい」
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